第2話 ②
「遅れて申し訳ありません。ようこそおいでくださいました。」
あたしは、にっこり微笑んだ。
「お久しぶりでございます。桐谷様。」
「こちらこそ、お久しぶりです。」
「すみませんでした。お一人にしてしまいまして。」
「大丈夫です、こちらがお願いしたのですから。」
「申し訳ありません。」
あたしは深々とお辞儀した。
「奥の方に、テーブルを変えましょうか?」
奴との同席をアピールするのはあたしにも都合が悪い。ここは目立ちすぎる。
「いや、ここで結構です。」
『別格』の貫禄が感じられる言葉で桐谷は答えた。“内面は以前と違うようだ。”チラリと思う。
「そうですか。」
あたしも腹をくくる。チラリチラリとあたし達を探る目。その中に、対立組織の人間もいる事は間違いがない。この間に黒服君は消え、水割りのセットを手に再度、現れた。
「これでよろしかったですか。」
「はい。」
オープン以来、あたしは来店したお客様の氏名、サービス内容の記録を徹底させている。ついでに、ホステスや黒服君達にはお客様の雰囲気や好み、会話の内容までも記録させている。
こうして集められた情報はサービスの向上につながるし、営業面でも活用できる。
これはサービス業として当然の事であり、店が銀座に残れる理由でもある。しかも、この顧客リストは様々な面で役立った。ホステスたちが集めてくる話は、中にはとんでもない情報があったり、お客様の隠された素顔も確認できる事があるのだ。
ルール無用の世界では、ウチのリストを欲しがる組織は非常に多く、RSTTの重要な資金源となっている。だから止められない。止められる筈が無い。
桐谷は上着の内ポケットから封筒を取り出した。黒いスーツにはシワ一つ無い。さらに、隣にビニールの袋を置く。
「これ、初めにお渡しします。」
「なんですの?」
あたしは封筒の中を確認する。プラスチックの板にナンバーが記載された鍵が一つ見えた。
「以前と同じコインロッカーに入っています。場所は覚えていますか?」
桐谷の名前を聞いた時に既に想像はしていた。桐谷に対する記憶は忘れるはずがない。いや、忘れる事は出来ない。
あたしの体はさらに熱くなり、喉が渇きまくる。あたしは許可を得てちょび髭野郎の分も併せて水割りを2つ造った。ロックグラスに氷を落とし、ウイスキーを2センチほど注ぐ。水を注ぎ、軽く混ぜ、ちょび髭野郎に渡す。
吐き気がするほどの媚びた態度を演じ、グラスに桐谷が口をつけるのを確認してから自分用を一口飲む事にする。
少しの沈黙。頭はカッカ。それでも冷たい液体が喉を過ぎ、体を内側から冷やしてくれるのを感じる。
ふーとした意識に手にしたグラスから氷の冷たさが伝わる。そうだ、あたしのグラスには、少し多めに氷を入れておいたんだっけ。
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