05.繋がらない空の下で
ケーキの入っていたショーケースはすっからかん。
異世界の子ども達の賑やかな声が遠のき、英太君と二人きりになった店内には、陽気なジングルベルの歌が小さく聞こえている。
CDプレーヤーを停止させ、クリスマスツリーの電飾のコンセントを抜くと、英太君は晴れ晴れとした笑顔を浮かべて店内を見回した。
「クリスマスケーキ、無事に完売したな」
「うん、お疲れ様でした」
「のえるちゃんもお疲れ様。そして、ありがとう。いきなり現れた俺の頼みを聞いて、手伝ってくれて」
「ううん。英太君に会えて嬉しかったし、今日は沢山の子ども達の笑顔が見られて、最高のクリスマスイブだったよ」
「俺にとっても、最高のクリスマスイブだった。でも、俺…………」
言い淀んだ英太君がシャッターに視線を移す。
そこには、円形のマーブル模様がまだぐるぐると渦を描いて口を開けている。
「何となくわかってた。英太君とはこれでお別れなんでしょう?」
あたしは涙を見せないように、できるだけ明るい声でそう言った。
「うん。こっちに戻ってきたのは、傷ついた子ども達に何かしてやりたいって、異世界の女神に頼み込んで一時的に戻らせてもらっただけなんだ。子ども達の笑顔のために俺ができることと言ったら、クリスマスケーキを作ることくらいしか思いつかなくて」
「異世界の子ども達にとっても、英太君は優しいお兄さんなんだね」
「勇者として戦っていた時は、必死すぎて優しさなんか見せていられなかったからさ。これからは、平和な世界で子ども達の笑顔を取り戻していけたらいいなって思ってる」
「英太君ならきっとできるよ」
『また会いたいな』
その言葉の代わりに、あたしは右手を差し出した。
英太君が笑顔であたしの手を握り返す。
「のえるちゃんも元気でね」
命の恩人であるお兄さんにまた会えた。
お兄さんと一緒に『パティスリー・エトワール』を復活させられた。
子ども達の笑顔に囲まれて、久しぶりに楽しいクリスマスを過ごすことができた。
あたしにとって最高のクリスマスの思い出を残して、大好きなお兄さんはマーブル模様の向こうへと消えていったのだった。
🍰
ラノベばかりの並んだ自室の本棚に見慣れない装丁の本を見つけたのは、それから一ヶ月後のことだった。
買った覚えのないことを不思議に思い、ぱらぱらとページをめくってみる。
見たことのない文字で書かれているのに、不思議と頭の中に流れ込んでくる文章。
それは、異世界に転生した勇者エータの冒険譚だった。
あたしは夢中でページをめくる。
大切な仲間との出会い。
魔王軍との壮絶な戦い。
辛くも勝利を得たものの、戦いの後に遺された孤児達に心を傷める勇者パーティ。
子ども達にクリスマスケーキを作ることを思いつくエータ。
物語は、勇者エータが片田舎の小さな街で仲間達とケーキ屋さんを開業するところで終わっていた。
あたしが見上げるこの空は、彼の世界とはきっと繋がっていない。
けれど、あたしの生命と笑顔を守ってくれた英太君は、あたしにとっても紛れもない勇者だった。
サンタクロースの格好をした心優しき勇者は、今日もどこかの空の下で、子ども達の笑顔を守っているにちがいない。
(おわり)
繋がらない空の下で 侘助ヒマリ @ohisamatohimawari
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