最終話、間違えた勇者

 現れたのはいつものレアンドルさんではなかった。黒髪をすっきりと後ろに流して、顔が全て露わになっている。切れ長の金色の目が理知的な輝きを灯す、アランに勝るとも劣らない顔立ちの整った美丈夫だ。


「レアンドルさん……」

「お前っ……!」


 レアンドルさんは無表情のまま淡々とアランに告げる。


「すみません、話は全て聞かせていただきました。アラン、貴方は間違えたのです。本当に愛しているなら、彼女に涙を流させてはいけなかった」

「レアンドル、お前には関係ない!」

「いいえ、あります。私はこれからローズさんに交際を申し込もうと思っています」

「えっ!?」


 思いがけない告白に驚きの声をあげた。レアンドルさんが私に? 私は熱くなってくる頬を冷やすべく両手で抑える。


「……どういうことだ」

「言葉の通りです。私はローズさんが好きです。決して傷つけたりはしません。彼女をずっと守ります。アラン、貴方からもです」

「レアンドルさん……」


 アランは言葉を失ったように黙って俯いてしまった。可哀想だと思う気持ちがないわけではないけど、男として最低なアランをずっと見てきたので、今さら恋人に戻りたいなんて欠片も思えない。

 そんな私に、アランが振り絞るように告げる。


「ローズ、傷つけてごめん……。でもこれだけは信じてほしい。本当に愛してるんだ」

「アラン……。謝罪は受け入れるよ。でもあんたの愛は信じられない」


 悲しそうに顔を歪めるアランを残して、レアンドルさんと一緒に王宮を出た。そして私は奉公先の商家へと戻った。


 あれからしばらくして、意外と情熱的だったレアンドルさんの熱意に絆されて恋人同士になった。私もレアンドルさんのことが大好きになっていたから。

 そして驚いたことにレアンドルさんはまだ十八才だった。落ち着いているからてっきり二十五才くらいかと思っていた。そう打ち明けたらレアンドルさんはとても落ち込んでいた。ごめんなさい。

 アランはそのまま故郷へ帰った……と思っていたんだけど、王都にとどまって王宮の騎士団で騎士の職に就いた。勇者として魔王を倒した成果を上げたことで一躍英雄として有名人となったアランは、国王陛下から一生働かなくてもいいほどの報酬もいただいたはずなのだけど。


「ローズ、もう女の子たちとは完全に縁を切ったんだ。だからさ……」

「あら、彼女ができなくなっちゃうじゃん。そんな勿体ないことしちゃ駄目だよ」

「ローズっ!」

「今仕事中だから。お薬買わないなら帰ってくれる?」

「……上級回復薬十本くれ。ローズ、俺は絶対にあきらめないからね!」


 アランはときどきお店に来て付き纏ってくる。これには私もレアンドルさんも頭を抱えているのだけど、気が済むまで好きなようにさせるしかないという結論に達した。

 私の気持ちが変わることはない。突き放す言葉も言い尽くした。

 それでもめげずに何度も立ち向かってくるアランを見て、あんな形でも愛してくれていたことだけは信じてあげてもいいかなと思い始めている。



 ――完

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間違えた勇者 ~本当に好きなのはお前だけって言葉、信じられる?~ 春野こもも @yamadakomomo

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