二、間違える

 俺は浮かれていた。ずっと好きだったローズに告白して、ようやく受け入れてもらえた。つきあえたときには世界の全てが自分のものになったような気がした。

 ローズは可愛い。凄い美人というわけじゃない。でも薄茶色の髪は触ると柔らかくて、大きな茜色の瞳で見つめられると心臓が鷲掴みにされるようだ。

 ローズといると楽しい。ローズといると温かい。俺のことを好きなのは伝わってくるのに、いつも一歩引いた距離で俺を見ている。あの茜色の瞳を俺だけに向けさせたい。すぐに触れられる距離で見ていたい。心からそう思う。


 ローズとつきあい始めたら、なぜか以前にも増して女の子が寄ってくるようになった。女の子たちは俺に擦り寄りながらローズを牽制する。そんな彼女たちを愚かしくて可愛いと思う。

 だけどローズだけは特別だ。心から愛している。俺にとってローズは、他の女の子たちとは全く別の、かけがえのない唯一の存在だ。

 ローズとつきあい始めてからも積極的に俺に擦り寄っていたアリスが、ニコリと笑いながら囁く。


「アラン、好きよ。貴方はとても優しくて素敵。ローズが羨ましいわ。貴方がモテるって実感したら、ローズは今よりもっと貴方を好きになってしまうわね」

「ローズが俺を?」

「ええ、きっと夢中になるわ」


 他の女の子と仲良くしていいのだという免罪符を得たような気がした。俺は元々女の子が好きだ。愚かしくて可愛い。ちょっと優しくすれば猫のように鳴く。


(ローズが俺に夢中になる)


 考えただけでもゾクゾクする。俺は早速アリスを家へと連れ帰った。ベッドに座らせて肩を抱き寄せキスをする。

 アリスが嬉しそうに俺の首に手を回したときだった。


「何してるの」

「ローズ……」


 目の前のアリスに集中していたため、ローズが私室の入口に立っていることに全く気付かなかった。だけどローズの目を見た瞬間、胸の中に計り知れないほどの愉悦感が湧いてくるのを感じた。

 ローズの茜色の瞳が昏く翳って潤んでいる。俺への愛情を確認できた瞬間だった。

 他の女の子と仲良くしているのを見て、ローズが傷ついている。悲しんでいる。俺を愛しているんだ。

 ローズの嫉妬心をさらに煽るようにアリスの髪を撫で、抱き寄せた。それを見て涙ぐんだローズが口を開く。


「アラン、もう――」


 ローズが入口に立ったまま何か喋った。声がいつもよりも少し掠れて震えているために、上手く聞き取ることができない。泣いているからだろうか。

 涙がローズの白い頬を伝って落ちる。ああ、俺を見て嫉妬するローズは、なんて可愛いんだろう。俺はアリスに触れながら、横目でローズの表情を愉しむ。


「よく聞こえないな……」

「――だった」

「ねえ、アラン、楽しみましょうよ」

「そうだね」


 アリスが俺の背中に手を回して縋りついてくる。俺は目の前にある快楽への誘いに気を取られた。


「――戻るね」


 どうやらローズが部屋を出ていくらしい。俺の気持ちは酷く満足していた。あんなに悲しそうなローズの顔が見られたのだから。俺への深い愛を確信できたのだから。


「うん、じゃあね」


 ローズに視線だけを向けて答えた。言葉は途切れ途切れにしか聞こえなかったけど、ローズは立ち去るまで逆上することもなく静かに悋気の涙を流すだけだった。

 立ち去るローズを横目で見送りながら、アリスの齎す快楽に溺れていく。そのせいで胸に残る鈍い痛みにずっと気付けなかった。

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