第3話ミカサ公爵家
「ルイ様、本当に私を置いて旅に出てしまわれるのですか?!」
「ごめんね、ガビ。でもこれも王族に生まれた者の務めなんだよ」
「では私も御連れ下さい」
「それは駄目だよ、ガビ。ガビがいなくなってしまったら、王都の護りが弱まってしまうよ」
「私がいなくても、家の者達が王都の護りを引き継いでくれます」
「確かにガビの家の者達はしっかりと働いてくれているけれど、ガビほどの力はないよね」
「それは、確かに、そうではございますが」
「それにね、ガビ。僕を追う魔族は必ずベルト王国の様子を見てから追いかけてくると思うんだ。その時にガビが王都に居てくれたら、僕を追いかけることなど出来ないと思うんだよ」
「確かにルイ様の狙う不逞の輩など、私が八つ裂きにしてくれますが、その為にルイ様の御側に居られないのは哀しゅうございます」
「僕も哀しいけれど、それもしばらくの事だよ。僕を追う魔族を殺し尽くすことが出来たら、エミネ王女も諦めると思うんだ」
「いっそ私が直々にエステ王国に乗り込んで、魔族共々エミネ王女を殺してしまいましょうか?」
「それは止めてくれ。今直ぐ殺してしまうと、我が国がやったと言っているようなものだからね」
「悔しゅうございます」
「僕も悔しいよ。でもね、ガビに相応しい人間になるためにも、旅に出た方がいいと思うんだよ」
「いいえルイ様。ルイ様は今でも素晴らしい方でございます」
「そう言って貰えるのはうれしいけれど、僕は王宮育ちで世間知らずだから、幼い頃から国中を巡って結界を張ってくれているガビや公爵家の人間から見れば、頼りないと思うんだ」
「そんなことはございません! その様な事を考える者は、公爵家には一人もおりません。故国で妖怪と忌み嫌われ、差別され狩られる存在だった我々を、温かく迎えて下さったばかりか、領地を与え公爵の位までくださいました。まして差別多きこの世界で、妖怪と蔑まれる我々と婚姻を結んでくださるのです。恩を感じる者はいても、不足に思うものなど一人もおりません」
「ありがとう、ガビ。でも分かって欲しいんだ。僕自身がガビに相応しい人間になりたいと、心の底から思っているんだよ」
「ルイ様がそこまで言ってくださるのなら、もうこれ以上は何も申しません。ですが私の代わりとなる護り手を御側に置いて下さいませ。どうかお願いいたします」
「ありがとう。うれしいよ。でもその為に王都の護りを手薄にはしないでおくれよ」
「承知しております」
「では僕はもう行くよ」
「御待ち下さりませ。私について来るなと言うお言葉には従わせて頂きます。しかしながら、せめて御情けを頂き等ございます」
「でもガビ。僕達は婚約しているとはいっても、まだ正式な結婚式を挙げていないんだよ。僕に万が一のことがあれば、他の人を婿に向かえないといけないんだよ」
「私の夫は生涯ルイ様だけでございます! それにルイ様に万が一のことなどありません!」
「ありがとう。ガビ」
「ああああ、ルイ様」
二人は愛を確かめ合った。
公爵家の者は、誰一人二人の邪魔をしなかった。
みな二人が結ばれることを、心から願っていた。
二人は一夜の間に繰り返し愛を確かめ合った。
翌日夜明けとともにルイが公爵家を後にすると、エミネ王女の所為でルイと別れさせられたガビは、ルイの前では見せたことのない、妖怪の激烈な怒りを面に表し荒れ狂っていた。
「一族一門全ての眷属に命じる! 王都と王国の護りを完璧に致せ。そしてルイ様にエミネ王女の汚らわしい手が指一本触れないように致せ! そしてエステ王国の眼がベルト王国からそれた瞬間に、エミネ王女と王女に加担する魔族を皆殺しに致せ!」
「「「「「はい」」」」」
ガビの一族はその容姿と力により、遠き極東の故国では妖怪として忌み嫌われ差別され、常に理不尽に狩られる立場だった。
生き残るために故国を離れ、流れ流れてベルト王国までやってきたときには、その強大な魔力と戦闘力で暗殺を生業とするようになっていた。
故国では狩られる立場であったガビの一族だったが、西方の大陸は魔力も戦闘力も故国より数段落ちるので、ガビ一族の暗殺から逃れられる者はほとんどいなかった。
そんな中で唯一ガビ一族の暗殺を防いだのがベル王家だった。
しかもベル王家はガビの一族を許し、事もあろうに騎士として身の回りの護りを任せてくれたのだ。
その厚遇に感激したガビの一族は、身命を投げ打って忠誠をつくし、ベル王家もその忠誠に報いたことで、ガビの一族はミカサ公爵家となりえたのだ。
そんなミカサ公爵家の眷属にとって、ルイ王子を殺そうとするエミネ王女も魔族も決して許せる存在ではないのだ。
普段は完全な人間の姿をしているミカサ公爵家の眷属は、魔力を開放することで狐の耳や尻尾が出た姿となり、魔族すら圧倒する妖力を使って、ベルト王国に入り込むエステ王国の手先を皆殺しにすべく、公爵家から出ていくのであった。
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