小説&コミック同月発売記念SS「微睡みから覚めて【ヴェルヘルム編】」


小説&コミック同月発売記念SS 微睡みから覚めて【ヴェルヘルム編】



「はぁ~さすがに昨日の疲れがまだ残っていて、眠いな……」

 私はお城の廊下を一人で歩きながら、大きなため息と共につぶやく。

(昨日はカイゼルの政務のお手伝いとヴェルヘルムのお相手、さらにはお父様から用事を頼まれて家に帰ったりもして忙しかったんだよね。きわめつけは、アンジェリカ姫からの嫌がらせで寝室が荒らされていたこと……その対応に追われて、昨日はあまり眠れなかったな~)

 そのことを思い出しつつ、口元を手で隠し小さくあくびをする。

「うう眠い……でも今日もヴェルヘルムのお相手をする約束があるし、行かないわけにはいかないか」

 隣国ランドリック帝国のヴェルヘルム皇帝を、滞在期間中私がもてなすことになっているので、疲れているからと言って仕事をほうするわけにはいかないのだ。

「仕方ない、頑張りますか」

 そう自分に言い聞かせ、ヴェルヘルムの部屋に向かったのだった。


「失礼します」

「ああセシリア、すまないがこの仕事が終わるまで少し待っていてくれ」

「わかりました」

 私はうなずくと、侍従のノエルに案内され長椅子に座る。そしてノエルがお茶を用意してくれたので、お礼を言いそれを飲んで待つことにした。

(くっ、この待っているだけの時間がつらい! さすがに睡魔が襲ってくるよ……いやいや駄目だ。接待相手の前で、うたた寝なんて絶対にできないから!)

 なんとか眠気を覚まそうと小さく頭を振る。そこにヴェルヘルムが近づいてきたのだ。

「セシリア待たせたな」

「いえ、もうお仕事の方はよろしいのですか?」

「ああ。あとは急ぎではないからな。今はセシリアとの時間を優先することにした」

 そう言ってヴェルヘルムは私の隣に座った。するとノエルは、私達にペコリと頭を下げ部屋から出ていってしまった。

「えっと……ヴェルヘルム、今日の予定は……」

「今日はこの部屋で過ごす」

「え? ですが昨日のお話では、行きたい場所があると……」

「それはまた今度でいい。それよりもセシリア、お前は少し横になって休め」

「え? あ、ちょっ……」

 困惑している私の肩に手を回され、そのまま強制的に横にされてしまったのだ。それも頭はヴェルヘルムのひざの上に。

「ヴェ、ヴェルヘルム!?」

 私は慌てて体を起こそうとするが、ヴェルヘルムに押し戻されてしまう。

「そんな疲れた顔で無理に俺に付き合わなくていい。とりあえず今はここで体を休めろ」

「それでしたら部屋に戻……」

「ここにいろ」

「……っ」

 真剣な表情でじっと見つめられる。その目は本当に私のことを心配してくれているようだった。

「俺の目の届く範囲にいろ」

「ヴェルヘルム……」

「もしや俺が何かすると思っているのか? 安心しろ。寝ているお前に何かするようなきような真似はせん。……まあお前が望むなら別だが」

 ヴェルヘルムがニヤリと口角を上げて笑った。

「いえ、結構です! ……ありがとうございます。では少しの間だけ」

「ああ、おやすみ」

 私は諦めて目をつむった。

(……とは言ったものの、こんな体勢で眠れるわけが……)

 そう思っていたはずなのに、どうやら体の限界がきていたようで、すぐに眠りの底に落ちていったのだった。


  ◆ ◆ ◆


 何かが優しく頭に触れる感覚がして、ゆっくりと目を開ける。すると片手で持った書類を見ているヴェルヘルムが目に入った。そしてもう一方の手で私の頭をでていることに気がつく。

「あの……ヴェルヘルム」

「ん? ああ目覚めたか」

「はい」

 私は体を起こし、ヴェルヘルムの隣に座り直す。ヴェルヘルムは書類を机の上に置き私の方を見てきた。

「ふむ、だいぶ顔色はよくなってきたな」

「膝をお貸しいただき、ありがとうございました」

「これぐらいどうってことはない。それよりも体の方はどうだ?」

「おかげさまで楽になりました」

「それはよかった。しかしよく眠っていたな」

「私もまさかここまで眠ってしまうとは……膝は痛くなっていませんか?」

「全く痛くはない。セシリアは軽いからな、ほとんど重さを感じなかった。そもそもこれぐらいで音を上げていては、お前を妃に迎えてから大変になるだろう」

 ヴェルヘルムはニヤリと笑う。

「それは一体……」

「毎日のようにお前を抱きしめて眠るからな。その重みに耐えられないといけないだろ」

「なっ!?」

 私は驚きの声をあげて固まる。するとヴェルヘルムは口元を拳で隠し、楽しそうに笑った。

「くく、ああそうだ。セシリアにも耐えられるようになってもらわんとな。……このように俺の重みがかかる時があるからな」

 突然ヴェルヘルムは、おおかぶさるように私を押し倒してきたのだ。

「な、な、何を!」

 激しく動揺しながら、見おろしてくるヴェルヘルムの胸を押し返そうとした。しかしまったくびくともしない。その間も私の心臓が痛いほど早鐘を打っていた。

「ヴェルヘルム退いてください!」

「……」

 だけどヴェルヘルムは笑みを浮かべたまま何も言わない。さらにあろうことか私に向かって顔を近づけてきたのだ。

「ちょ、ちょっとヴェルヘルム!」

 私は慌ててヴェルヘルムの口を両手で押さえる。するとその手のひらにチュッと音を立ててキスをされた。

「……っ」

 一気に顔が熱くなり、その体勢のまま動けなくなる。ヴェルヘルムは私をじっと見つめ、含み笑いをこぼした。そんなヴェルヘルムの様子に、私は目をわらせる。

「……ヴェルヘルム」

「くく、すまないな。セシリアの反応がいちいち可愛いから少しからかいすぎた」

 そう言いながらヴェルヘルムは体を起こす。私はすぐに椅子から立ち上がり、目をつり上げて叫んだ。

「からかうのは止めてください!」

「……半分は本気だったんだがな」

 ヴェルヘルムが小さな声で何かぼそりと呟く。

「え?」

「なんでもない。さあもうこれ以上何もしないと誓おう。だからお茶でも飲んで俺の相手をしてくれ」

「……本当ですね?」

「ああ」

「わかりました」

 小さくため息をつくと向かいの椅子に座り直す。

その後はまるで何事もなかったかのように、楽しそうなヴェルヘルムと過ごした。でもなんだかヴェルヘルムにキスをされた所が熱くしびれているような感覚がして、しばらく落ち着かないのだった。



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