書籍版一周年記念SS

①「念のためよ」



書籍版『美少女と距離を置く方法』一周年記念SSです


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 六月某日、放課後、生徒会室。


「あ、おっきー! そのアメ一個ちょうだーい。リンゴ!」


「ん、ああ。ほら」


「テンキュー!」


「隠岐くん、私もほしいわ」


「味は」


「マスカット残ってる?」


「最後だ」


「そう。ありがと」


 私たち生徒会二年の三人は、修学旅行についての会議の場を設けていた。


 ただ見ての通り、会議といっても形式ばったものではなく。

 私と陽茉梨と、それから隠岐くん。

 各々自分の席に座って、お菓子を食べながらのんびり、しおり制作についての決め事をする、という感じで。


 準備は早めに、計画は綿密に。

 そんな隠岐くんの行動指針のおかげもあって、予定は滞りなく進んでいる。


 ただ、たまに陽茉梨の思いつきや突飛な行動で、スケジュールが狂いそうになることもあり、その度に隠岐くんと私で帳尻を合わせていたりする。


 まあ、そういうのも含めて修学旅行よね。

 準備も楽しまないと、頑張る甲斐がないもの。

 だから許してあげてね、隠岐くん。


「表紙のイラスト、どうしようかしらね」


 会話が途切れたタイミングで、今日のメインの議題を提示する。


 修学旅行のしおりは、毎年表紙をイラストにしている。

 生徒会メンバーが描けるならそれに越したことはないけれど、当然上手い生徒に依頼する方がベターだ。


「美術部じゃない? やっぱり」


「そうね。木村さんはどう? 前になにか賞を取って、話題になってたわ」


「あーぁ、あったねぇ」


「ええ。責任感の強そうな子だし、いいと思うんだけど」


「なら、頼みに行ってみるか」


「誰が?」


 隠岐くんの言葉に、陽茉梨がすぐにそう尋ねる。

 純粋な疑問という感じで、特に他意はなさそうだった。


「それはもちろん」


「もちろん?」


「……ん?」


 私の視線を受けて、隠岐くんは怪訝そうな、困惑したような表情を作った。


 鈍い……いいえ、これはたぶん、とぼけてる。


「よろしくね、隠岐くん」


「な……なんで俺なんだ」


「だって、相手は女の子よ」


「……だから?」


「だから、隠岐くんが行くのが一番、成功率が高いわ。違う?」


 私が言うと、隠岐くんは恨めしそうな目で、こちらを睨んだ。


 適材適所。

 使えるものは、なんでもしっかり使うべき。

 まさか異論はないだろう。


 首を傾けて応じた私に向けて、隠岐くんが小さなため息を吐く。

 一方で、陽茉梨はピンときたように、ポンっと手を叩いていた。


「なるほど! さすが千歳! 狡猾!」


「陽茉梨」


「は、はひっ! しゅみましぇん……」


 やれやれ、まったくこの子は。


「いいわ。とにかく行くわよ、隠岐くん」


「……はぁ。わかったよ……」


「あれ、千歳も?」


「念のためよ。彼だけじゃ、心配な部分もあるし」


 答えてから、私と隠岐くんは前後に並んで、生徒会室を出た。

 陽茉梨に留守を任せて、美術室に向かう。


 ただ、ドアを閉める直前、部屋の中にいる陽茉梨が、やけにニヤッと笑ったような気がした。


 ふふっ、いい度胸ね。

 帰ってきたら、ちょっとお灸を据えないといけないわ。


「失礼する」


 ノックの後で短くそう言って、隠岐くんが美術室のドアを開ける。

 私は彼の一歩後ろから、教室の中を眺めた。


「え、隠岐くん来たんだけど!」


「うそっ。写メ写メ」


「なに? 誰か人でも救ったの?」


 十人ほどの美術部員達の視線がこちら、正確には、隠岐くんに集まる。

 驚いたような、はしゃいだような、そんな様子だ。


 まあ、こうなるでしょうね。

 だからこそ、彼に来てもらったんだもの。


「あ、須佐美さんもいる」


「あー、生徒会ね。なぁんだ」


 状況の推測がついたのか、徐々に美術部員達のざわめきが小さくなる。


 バツが悪そうに指で頬を掻きながら、隠岐くんが言った。


「木村はいるか」


「えっ⁉︎ は、はい! 木村です!」


 美術室の奥にいた木村さんが、ピシッと立ち上がった。


 ショートヘアが印象的な、はっきりとした顔の可愛い女の子。

 背が高くてスタイルもよく、目立つ。

 あまり、文化部という感じがしない。


「ど、どうしたの?」


 こちらにやって来た木村さんは、緊張の混じった声音で聞いた。

 まあ、無理もないと思う。

 いろいろな意味で。


 ただ、彼女よりももっと緊張している人間が、ひとり。


「あ、あの……その、今、修学旅行のしおりを、作ってるんだが……」


「う、うん?」


 隠岐くんはほんのり頬を染めて、目を泳がせている。

 まるで、初対面の人の前で恥ずかしがる、小さな子どもみたいだ。


 ほら隠岐くん、しっかり。


「それで……その表紙を、木村に描いてもらえないかと……」


「えっ、わ、私が……?」


「……あぁ」


「……どうして?」


 木村さんはいつの間にか、少しずつ落ち着きを取り戻していた。

 一方で、隠岐くんは全然、緊張が解けていない。


「まあ……絵柄が、一番イメージに合うんだよ……。それに……木村なら安心して任せられると思った。……どうだ?」


「ふぇっ!」


 今度は木村さんが、顔を赤くした。

 瞳が、迷ったようにオロオロ動く。


「……う、えっと……た、大変、だよね……?」


「あ、あぁ。デザインも頼むことになるし、正直、それなりに手間がかかる。報酬も出せない……」


 そこで隠岐くんが、やっと顔を上げて木村さんの方を見た。

 たぶん、彼なりに頑張っているんだろう。

 けれどその恥ずかしそうな表情が、交渉にはしっかりと、役に立ってしまう。


「だから……もし無理なら、断ってくれ。ただ……引き受けてくれたら嬉しい」


「そっ……! そっか……」


「も、もちろん、俺も協力できるところはする。から……頼めない、かな?」


 伏目がちに隠岐くんが言う。


 他の美術部員たちは、みんな息を呑むようにして、ふたりの様子を見守っていた。


 なんだかまるで、告白の返事でも待ってるみたいな雰囲気ね。


 ……。


「……う、うん! いいよ! わかった、やってみる!」


「ほ、本当か。すまない、ありがとう」


 隠岐くんはホッと胸を撫で下ろしてから、後ろにいる私に向けて、嬉しそうに頷いた。


 悪いけど、結果を心配してたのはあなただけよ、隠岐くん。

 あなたにこんなふうに頼まれて、断れる女の子なんてそうそういないんだから。


「じ、じゃあ、どうすればいい?」


「あ、ああ。ひとまず、連絡先を教えてくれ。詳しくは、また話す」


「れ、連絡先……! う、うん……じゃあ、はい」


 そんなやり取りを最後に、私たちは木村さんに挨拶をして、美術室を後にした。

 生徒会室に戻る間、隠岐くんは達成感と疲労感の入り混じったような、微妙な表情をしていた。


「……」


 たしかに、これは私が言い出したことではある。

 目的のための最善手だったろうし、事実、うまくいった。


 ……だけど。


「隠岐くん」


「ん?」


「私とあなたと、木村さん、三人でメッセージグループ作っておいて。連絡はそこで」


「お前もか? べつに、メッセージなら俺ひとりでも問題は――」


「いいから」


「……お、おう」


 ……だけど、やっぱりちょっとだけ、気に入らないわ。


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【完結】美少女と距離を置く方法 丸深まろやか @maromi_maroyaka

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