第2話

 


 女が作った田舎料理をごちそうになりながら、田舎しか知らないという女の、やたら詳しい山菜の話やら、都会しか知らない男の、冗談を交えた旅の話で盛り上がった。女はうふっと笑う度に、口から八重歯を覗かせていた。


 食後、風呂を借りると、旅の垢を落とした。ついでに、泊まっていくように勧められた男は、厚遇を受けて感激した。満腹感と一風呂浴びた心地よさで、やがて、男は深い眠りに入った。





 どのぐらい眠っただろうか、


「タスケテ……」 


 と、女の声が聞こえた。


 幻聴か夢かと思いながら男は目を覚ますと、また、


「タスケテ……」


 と、女の声がした。


 男は急いで起きると、声がした家の裏に行った。すると、


「助けて~」


 と、今度はハッキリと聞こえた。





 それは、満月の明かりに照らされた柿の木の枝葉が影を織り成す、井戸からだった。男はギョッとしたが、


 もしかして、井戸の中に女が落ちたのか?


 とも思い、恐る恐る井戸に歩み寄った。


「助けてーッ!」


 女の声は悲鳴に変わっていた。男は意を決して井戸を覗いた。瞬間、





 びっしょりと濡れた白い手が、井戸の中からニュッと出てきて、男の腕を掴んだ。


「う゛えーっ!」


 腕を引っ張られた男は、井戸の中に、


 ドッボーン!


 泳げねぇ男は、溺れそうになりながらも懸命にもがき、水面に顔を出した。パッと見開くと、目の前にあったのは、井戸の中に差し込む月光に浮かんだ、





 白髪を乱した老婆の、不気味な笑い顔だった。


「ふふふ……」


「ギャーッ!」


 そして、血を塗ったようにどす黒い口を開いたそこにあったのは、月明かりにキラッと光った、八重歯だった。


「……チガホシ~イ。ふふふ……」


「ギャーッ!」


 ガブッ!





 女の吸血鬼ってぇのも珍しいが、ま、若い男の生血エキスで若返りを図ってたんでしょうなぁ。


 ふむ……。ってぇことで、おしまいでい。この後どうなったかは想像に任せら。


 なぬ? 吸血鬼と井戸にどんな関連性があるんでぃだと?


 特にねぇさ。ま、あるとしたら、棺桶かんおけの代わりに井戸を利用してたってことぐれぇか。


 肝心なのは、吸血鬼登場に欠かせない満月と、表札の〈知名石〉だ。


 知名石(ちないし)=血無いし。つまり、“血が無いので、欲しいのよ~”ってこった。


 文中に満月と表札のくだりがあったじゃねぇか。キャー、怖い。


 皆さま方も、満月の夜と、表札にある名前の読みには、十分お気をつけなすっておくんなせい。





 うおお~~~!

 (狼の遠吠え)






語り:秋風亭流暢しゅうふうていりゅうちょう(架空の落語家)

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 井 (いど) 紫 李鳥 @shiritori

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