純粋

メガネ4

第1話 ①

最近、頭痛持ちになった。


ペットボトルの飲み物で頭痛薬を飲む。黄色のややすっぱい飲料が気持ちよい。休憩室のテーブルには同様のペットボトルや封の開いたお菓子が散乱している。多分、スタッフのものだ。皆もこの飲料にハマっていたはずだ。


あたしの正面にはTVがあって、イケ面君とカワイ子ちゃんが「守って!」とか「あたし達の絆!」とか叫んでいる。なんだ?と見ていると、兵隊さんの募集CMだった。


こういうCMは一部地域には流れているようだけど、全国ネットでは珍しい。あたしはドラマ仕立てのCMが好きなので、つい見てしまう。“若いっていいなあ”と思っていると、「ニューハーフ・でIN・でGO」のタイトル表示。主人公に共感できるお気に入りのドラマ。あたしは欠かさず見ている。今夜も記憶を失う程夢中になった。ハッとすると、煙草の灰がごろりと膝に落ちていた。


「アチッ」ってあわてて払ったけど、黒いドレスに少しお焦げが出来てしまった。周囲に白い灰の痕が見える。あ~あ、と白くなった部分を爪で弾いたけれど、やっぱり元に戻る事は無かった。


お焦げを戻す魔法、時を戻す魔法、魔法なんてものは存在しない事は分かっているけど、治らない傷はやっぱり辛い。 


お焦げを隠す様にポーチを持ち、フロアに戻ると、あたしに指名があった。


うちの店は銀座にある。高額料金、世界各国の美人を揃えた敷居の高いクラブだ。その為、お客様はとんでもなくハイレベルの人たちに限られる。そんな中で、オーナーのあたしを指名する人は超が10個ぐらい付くエリートか、風変わりなオジサマしかいない。あたしはちょっと加算されてしまった頭痛を紛らわすつもりで、お客様の名前を訊ねた。


「はい、桐谷様と伺っております。」


その名前を聞いた途端、眉毛がキリリとなった。奇麗に眉毛の整った黒服君はそんなあたしの変化に気づかずに、キビキビと案内してくれる。軽やかに動くお尻を見ながら、6年前、隣にジュリアスがいた事を思い出した。


店内はジュリアスのいた時から変わりは無い。オレンジ色の反射光を利用し、ぼんやりと浮かび上がらせる照明、その中を、たまに青や赤い光が走る。


「レーザー光は下品な感じがするけど、興奮する。」


そんな事を言いながら、これらの光によって作り出される空間をジュリアスは気に入っていた。なぜだろう、今日は切り替えがうまくいかない。いつもより多くジュリアスの事が思い出されてしまう。


中央のボックスシートに桐谷はいた。


西瓜のような球体の頭、サイドに残った髪の毛。黒ガラスの丸眼鏡を掛け、鼻の下にちょび髭がある。時間を感じさせないほど以前と同じ姿が一瞬あたしを混乱させた。あたしに気がついたのか、軽く頷く。あたしも軽く会釈を返し、隣のスペースに腰をおろした。


薬の効き目が遅く、まだ頭痛がする。


しかし、ズキズキとした痛みが不快な感じで無くなった。むしろ、頭が冴えてちょうどいい。鼓動は早くなり、体もそれに相応しく熱い。軽く息を吸い、ピアノの曲を聴く。店内にはいつもの通りのメロディーが流れていた。

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