オトギリソウの結末①

「よし・・・これでいこう」


食事会当日の朝、甘利高校旧校舎理科準備室には復讐連盟の面々が集まっていた。


「は、・・・はい! ちょっと緊張してきました」

「うーん、2人は責任重大だからね・・・頑張って♪」


小田先生は緊張している和羽と玲奈を面白がってさらにプレッシャーを与えてきた。


「う・・・胃が痛てぇ・・・これでなんかの病気になったら全部小田先生のせいですからね」

「ちょっと大丈夫? 胃薬持ってきてるから後で売ってあげるよー・・・」

「ず ・・・ずいぶん商売っ気があるんですね御伽さん・・・・・買わせて頂きます」


4人はこれからビアードへと向かい、作戦を実行に移そうとしていた。


御伽が自分の復讐への答えをだしてから、数週間ずっと準備をしてきた作戦が今日実行される・・・

そんな心情から皆少なからず高揚した気分で朝の打ち合わせを行っていた。


「じゃあ・・・行こうか」


先生が号令をかけると、みんな無言でうなずき行動を開始した。



復讐作戦の概要はこうだ・・・。


まずは派遣アルバイトとして潜入している諏訪野と和羽が現場に入り、どちらかが裏口のドアを開けておく、

当日は元彼の食事会で午後からは貸し切り状態の為、

客に紛れてレストラン内に入る事は難しい状況だったが、

幸い裏口は厨房とも離れていてすごく目立たない場所にあるため、

隠れて2人を中に入れる事はさほど難しい事ではなかった。


だが問題は人員の都合で和羽も玲奈も当日は音響スタッフとしてではなくホールの人間として働かなくてはいけなくなってしまったことだ・・・。


これに関しては働きながらではどうしようもできない為、

ディスクの差し替えは隙を見て小田先生と御伽に実行してもらう事になった。


「にしてもまさか音響業者を使わない事になるなんてね・・・」

「ですよね、2人とも音響スタッフとしてバイト始めたのに、気が付いたらホールもやらされてましたよ・・・

なんか今日はただ映像を流すだけだからリモコンで厨房から再生するらしいですよ・・・」

「大丈夫ですよ和羽先輩! 凛先輩もいるんだし、あの2人ならなんとかしてくれますよきっと!

だってあの小田先生と御伽先輩なんですよ?」

「え・・・さっきの仕返しかな諏訪野さん・・・」

「えー? 何のことですかー? 全然わかんないです♪」


さっき教室で緊張しているところを先生にからかわれたのが気に食わなかったのか、

諏訪野は小田先生にプレッシャーを与えていた・・・良いぞ諏訪野! もっとやってくれ!!


暫くは他愛のない話で盛り上がっていた車内も、目的地のレストランが見えてくると緊張からか口数が減っていた。


「・・・みんな・・・今日は本当にありがとう・・・私の自分勝手なわがままに付き合ってくれて本当に感謝してます! 」


御伽がぽつぽつと皆の協力に対して、感謝の気持ちを言ってくれた。


「・・・そんなの当たり前だ仲間なんだから、それに俺は今日うまく事が運んだらきっと小田先生が皆に焼肉をおごってくれると思う・・・

ううん・・・これは確信だ」

「え、ちょっ、嵯城くん!? 先生びっくりしてハンドル操作誤るところでしたよ・・・えっと・・・財布にいくら入ってたかな・・・」

「ちゃんと奢ってくれる気なんだ先生!」


諏訪野にツッコまれながらも、ごそごそと自分の財布を覗く小田先生を見てひと笑したら緊張もだいぶほぐれてきた。


「よし・・・じゃあそろそと時間だし行くか!」

「ですね・・・頑張りましょう!」

「2人とも気を付けてね・・・」

「嵯城・・・差し替えるタイミング図って連絡頂戴ね? 」

「わかりました・・・じゃあ後で! 」


バイトの開始時刻になった為、諏訪野と和羽は車から出てビアードに向かって歩きだす・・・作戦開始だ。



「ありがとうございましたー!」


時刻は午前10時50分、朝食に来た最後のお客様を見送り、いよいよご予約のクソ元彼様をお迎えする時間になった。


「来た・・・」


隣りでお見送りしていた諏訪野が元彼を来た事を確認し緊張した様子で和羽に声をかけた。


「大丈夫・・・成功するよ・・・」


御伽の元彼が近づいてくるにつれ鼓動が早くなり、ようやく作戦を実行に移せる事の高揚感と不安と緊張が入り混じった妙な感覚に襲われた。



ガラガラガラ


「いらっしゃいませ・・・おまちしておりました、ご予約のお客様でございますね? 」

「はい・・・予約していたものです」

「かしこまりました、ではお席までご案内させて頂きます」


落ち着いた様子で店内に入って来たのは、元彼とフィアンセの女性、

恐らくフィアンセの両親と思われる壮年期を越えた頃の男性と女性の4名だった・・・

両家食事会という名目だった為、てっきり元彼の両親も同行しているのかと思っていたが、店内から外を見てもそれらしき人物はいなかった。


4人を結婚式などで使用される半月型の大きなテーブルに案内すると、

諏訪野も同じ疑問を抱いていたらしく元彼に確認の為声をかけた。


「お客様・・・ご予約の人数は6名様で承っている様ですが、お連れ様はこれからお見えになられますでしょうか? 」

「あー! これは説明が遅れて申し訳ない・・・実はもう2人は急な用事が入り来られなくなってしまったんだ・・・だから当日で申し訳ないのだがコースの量を人数分に変更してもらう事はできるかな?」

「は・・・はい、かしこまりました」


元彼は少し気持ち悪いくらいのオーバーリアクションで人数が変更になったことを伝え、フィアンセの両親の事を見ると深々と頭をさげた。


「教授・・・大変申し訳ございません・・・」

「いやいや君が気にすることじゃないよ島田君、体調が悪いのは仕方がない事だ・・・ご両親にもどうか気に病まない様よろしく伝えておくれよ? 」

「は、はい教授・・・本当に・・・ありがとうございます」


真っ白な口髭を蓄えたフィアンセの父とみられる人物は笑いながら元彼をなだめていたが、

よく見ると口元は全く笑っておらずどこか不気味な印象を受ける人だった。


「もしもし、嵯城どう??」

「今のところ順調です・・・ちなみにディスクは事前に店長が受け取っていたみたいで、もうプレイヤーの中でスタンバイ状態になってます」

「わかった・・・こっちも差し替え用のディスクは準備できてるから、あとは嵯城が合図くれればいつでも行けるよ!」

「わかりました! 今ちょうどメイン出し終わったのですぐに来れますか? 」

「了解! じゃあすぐに行く」


打ち合わせ通り、メイン料理を出した後のタイミングで小田先生に連絡し、2人を裏口まで呼び出した。


ここまでは計画通り進める事が出来ている・・・だがここからは4人の客と従業員しかいないこの空間の中に、

誰にもバレない様に小田先生と御伽を入れディスクの差し替えを行ってもらわなければならない・・・

働いて初めて分かったがビアードは屋内テラスをコンセプトにしている為とにかく内装が開放的な作りになっていて、

死角がほとんどない作りになっている・・・その為あまり長い間は身を隠すことが難しく、

映像を流す前ギリギリのところでディスクを差し替えて、再生が終わったらディスクを戻してすぐに立ち去る必要がある・・・

もちろんリハーサルなんてできるわけないし正真正銘の一発勝負だ・・・。


「和羽先輩!! 私ドリンクの追加注文聞いて、客席も厨房も引きつけておくのでその間に行ってきてください! ホールは大丈夫です♪」


本当に成功させられるのかと不安になっていた和羽に気が付いたのか、諏訪野は任せてくださいとばかりに胸を張って、和羽を勇気づけてくれた。


「・・・うん、ありがとう諏訪野! ちょっと行ってきます!」


隙を見て厨房から出ると、左手にある従業員用の通路を通り、奥にある裏口のカギを急いで開けた。


「嵯城! 大丈夫??」

「ちょっ! あぶなっ!」

ドアが開いた瞬間、外から勢いよく御伽が突っ込んできて、

危うくそのまま転びそうになるのを先生が支えて何とか体制を建て直した。

「あらら、ごめんごめん」


本当に大丈夫かと不安になったが、あまり時間もない為気にせず話を進める事にした。


「とりあえず説明しますね・・・この裏口から右手に行くと2階席に続く階段があるんでその階段を上がって下さい・・・

上がるとすぐ左手にカーテンが閉まった窓があると思うので、一旦カーテンの中に隠れてください・・・

落ち着いたらそのまま左に進んでいくと角のところにプレイヤーが置いてあるラックがあります・・・

あとできればなんですが差し替えが終わったら何かわかる様な合図をもらえますか?」

「分かった・・・合図もできるだけやってみるよ・・・でももし合図が出せなかったらどうする?」

「・・・合図が無くても引き止められるのはせいぜい今から15分程度だと思います・・・

だからそれまでに合図が確認できなかったら、こちらの判断で再生するしかありません」

「分かった・・・何とかできる様に考えてみるよ・・・とにかく今は時間が無い! 急ごう・・・御伽大丈夫?」

「うん・・・もう落ち着いたよ、こっちは任せて! それよりも嵯城は玲奈ちんをフォローしてあげて? 」

「たぶん今一人でテンパってるもんな・・・こっちは任せてくれ!」

「オーケー! じゃあ行こうか!」


話し終えると先生は音を立てず忍者の様にスタスタと階段に向かって歩きだした、

180cmの長身であの動き・・・うーん、やっぱり盗撮で身に付いたスキルかな?


御伽もよろめきながらもなんとか先生について歩いていた為、少し安心しまたホールに戻ることにした。


「ごめん諏訪野! 時間かかっちゃった!」

「あ、お帰りなさい・・・今のところまだ大丈夫ですよ! でももうデザート出さなきゃいけないんで、そろそろだと思います・・・」

「分かった・・・とりあえず流れを説明しとくね」


先ほど小田先生と話して決めた流れを諏訪野に説明し、何とかして15分間は足止めしなければいけない為、

映像を再生するように言われたら準備に時間が掛かっているとごまかさなければいけない事を伝えた。


「・・・分かりました、15分なら何とかなりますよね」

「ああ・・・何とかしよう」

「あのー・・・すみませーん」

声を掛けられ振り向くと、元彼が手を挙げてこちらを見ていた・・・。

「お待たせいたしましたお客様・・・いかがなさいましたでしょうか」

「例の映像そろそろお願いしたいんだけど」


まずい・・・まだ先生達と別れてから5分くらいしか経っていない・・・なんとかごまかさなくちゃ!


「はい・・・お客様申し訳ございません、現在プレイヤーの調子が悪い様で準備に少し時間が掛かっております・・・

誠に申し訳ございませんが今しばらくお待ち頂けますでしょうか」

「はぁ? なんだそれ? こっちはこの後も予定が控えてんだよ、今まで準備する時間は幾らでもあっただろうが!

それを今更何言っちゃってんの?」

「・・・はい、おっしゃる通りでございます・・・誠に申し訳ございません! 」


和羽は沸々と湧き上がる怒りを抑えながら、何とか平静を保ち元彼に対して必死に頭を下げた。


「・・・まーいいじゃないか島田君、この後の用事は連絡さえすればなんとかなるものだ・・・

準備と言っても何十分もかかるものではないのだろう? 」

「そっ・・・そうですか・・・教授・・・わざわざお時間を作って頂いたのに誠に申し訳ございませんでした!」


元彼はイライラした様子ではあったが、それでもやはり教授には逆らえないのか深々と頭を下げてお詫びしていた・・・

それだけでこの義理の親子がどのような主従関係なのかは一目瞭然だった。


「それで!? 準備にはどのくらいかかるんだよ!」

「はい・・・恐らく10分ほどで準備は整うかと思われます」

「絶対に10分で準備を終わらせろ! それ以上は1秒も待たないからな! 」

「・・・かしこまりました、誠に申し訳ございませんでした」


店にはクーラーがかかっているのにも関わらず、ヤツは額にものすごい汗をかき真っ赤な顔で和羽に対して声を荒げた。


恐らく元彼にとってあの教授は義理の家族ではなく会社の上司の様な存在なのだ・・・

急な両親のキャンセルに加え、次の予定があるにも関わらず映像が流れない事で足止めをくらう・・・

婚約者を出世の道具のように思っているヤツにとって、

教授からの株を落としかねないこの場はものすごくストレスのたまる場所なのだろう・・・。


「おかえりなさい! すごい言われてたけど大丈夫だった? 」


元彼に時間をもらい厨房に戻ると、諏訪野が心配そうな顔をして話しかけて来た。


「うん・・・なんとか10分は時間もらえた・・・でもあの様子だとそれ以上時間を稼ぐのは難しそうだ・・・

それまでの間に合図が来ればいいんだけど・・・」


「お疲れ様です・・・なんだかすごい怒鳴られてたから心配でした・・・2人なら大丈夫だよきっと・・・信じよう?」


身長差からなのかわざとなのかはわからないが、諏訪野は上目使いで和羽を見ると和羽のシャツの袖を指でつかみ、

心配そうな顔を和羽に向けた。


クソなんてあざとい子だ! でも可愛いから許しちゃう・・・

今度小田先生に頼んで諏訪野の写真撮ってもらってその写真を生徒手帳に入れ・・・

す、好きとかじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!


「ちょっとー! もうすぐ10分経つけどー!??」


諏訪野の行動になんだかムラム・・・いやモヤモヤしていると、客席から元彼の大きな声が聞こえて来た・・・

ふと時計を見ると先ほどヤツと話をしてから既に10分が経過しようとしていた。


マズイな・・・もうこうなったら一か八か再生するしかないか・・・。


「ちょっとー! 聞こえてるー!? いい加減怒るよ僕も!」

「どうしよう和羽くん! まだ合図きてないのに・・・」

「・・・もう2人を信じるしかない・・・ちょっと行ってくる・・・」


諏訪野は不安そうな顔を浮かべていたが、和羽は2人を信じて腹を括るしかないと決め客席へと歩き出した。


そのとき和羽の顔がまぶしい光で照らされ目の前が真っ白になった・・・

初めは一体何が起こっているのかが分からなかったが、

光の大元を目線でたどっていくと御伽が2階席のカーテンの隙間から鏡の反射を使って和羽の顔に光を当てているのが見えた。


和羽は自分でも高揚して体が熱くなっているのを感じた・・・これでようやく最初の復讐が終わる・・・。


「大変お待たせいたしましたお客様・・・ただ今より、お預かりいたしました新郎、新婦様のなれ初めムービーを流させて頂きます・・・」

「おう! 遅っせーんだよ! 早くしろ!!」

「はい・・・申し訳ございませんでした」


和羽は元彼に深々と頭を下げながら、今この場に居る復讐連盟の4人全員が思っているだろう事を心の中で思いっきり叫んだ。



「・・・・・ざまぁみろ!」

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