第6話 俺の屍を連れていけ
「あああああぁぁああぁああ――!!」
大絶叫が、薄く闇が広がり始めた秋の夕方に響き渡った。
「どうしたー? 撃たれたー?」
「妻が撃たれたと思ったんなら、せめて走って来てよ!」
妻が別室で絶叫したというのに、梨帆の夫である馨は、スウェットズボンの裾をずるずると引きずりながら、のんびりとやってきた。
「俺まで撃たれちゃったら、どうしようかと思って」
「盾になる気持ちで来て!」
休日の夕方。みみっちく、けれども大胆にのんびりと家の中でゴロゴロしていた休日が、そろそろ終わろうとしている。
西日が差し込む窓際に立っていた梨帆は、握っていたカーテンを勢いよく開いた。
ぶわりと、青い花柄のカーテンが梨帆と馨を包み込むように広がる。
「――……っ!」
その瞬間、馨の表情が変わった。
「――っどこかで、バーベキューしてる……!」
秋の涼しい風に乗ってやってきたのは、バーベキューの香りだった。
「この、炭と肉の焼ける極上でいてデリシャスでいてノスタルジーでもあり最強バディの掛け替えのない匂い……私一人で死にたくなかった……」
銃に撃たれた妻を助ける気がない旦那と、故意に夫も地獄へ引きずり落とそうとする妻では、どちらがより重罪人だろうか。
ご近所さんの焼く肉の匂いは、どうしようもなく梨帆と馨の鼻と腹を刺激した。
換気のために開けていた窓を、夕方になって閉めに来ただけの梨帆の手元にはもちろん、炭も肉もない。
さもしい二人にあるのは、突如脳内に生まれた「焼き肉」という史上の概念だけ。
「……」
「……」
二人は沈黙した。
引っ切りなしに焼き肉の香る窓際で、沈黙した。
「梨帆ちゃん」
「なあに、馨君」
「今日の夕飯決めてる?」
「決まってたけど、たった今変更になった。炭火焼きの店がいい」
「賛成」
先ほどの緩慢な動きとは桁違いの機敏な動作で、馨はスウェットを着替えた。その隣で、梨帆も部屋着を脱ぎ捨てる。
今日は焼き肉。それ以外はありえない。
今日の夕飯の予定だった冷蔵庫の中の食材は、明日の自分がなんとかするだろう。
やまなし たになし 六つ花 えいこ @coppe
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