刃の元に心あり

牛☆大権現

第1話

忍は、ただ刃たれ。

その元に、主への忠心のみを抱け。


父には、そう教えられた。


俺は、忍の里の頭領の息子として生を受けた。

普段は、農民のように振る舞い、夜には身体を鍛え、殺しの技を磨く。

それが日々の生活だった。

いかに怪しまれず目標に接近し、いかに暗殺を行うのか、その精髄を徹底的に叩き込まれる。

折角の大乱の最中だ、自身が表舞台に立ってみたかった、と思うことが無かった、と言えば嘘になる。

だが、必要な役目であることは自覚していたし、何より選ぶ権利など、無かった。


今回受けた命令は、主に敵対する勢力の長の暗殺だ。

城内に侵入し、病死に見えるよう毒を盛って殺す。

ひどく困難な任務だ、生きて帰るのは絶望的だろう。

だが、掟は絶対

主の為ならば、忠心以外の一切の感情を排し、俺は戦う他無いだろう。


まずは掘、空堀故に視界は通り、見つからずに進むのはまず無理だろう。

「止まれ!何者だ!」

故に、味方の振りをして敵の目を欺く。

「すまない!一緒にいた同僚が何者かに襲われ、怪我をしてしまったから急いで連れてきた!治療の出来る者を呼んでくれないか?」

予め、堀の外の見回りの担当を気絶させ、それを背負い、敵の装備に似せた服でこのように話しかける。

現在は夜、顔でバレることは無いだろう。

「分かった!ここにつれてきて寝かせろ、俺が呼んでくる!」

こちらの思惑通り、引っ掛かってくれた見張りは、どこかへと駆けていった。

さて、次へ行こう


漸く、城内に忍び込んだはいいものの、廊下は忍び返しの作りとなっている。

城内の見張りに見付かるのも面倒だ、故に天井裏に潜り進む。

暫く進むと、目標の真上に辿り着く。

さて、後はこの薬を垂らせば―

上から、忍の秘薬を一滴垂らし、標的の顔にかけようとしたが……

「曲者じゃ、出合えー!出合えー!」

布団の横に置いていた刀を瞬時に手に取り、それを持って鞘ごとふるい、秘薬の雫を払い防がれる。

勘が鋭い、こういう仕事をしていると、稀に遭遇することがあるタイプだ。

しかし、ここで退けば警戒され、次の暗殺は更に難しくなる。

故に、家臣が駆け付けてくるまでの僅かな間、それまでに殺さねばならぬ。

忍者刀を手に持ち、刺すように落下する。

しかし標的は、獣のような敏捷な動きで、転がり起きて避けてきた。

空ぶった刀は、床に深く突き刺さり抜けない。

刀を諦め、棒手裏剣を投擲する。

しかし、半身に構えた敵により、刀で弾かれてしまう。

わざとチラッと目を逸らし、膝を僅かに外に向けて、撤退の意志があるかのように見せかける。

あんじょう、欲をかいたらしい敵は、家臣の到着を待つことなく刀で突きかかってきた。

天井は高いとはいえ、暗い室内では上に振るのはつっかえるリスクが高い、だからこそ突きで来るだろうと予測を建てていた。

自ら踏み込み突きの剣尖をかわし、隠し持っていたクナイを喉元に突き込み殺害。

勘の鋭い人間は、欲によって行動する時はその勘が鈍る。

暗殺経験の中で覚えた知恵だ。

当初の予定とは違うものの、殺害を果たした自分は、敵家臣の到着を待つことなく、天井裏に撤退を行うことが出来た。


我らは刃、歴史に名を残すことなく、ただ主の意思を汲んで、命を絶つ者なり。

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刃の元に心あり 牛☆大権現 @gyustar1997

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