オトギリソウの笑顔は

翌朝けだるい体を押して登校していると、後ろから呼び止められた。


「おはよー、嵯城ちーん」


なんてセンスのないあだ名だろうと思いつつも、

後ろから走って追いかけてくる友人を無視することもできず和羽も返事を返した。


「おーはよ、修」


挨拶して気が付いたが、修には毎日会っているはずなのに、

なんだかすごく久しぶりに顔を見るような変な感覚に襲われた。


・・・あそっか、たぶん修が出てきたのが2ページ目以来だからか・・・

改めまして彼が俺の学校での唯一の友達・・・磯山修モブ君です。


「嵯城ちん相変わらず朝弱いんだねー、眠たい人の顔してるよ?」

「・・・ほっとけーこの顔は生まれつきだい」

「あはは、ねーねーそういえば俺バイト始めたんだー」


修は人の事を眠たい顔呼ばわりしておいて、

それよりもこっちの話聞いて聞いてとばかりに和羽に顔を近づけて来た。


「へーそれは殊勝なこって、ちなみに何のバイトよ?」


「なななーんと、可愛い子盛りだくさん! 港公園の近くにある【ビアード】っていうスペイン料理店だよ!」


・・・奇跡キター! ビアードってたしか昨日話してた食事会の会場だよな?

なんてタイミング! 色々聞き出すチャンスだ。


「あーあのおしゃれな店ね、確かに女の子は多そうだな・・・

てかあの店って結婚式とかよくやってるイメージあるけど大変じゃないの?」


「お、よく知ってるじゃん嵯城ちん!確かにあそこレストランウエディングとかもやってて、

シーズンになると土日はほとんど予約でいっぱいになるよー、大変は大変だけどそれ以上に収穫はあるのさ」


修はドヤ顔であれやこれやバイト先の事を教えてくれる、にしても収穫ってなんですか?

女の子は獲物なんですか? 修さんは狩猟民族ですか? ひと狩り行こうぜ! 的な事ですか??


「・・・それはそれはアレですね、てか結婚式もやるってことはあそこ映像流したり音楽流したりもできるって事?」

「そーだよ? なんか2階にプレイヤーとか音響用のミキサーとかがあって、

それで映像とか音楽流してんのよ・・・映像はプロジェクター使ってスクリーンに映してるんだっけなたしか、

え? てかもしかして嵯城ちんそういうの詳しい人??」


「・・・別に詳しいってほどでもないけど、ちょっと興味があってな」


和羽は怪しまれない様にそれとなく聞いたつもりだったが、

修は新しいバイト先を自慢したいのか必要以上に色々話してくれた、

これならこちらから根掘り葉掘り聞く必要もないし修がおしゃべりで本当良かった。


「なんだそっかー・・・詳しいならバイト頼めないかなと思ったんだけどねー」

「・・・バイトってなんの?」

「なんかレストランの人手は足りてるんだけど、土日の音響とかの人が5月で辞めちゃうから、

そっちが全然足りてないみたいなんだよねー、だから嵯城ちんが詳しいならお願いできないかと思ってさー、

まー店長も6月は派遣にお願いするみたいな事言ってたから大丈夫だと思うんだけどね」


・・・修って実は幸運の神様なのかな・・・彼の話ではビアードは現在人員が不足している、

しかも何とも都合の良い話だが足りていないのは音響など催し物の裏方の仕事だと言う・・・

さらに急きょ人員を確保するために6月に関しては派遣バイトを雇う予定との事だ。


バイトとして店に侵入しディスクをすり替える事は昨日の話し合いでも考えたが、

直接の雇用となると身分証明書が必要になる可能性が高く、

万が一すり替えがばれたときに店側が何かしら行動を起こす可能性もある。


だが派遣であれば警察などが関与しない限り派遣元は個人情報を開示できないし、

任意で開示するにしても本人の了承が必要になるだろう・・・

それなら万が一すり替えがバレたとしてもこちらが個人情報の開示了承をしなければ問題はないはずだ。


まあ、あくまでも推測ではあるが試してみる価値はあるかもしれない。


「そっかそれはごめんよ、また何かの機会があったらお願いする」

「うん! その時はお願いね!」


必要な情報が入った事で大きな懸念点が取り除かれた、あとはどうやって店が頼む派遣会社を特定するかだが、

それはこまめに求人情報をチェックしていれば見つける事ができると思う。


持つべきものは友達とはよく言ったものだ・・・まあ友達なんて修しかないけどね♪ コミュ障ですがなにか?


放課後になった為、急いで部室へ行き今朝修から聞いた情報を皆に説明した。


「すごいです! これで復讐達成にめっちゃ近づいたじゃないですかー!」

「ね! そこまで分かってるなら後は楽勝っしょ★」

「にしても修先輩っていったい何者ですか?」

「修は同じクラスの友達だよ」

「え、和羽先輩友達居たんですか? 以外★」

「たしかに! 嵯城友達居たんだね、なんか安心したわ」

え、ちょっと2人ともヒドくないですかね・・・いくら俺でも友達ぐらいいますよ!

まー学校限定の付き合いなので外で遊んだこととかはないですけど・・・だ

って学校が終わったら部活ない人はみんな家帰っておやつタイムでしょ?

グダグダしてゴロゴロして漫画読むでしょ? そうだよね? そうだと言っておくれ・・・グスン。


「ふふ、まーとにかくそこまで分かってるならあとはその派遣会社を特定するだけだね」


2人からツッコまれ落ち込んでいる和羽が面白かったのか、小田先生はクスクスと笑いながら話を進めた。


「じ、じゃあとりあえずみんなで探しますか」

「ねー、そういえばどうやって探していくの?」

「・・・そんなの決まってんじゃん・・・しらみつぶしだ」


部室が暗くなった気がしてふと教室の外を見渡すと、

辺りはすっかり暗くなり夜の様相をかもし出していた。


全員で派遣会社の特定を初めてから4~5時間が経過しただろうか、

始めは意気揚々と作業していた諏訪野や御伽もいまは無言でただスマホの画面を覗きこんでいる。


もうずっと同じ事をやっているし時間的にもそろそろ切り上げた方が良いか・・・。


「・・・あ! あったー! よっしゃー!」


和羽がそろそろ切り上げようと皆に声を掛けようとした時、諏訪野が立ち上がり華麗にガッツポーズを決めた。


「え! すごい玲奈ちん! これで帰れるー!!」


御伽も嬉しさのあまりか、両手を上に掲げバンザイの出来損ないみたいなポーズをとった。


諏訪野が見つけた求人の内容は土日のみの単発のもので、

経験者優遇とは書いてあるものの未経験でも仕事をすることはできるようだった。


「うん! これであとは行動に移すだけだ! すぐ派遣登録しなきゃだな」


やっと淡々と求人情報を調べるだけの時間から解放されたことで、和羽も少し気分が高揚していた。


「・・・ちょっと待ってもらえるかな?」

「・・・?」


これからの行動手順について和気藹々と話す和羽達をよそに、小田先生は静かに・・・

少し冷たい声色で話し始めた。


「御伽・・・君は本当はどうしたいんだろうね・・・」

「え? どうしたの小田ちゃん・・・本当はって? どういう事・・・?」


小田先生の突然の冷たい問いかけに、

御伽は表情をこわばらせながらも小田先生の真意を確かめる為恐る恐る質問を返した。


「前に俺と嵯城が浮気現場の写真を撮ってきた時に、

御伽は自分と同じ様な境遇の人をもう作りたくないって言ってたよね・・・

それを聞いてこの子はなんて優しい子なんだろうって思ったよ・・・でも同時にね?

それならこの子の事は誰が大切にしてあげれば良いんだろうって・・・

この子はこれから先自分の事を大切にできるのかなってすごく心配になった・・・

だから・・・教えて欲しいんだ御伽・・・君が本当はどう思っているのかを・・・

あのクソ野郎をどうしてやりたいのかを・・・ほかの誰でもない君自身が・・・

この復讐をどう終わらせるのかを・・・」


小田先生は怒るでも責めるでもなく、ただ大人が子供を諭す様に優しさを孕んだ声音で御伽の答えを促していた。


「・・・わ・・・私は怖かったの・・・見た目を変えて、キャラを変えて・・・

それでも怖くて怖くて仕方なかった・・・どんなに取り繕っても、

いつかは本当の事がバレて私は一人になっちゃうんじゃないかって・・・

だから初めて皆に会った時本当はすごく緊張していて・・・

話そうって決めた時は泣きそうだったけど・・・もうどうにでもなれって思って話したの・・・

そしたらね? みんな嘘みたいに何にも変わんないんだよ・・・避けたりとか陰口たたいたりとかも全然なくて・・・

むしろ皆で怒ってくれて、助けてくれて・・・もうそんなの・・・幸せすぎなの・・・

そんな風に思ってくれる人がいるなんて考えてもなかった・・・だから私の願いは・・・

求めてたものは・・・もう・・・叶っちゃってるの・・・ごめんね・・・ごめ・・・」


瞳いっぱいに涙を湛えながら、零れ落ちそうになるのを必死でこらえ一生懸命に・・・御伽は思いを話してくれた。


そっか・・・ありがとうね御伽・・・よく頑張りました・・・

そんな顔しないで大丈夫だから・・・な? ・・・笑っておくれ」


先生は御伽が抱えていた思いを伝えてくれた事が嬉しかったのか、

うつむいている御伽の頭を優しく撫でるとそのまま御伽の頬に手を当て流れる涙をぬぐった。


その光景を見ていた諏訪野が小さく「よかったね」と言っていたのが聞こえてきた・・・

もしかしたら諏訪野は御伽の思いに気が付いていたのだろうか・・・。


御伽は今回の『復讐』という行いの中で、

復讐を達成し苦しめられた相手をこらしめるという答えではなく全く別の答えを出した・・・

それは和羽が想像していたものとは大きく違っていたし、和羽が同じ様に考える事はたぶんできないけれど、

今の彼女が幸せそうに笑う姿を見るとそんな答えもありなのかと少し嬉しくなった。


「・・・それで? 結局あいつへの復讐はどうしよっか」


暫く経ち御伽が落ち着いたのを確認してから、和羽は今後の行動に関して答えを求めてみた。


「うん・・・それなんだけどね? 本当に自分勝手な事を言ってるのは分かってるんだけど・・・

今の彼女を私と同じ目に合せない為に・・・何とかしたいんだ・・・だから・・・

お願いします! 皆にも手伝ってほしいです!」


「・・・うん、もちろん」

「そーいうと思ってました★ こちらこそ協力させてください♪」

「うん、やってやろうよ」


御伽の出した答えに、悩むこと無く全員が賛同した。


彼女自身の復讐は別の答えを見つける事で終わらせる事が出来たけれど・・・

御伽の元彼を今のままで放置したら、確実にこれからも御伽と同じ目に会う人間が出てきてしまうだろう・・・

御伽はもう自分の様な目にあう人を作りたくないと言った・・・それなら仲間として和羽達にできる事は一つだ。


「復讐を・・・実行しよう」

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