04.パティスリー・エトワール開店

 英太君の着ていたサンタクロースの衣装のポケットには、お店の裏口の鍵が入っていた。


 鍵を開けて中に入り、手探りでブレーカーを上げる。

 埃が多少積もってはいるものの、道具類は厨房にそのまま残されていて、きれいに洗えば調理は問題なくできそうだった。


 英太君はお店の二階の休憩部屋として使っていたスペースで寝起きするという。

 そこには英太君のお父さんが使っていた仕事着がクリーニングの袋に入ったまま置かれていた。


「サンタクロースの格好のまま過ごす羽目にならなくてよかった」


 冗談めかして笑う英太君は現金を持っていなかったけれど、あっちの世界で手に入れたという金貨を何枚か持っていた。

 質の良い金でできているということでかなりの高額で買い取ってもらうことができ、ケーキの材料費などはそこから捻出することになった。


 商店街の面子は顔馴染みが多く、二十年前と同じ姿の自分を見られるのは都合が悪いと、英太君はあまり外に出ようとしなかった。


 あたしはそんな英太君の代わりに、仕事帰りに材料の買い出しをしたり、休みの日に売り場の掃除や片付けをした。


 お店の奥の倉庫からクリスマスツリーのセットが入った箱を出してきて、飾りつけ。


 クリスマスイブまでの一週間は瞬く間に過ぎていく。


 イブの前日には、ガスオーブンをフル稼働させて焼き上げた大量のスポンジ台に、あたしがスライスした苺をはさみ、英太君が手際よくクリームを塗っていく。

 生クリームを絞ってデコレーションしたものに苺をのせ、ロウソクをつけて箱にしまう。


 そうして夜中までかかって、百個以上のクリスマスケーキを二人で仕上げたのだった。


 翌日のイブ。

 あたしは会社に有給休暇の届けを出して、『パティスリー・エトワール』の一日限りの店員となった。


 英太君に合わせて用意したサンタクロースの衣装に着替えて売り場に立つ。


「いよいよ開店だね! エトワールが復活したら、商店街の人も驚くだろうね」


「そうだね。けど、今日はシャッターを開けないで営業するんだ」


「シャッターを開けないって、どういうこと? それじゃあお客さんは入ってこれないでしょ?」


「いや。お客さんはちゃんと来るよ。このシャッターの向こうからね」


 英太君が茶目っ気たっぷりのウインクをしたその時、シャッターに虹色のマーブル模様が円形に浮かび上がった。


「え……っ、これって」


 あたしが目を丸くしている間に、マーブル模様はどんどん広がっていく。

 やがてそこから金色の光と共にいくつもの人影が現れた。


「いらっしゃいませ! 『パティスリー・エトワール』へようこそ!」


 サンタクロースのコスプレをした英太君が、満面の笑みで出迎える。

 それに応えたのは、あたしが英太君を重ねて妄想していたラノベによく出てくるような、エルフやドワーフ、リザードマン、コボルト、オークにハーピーといった、こっちの世界とは明らかに異なる人種──しかもそのほとんどが幼い子ども──だった。

 人間の子もちらほら混じっている。


「英太君、この子達は────」


「そう。俺が転生した世界に住んでる子ども達だ。魔王軍に襲われたり、戦いに巻き込まれたりして親や住む家を失った子ども達に、一時でも笑顔を取り戻してやりたくてさ」


 少し照れ臭そうにそう言うと、英太君は箱からケーキを取り出して、子ども達に切り分けた。


「ほら、食べてごらん。俺のいた世界では、クリスマスイブにはみんなで甘いケーキを食べるんだ。今日はみんなにこのクリスマスケーキをプレゼントするぞ!」


「わっ、あまーい!」

「おいしいー!」

「これ、勇者様が作ったの?」

「そうだよ。俺は元々パティシエだったんだ」


 ケーキの試食をした子ども達は、どの種族の子もみんな満面の笑顔を浮かべ、カラフルなケーキ箱を抱えてシャッターの向こうへと帰っていく。


 あたしは英太君を手伝って、ケーキを切り分けたり、フォークやお皿を洗ったり、用意していた風船を渡したりしながら忙しく動き回った。


「勇者エータも、お姉ちゃんもありがとう!」

「弟や妹と仲良く分けるんだぞ!」

「メリークリスマス!」

「メリークリスマス!」


 こうして、大賑わいの店内に山と積まれたケーキの箱はまたたく間になくなったのだった。

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