第5話 条件
毎日は結局、いつもと同じように過ぎていった。惰性で大学に通い、アルバイトをして、家に帰る。ぼーっとしているうちに夜になって、なんとなく眠りについて、また起きて。
父親は数週間に一度、2・3日の入院を繰り返しては重い空気を家に充満させていた。母親はそんな父親の愚痴をこぼしながらも、なんとはなしに励ましていた。父親の病気はなんとか改善に向かってきているようだった。私は相も変わらず、部屋にこもっていた。
ふと思い立って、リビングを除いて、ソファに父親と母親が並んで座っているのをみた。横並びの背中は同じくらい曲がっていて、同じシーンでその背中は小刻みに揺れた。たまに互いに見合っては二言三言交わして、そしてまた各々で番組を楽しみ出す。
以前の、父が病気になる以前の母親の愚痴を思い出す。「あの人はいつも最低限のことしか言わない」と常々嘆いていた。こんなので私たちは本当に夫婦なのか、と。愚痴を聞いていた私は内心、じゃあなぜ結婚相手に父親を選んだのだと思っていた。もっと情熱的で饒舌で、母親の満足するコミュニケーションをとってくれる人はいたはずなのだ。父親が寡黙なのは今に始まったことじゃない。最初から分かっていたじゃないか。
もう一度、彼らの背中を眺めた。並んだ背中は大きさは違えど似ていた。よく考えれば当たり前なのだ。だって彼らはもう20年近くも一緒にいる。20年間も、心のどこかに相手を置きながら、毎日を繰り返してきたのだ。
「どうしたの?そんなところで立ったまま」
からかうような口調で母親がいう。
「なんでもないよ」
応えた声はいつもと同じだっただろうか。父親と顔を見合わせて「変なの」と笑っている母親の顔をみて改めて思う。
彼らは、本当に夫婦だったのだ。そして私もまた、彼らの娘で、全員で家族だといえるのだ、と。
昨日シャンプーを変えた 藤尾あや @FujioAya
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