第7話 ⑦

「ここで結構です。」


見送りを断った桐谷をあたしは丁寧なお辞儀で送り出した。とっさにあたしは裏口から抜け出した。


頭痛とは異なる違和感、嘘のように冷えた体。


それらが行動を起こさせた。2台のタクシーで消えたのは、桐谷の関係者だと思われる2人のお客。桐谷本人は黒髪の娘とミニクーパーで消えた。


あたしは少し離れた場所でそれらを見ていた。


あたしの冷え切った手にはポーチしかない。ポーチには封筒と桐谷が置いて行った現金、そして2918が入っている。それらを乱雑に詰めてから3分も経っていない。頭の疼きは少しずつ広がる。あたしはタクシーを止めた。


「錦糸町へ。」


無意識に口から出た。

例のロッカーは錦糸町にあるのだから当然の事かもしれない。頭が疼く。過ぎる街の明かりを見ながら、店には戻れない気がした。


「夜は冷えますね。」


春先の枕詞の挨拶に、曖昧に返事をしたあたしは窓を開けた。怪訝そうな運転手さんの視線に何の感情も生じない。そのまま風を顔に受ける。冷たい風を受けながら数年前の事件を思い出した。


『浄水場爆破事件』はRSTTがやった。桐谷から依頼を受け、僅かな活動資金とTTKとの親分と孫子分程の協力体制をつくるためにジュリアスは吹っ飛んだ。


「つかれた。」


ふと、口から出た。


そう、あたしはとっても疲れた。

この6年間にあたしは疲れ果てた。きっとあたしは負ける。思想を失いジュリアスを失った時から、あたしはすべて失っていた。


お金を目的としたクラブの運営、名簿屋の真似事。すべてが無駄だった事を感じる。




「数十年前、学生運動や大学紛争と呼ばれる学生たちの社会運動があった。過激な運動や、社会的に評価されない活動があったのは事実だ。しかし、彼らが求めたのは混乱だろうか? いや、違う。彼らが求めたのは清潔だった。」




運転手さんの「着きましたよ。」でハッとする。


いつの間にか錦糸町駅前についていた。国道にかかる歩道橋と半端に明るい街のネオンが昔と変わらない。


あたしはタクシーを降りた。途端に窓が閉まり、タクシーが走り出す。あたしは駅を背にして国道を戻る。


― 頭が痛い。


目的のロッカーはすぐそこだ。照明の乏しいパチンコ屋さん。6年前、ここにはスマートボールがあった。珍品発見にジュリアスと驚きの声をあげた事が昨日のように思い出される。


― 今もあるのだろうか?


思ったけれど、確認はしない。あたしはそのまま進む。頭痛のせいか、薬のせいか、疲労かショックか寒さか、分んないけど頭がハッキリしない。


頭の疼きがますます広がる。


汚いビルの陰にコインランドリーが見えた。ここも変わっていない。その中に入る。中に目的のロッカーがあった。


― ああ、やっぱり同じだった。


なんとなく、予感はしていた。

封筒を破り、転がる鍵を拾う。指先が震え、頭がグラつく。高熱時の様に視界が揺れる。鍵穴に差し込み回す。鍵が回ったのかロッカーが回ったのか、自分が回ったのか分らなくなる。


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