第3話 ③

「どのようなご依頼でしょうか………。詳しく教えて下さいますか?」


トボケるのも作法だ。

桐谷は水割りを無表情で飲む。グラスを傾け、チャップリンに似た口髭をおしぼりで拭いた。おしぼりをくるくるっと丸め、言った。


「可能な限り情報はお伝えします。当然な事です。」


感情を感じさせない桐谷の言葉。あたしも体温を感じさせないように振る舞う。


ジュリアス、あたしは上手くできている?

できていると思う?

ジュリアスがいなくなってから、あたしは独りで生きてきた。だけど、RSTTはこんな状態………。あたしはただのバーのママになってしまった。あたしの6年間はどうだったと思いますか?


桐谷は黙っている。奴にテレパシーがあるならば、あたしの心が読めただろう。殺したいほど憎んでいる心が。


「6年前はありがとうございました。良質なサンプルの入手を感謝します。その後、TTKで量産化に成功しました。海外で非常に素晴らしい評価を受けています。」


あたしはこの時、大切なものを2つ失った。


「あたし達にも仕事でしたからお礼は結構です。そんなことより、今回の事をお話しください。あの件については、あたし達は、指示どおりに行動しただけです。サンプルを奪って、チルチルミチルのライターで、浄水場をどっかーんて爆発させて………。只、それだけです。」


もう少し詳しい説明があれば、あたしが実行した。そして、ジュリアスは桐谷を殺してくれたと思う。


「そうですか、ただ、今回の依頼はこの事件が発端なのです。」


桐谷は感情無く言った。


「どうゆう事でしょう?」


あたしはさらに険しくなった寄り眉毛を感じた。


「あなた方の活動で、計画していた実験は行われませんでした。しかし、少し歯車が狂ったようです。」


丸眼鏡が光る。


「違う実験がおこなわれていました。」


爆破事件の犠牲者の中にミツルの名前があった。あの時と同じような衝撃があたしを襲う。


「この薬には多少、薬品臭がありました。山間部の良質な飲料水と比較すると“匂い”が目立ちます。あの爆破がその“匂い”を克服する実験を可能にしてしまったのです。」


「どんな?」


「給水車です。給水車からの飲料水に多少、薬品臭がしてもあまり気にしません。消毒済みの飲料水ということで、住民は納得したと報告がありました。」


「ツイてないわね。」


「そして、効果は確認されました。」


「何やっているんだか。」


あたしはつぶやいた。


「あんたたちが」


言い掛けて止めた。しかし、絶対に忘れねえぞ。


「今回は前回のつづきです。」


あたしのグラスから軽い音が聞こえた。氷の当たる音だ。目を向けると、手の中にあるグラスは、かすかに震えていた。


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