三、勇者

 アランは本当に最低な男だ。だけど幼いころからずっと優しくしてくれた、かけがえのない友人でもある。私は涙を拭いながらアランの家を出た。

 翌日学校で会ったとき、アランは何事もなかったかのようにニコニコと笑いながら声をかけてきた。しかも信じられないことに私の肩に手を置いてくる。流石にこの態度には殺意が湧いた。悔しいから表情に出さないよう感情を抑える。


「ねえ、アリスと一緒にいたのを見て悲しかった?」


 アランがなんだか楽しそうに尋ねてくる。何を言っているのだろう。恋人に裏切られたんだから当り前じゃないか。頭が沸いているんじゃないのか。


「……うん」

「そっかあ」


 アランはそう言って嬉しそうに笑う。信じられない。どういう神経をしているんだか。頭に来たので、肩に置かれたアランの手を払ってニコリと笑った。


「触らないで」


 そう言うと余計に嬉しそうにアランが笑う。一体何を考えているのか理解に苦しむ。


「ああ! ローズに嫉妬してもらえるなんて最高だよ……!」


 ついていけない。もう触れられるのも嫌だ。


 あれ以来アランの家に行くことはなくなった。女の子と一緒のところを見たくなかったから。ただ学校では普通に会話を交わす。

 アランは私がいるところで、これ見よがしに女の子といちゃつく。私にもしょっちゅう触れようとしてくるけど、絶対に触れさせない。

 アリスの次によく見かけるようになったのは金髪の美少女イザベルだ。アランが私の前でイザベルの肩を抱く。それでも無視するとイザベルの頬にキスを落とす。

 私が何の反応も示さないのが面白くないのか、アランはその度に私の手を無理やり引っ張ってキスをしてこようとする。

 私はその度にアランを引っ叩いて逃げる。アランは大きく目を見開いて信じられないと言ったような表情を浮かべる。アランとキスをするなんて絶対に嫌だ。


 十五才のときに王都で薬屋を営む商家に奉公に出されることになった。両親と友人に別れを告げて王都へ向かう。旅立つときに馬車の窓から外を見ると、息を切らした様子のアランが馬車の後ろのほうに立っているのが見えた。


「ああ、そういえばアランには言ってなかったっけ……。私が王都に行くこと、ヴェロニクから聞いたのかな」


 ヴェロニクは私の仲のいい友人だ。そしてアランの数多いガールフレンドの一人でもある。

 王都に移り住んでからは平穏な日々を過ごした。商家のご夫婦はとても優しい。好きなだけ勉強させてくれる。薬を扱う仕事だったので、自然と薬学の知識も身に付けることができた。

 王都に移り住んで一か月くらいしたころ、アランが王都へ向かったという便りをヴェロニクから貰った。神殿の宣託で勇者に選ばれたらしい。

 故郷の町は勇者を生んだ町として大いに盛り上がり、町全体で祝福しつつアランを送り出したそうだ。

 それがなぜこんなことになっているのか。


「またローズと一緒にいることができて嬉しいよ」


 満面の笑みでアランが私の手を握る。とても嬉しそうだ。


「そう」

「これからもよろしくね」

「……」


 なんとアランは、私が魔王討伐パーティに同行しないと旅に出ないと言って駄々をこねたらしい。お陰でお世話になっていた商家から、泣く泣く人身御供に出されることになった。

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