03.お兄さんのお手伝い

 商店街の外れにできたファミレスに、あたしと “お兄さん” は向かい合って座っている。


「え……っと、今の話をまとめると、君は “あの日” 俺が庇ったのえるちゃんで、俺が転生してから、こっちの世界ではすでに二十年も経っていると……そういうこと?」


 コーヒーカップをテーブルに置くと、お兄さんは「はあっ」とため息をついて窓の外を見た。


「にわかには信じられないけど……それを言ったら、俺が異世界に転生したってことの方がよっぽど信じられないもんな。どうりで色んなものが様変わりしているはずだ」


「あたしはお兄さんが異世界に転生したに違いないってずっと信じてたから、割と冷静に受け止められてます。お兄さんが二十年前の姿とほとんど変わらないままで戻ってきたのはちょっと驚きですけど」


 ベーコンとナスのトマトソースパスタをくるくるとフォークに巻きつけながら、あたしはそう答える。

 実際、二十年前の姿のままのお兄さんに出会ったあたしよりも、二十年ぶりにこっちの世界に戻ってきたお兄さんの方がよっぽどショックが大きいらしい。

 その証拠に、お兄さんは私が食事を勧めても、喉を通りそうもないからとドリンクバーだけを注文していた。


「二十年後ののえるちゃん……ってことは、今いくつなの?」


「二十五になりました」


「そっか、あの小さな女の子がもうそんな歳に……っていうか、俺はあの時から一年しか経ってないから、今同い年ってことかあ。浦島太郎を地でいってるようなもんだよな」


「お兄さんは異世界でどんなことをしていたんですか? そして、どうやって二十年後のこっちの世界に戻ってきたんですか?」


「それについてはあまり詳しく話せないんだが……ただ一つ言えるのは、俺がこっちの世界に戻ってきたのは、『パティスリー・エトワール』でクリスマスケーキを作るためだったんだ。一年だけ留守にしていたつもりが、まさか二十年も経っていて、親父が店を閉めていたなんて……」


 がっくりと肩を落とすお兄さん。

 あたしはパスタを巻く手を止めて、そんなお兄さんをじっと見つめた。

 しばしの沈黙。

 それから、お兄さんは意を決したように顔を上げた。


「けれど、ここで諦めてしまったら、せっかく戻ってきた意味がない。のえるちゃん、二十年後の君に会えたのも何かの縁に違いない。僕の手伝いをしてもらえないだろうか」


「お兄さんはあたしの命の恩人だし、断る理由なんかないです。で、あたしは何をすればいいんですか?」


「今年のクリスマスイブに、俺は『パティスリー・エトワール』のケーキを売りたいんだ。のえるちゃんには、その手伝いをしてほしい」


 お兄さんが二十年ぶりに戻ってきた世界でやりたいこと。

 どんな事情があるにせよ、あたしはお兄さんに恩返しがしたいと心から思った。


「わかりました。イブまではあと一週間ですね。あたしでよければ、できる限りのお手伝いをします!」


 きっぱりとそう答えると、サンタクロース姿のお兄さんがほっとしたように顔を綻ばせる。


「すごく助かるよ、ありがとう! ……ところで、同い年になっちゃったのに “お兄さん” って呼ばれるのも違和感あるな。俺の名前は英太って言うんだ。これからは名前で呼んでもらえたらありがたい」


「ふふ。お兄さんはあの時と全然変わらないから、あたしにとっては名前で呼ぶ方が不思議な感じがしますけど……。でも、わかりました。同い年らしく、英太君って呼ばせてもらいますね」


 英太くんはにっこりと笑うと、「改めてよろしく」とテーブル越しに右手を差し出してきた。

 ぎゅっ、とその手を握ると、英太君の温もりが伝わってくる。


 夢じゃない。

 幽霊でもない。

 命の恩人が、大好きなお兄さんが、あの時と同じ笑顔であたしの前にいる。


“あの日” のことを思い出して毎年悲しい気持ちになっていたクリスマスが、二十年ぶりに楽しみなものになっていく。


 あたしは子どもの頃に戻ったようなワクワクとした気持ちで、一日限りの『パティスリー・エトワール』復活を手伝うことにしたのだった。

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