第5話 リビドー
「朝だよ〜、ご飯出来てまちゅよ〜!」
アリスの元気な声で、再び目覚めたのは、やはり朝の七時だった。
今日の朝食は、和食で、納豆やアジの開きまで用意されていた。
「わぁ、朝から豪勢だね。うん、美味しいよ。」
「わぁい、喜んでくれてうれしい!」
また、アリスは、朝食を先に済ませたといって僕の食事をしている姿をニコニコしながら眺めている。
「ねぇ、今夜は一緒にご飯食べようよ。いつも食事は僕だけで、アリスは見ているだけって言うのもなんだか味気ないからさ。」
「え?うん、そうだね。じゃあ、なに食べたい?」
そう聞いたアリスは、心なしか元気がないように思えた。
「うん、じゃあ、イタリアンがいいかな。」
「うん、イタリアンね。わかった。用意しておくね。」
「うん、一緒に食べようね。」
「うん、一緒にね。じゃあ、支度して。遅刻しちゃうぞ。」
そう言われて、時計を見ると八時近くになっていた。
急いで身支度を整えて部屋を出た。
「いってらっしゃい。」
そう言ってアリスは、またほっぺにキスをしてくれたが、送り出す顔はどことなくいつもの元気なアリスの顔ではなかった。
外へ出ると天気は少し曇っていた。
会社への道のり、アリスの沈んだ顔が思い出された。
同時に、夕べの出来事も頭をよぎった。
僕は本当にアリスとしたんだろうか?
そんなことを考えていると、いきなり背中を誰かに叩かれた。
驚いて振り返ると、そこには笑顔の木村真由美が立っていた。
「おはようございます。安藤さん!」
「あ、おはよう。どうしてここに?」
ここは、駅からは反対の方向なので、電車で来る真由美は、駅から直接オフィスのあるビルに向うはずなのだが。
「ちょっと早めに来て銀行に寄ったんです。明日お休みでちょっと出かけるので資金調達しにきたんです。」
なるほど、確かに僕の通り道に銀行があるので、そこに寄ったから、ここにいたのだと理解できた。
「安藤さん、いつもこの道を徒歩で通勤ですよね?うらやましいな。」
一緒に肩を並べながら歩き出した真由美が言った。
「まぁね。もう、通勤で何時間も電車に揺られるのは、嫌だったからね。通勤は徒歩圏でって思ってね。」
「ですよねー。私は三十分くらいだから我慢できますけど、男の人は転勤して、通勤圏なら二時間くらい電車で通いますしね。ほら、あのセクハラ課長だって郊外に家建てたもんだから、通勤は、二時間くらいかかるらしいですよ。そのストレスでセクハラしてるのかもしれませんよねー。」
通勤のストレスでセクハラか。ちょっと笑えた。
「じゃあ、痴漢とかも、してるかもね。」
「きゃはは、ありえるぅ〜。あの課長なら可能性大ですよね〜。」
そう言って真由美は、ケラケラと笑い出した。
明るい彼女の笑い顔が可愛いらしかった。
おしゃべりをしているうちに、オフィスのあるビルに着いて、一緒にエレベータに乗って、ドアを閉めようとしたときに、うわさをしていた課長が乗り込んできた。
「お!おはよう。おそろいか?まさか一緒の場所からご通勤じゃないだろうな?」
朝からの毒舌に、二人して顔を見合わせた。
さすがに課長も、言い過ぎたと思ったのか、咳払いを一つして黙り込んでしまった。
後ろに立っていた二人で、再び顔を見合わせ、お互い朝、話をしていたことを思い出し、吹き出しそうになるのをこらえながら、エレベータが着くのを待った。
席に着くと、昨日の企画書が、課長から返ってきていて、いくつか赤が入れられていたが
早速、その企画の続きに取り掛かった。
昼休みも仕事をしていて、食事に出かけようと思った時には一時を回っていた。
食事に出ようと支度していると真由美が声を掛けてきた。
「安藤さん、今からお昼ですか?私も今日はお昼当番で、今からなんですけど、ご一緒しません?」
「え?いいけど、他の女子は?」
「あ、恵子さんは、なんか買い物があるからって、芳江さんはダイエット中とかで、私一人なんです。だめですか?」
そう言うと、真由美は少し沈んだような顔をした。
その顔が、妙に愛らしかったのでついOKしてしまった。
「ありがとうございます!じゃあ、支度してきます。ちょっとだけ待っててください。」
そういうと自席に戻ってバッグを取りにいった。
その姿を追っていると、同僚の恵子や芳江がガッツポーズを取っているのが見えた。
まんまと策にはまったらしい。
「安藤さん、何食べます?あ!そうだ近所にイタリアンの美味しいとこ見つけたんです。えっと・・・まだランチやってますよ。行ってみません?」
「イタリアン?あぁ、いいよ。」
「そうですか!じゃあ、いきましょう!」
嬉しそうに道案内する真由美だったが、内心こちらは今夜の食事がイタリアンなのを思い出してちょっと困った。
店に着くと、昼時を少し過ぎていたのですぐに席に案内された。
「よかったぁ、いつもなら、お昼は結構人気でなかなかは入れなかったんですよ。」
「そうなんだ。そんなに評判な店なんだね。」
「えぇ、そうみたいです。だから行ってみたかったんです。安藤さんと来れたのはラッキーでした。」
『安藤さんとこれたのは?』
その言葉がまた意味深だった。
注文を済ますと、真由美が急に
「安藤さん?あのぅ、ちょっと言いづらいことかもしれないんで、嫌だったら答えなくてもいいですから・・・。」
「ん?なんだい?」
「えっと・・・安藤さん、離婚されてもう、五年くらいになるんですよね?」
いきなりの質問で、ちょっと驚いたが、平静を装って答えた。
「あ、うん。そうだね。丸五年を過ぎたかな。」
「・・・もう、結婚する気ないですか?」
「え?結婚?ん〜、どうかな。する気がないわけじゃないけど。もう、四十も過ぎちゃったし、バツイチだしね。なかなかそういうチャンスはないからね。」
「じゃあ、チャンスがあれば結婚も考えるってことですか?」
「え?うん、そりゃいいコがいればね。でも、残念ながらそういう出会いは今のところないから。」
そういいながら、頭にはアリスの顔が浮かんでいた。
「じゃあ、出会いがあれば結婚も考えるんですよね?」
「うん。まぁ、出会いがあればね。」
「よかったぁ・・・。」
「え?」
「あ、なんでもないです。で、今のところ、そういう出会いはないんですよね?」
「ん?言った通りさ。なかなか働いていると行動範囲が狭しね。それに俺は別に他に趣味があるわけでもないから、交友関係も広くないし・・・なかなか、出会いはないね。」
「そうですか・・・あと、年齢差とか気にします?」
「え?年齢差?」
「はい、安藤さんは40歳でしょ。結婚するなら同じくらいの年の人がいいとか、もっと若いコでもいいとか。」
「ん〜別に年は関係ないかな。むしろ若いコなら光栄だよ。そういうコが俺に惚れてくれるとは思えないけど。」
そう言いながら、再びアリスの顔を思い浮かべた。
「ほんとですか?!じゃあ、年齢は関係ないってことですか?」
「あぁ、関係ないかな。一番はお互いの気持ちが合うことかな。」
「ですよね。やっぱり恋愛も結婚も気持ちが大事ですよね。」
「そうそう、一緒にいてホッとできる相手なら、年齢とか容姿とかは関係ないね。好きならそれでいいんじゃないかな。」
「容姿もですか?ちなみに安藤さんはどんなタイプの女性が好みですか?」
「タイプねぇ、まぁこの年だから何人かお付き合いさせてもらったけど、これっていう決まったタイプはないかな。やっぱり気持ちが優先で、惚れた女性が好みのタイプってことが多いね。」
「惚れた人がタイプ・・・ですか?つまり、好きになった人がタイプになるってことですか?」
「そうそう、容姿でこういうのがいいっていうんじゃなくて、その時、好きになった人がタイプになるって言うのかな。」
「強いていうなら、見た目はどういう感じが好きですか?美人タイプ?それともかわいいタイプ?」
「ん〜美人よりは、かわいいタイプが好きかな。なんかこう包みたくなるような感じがあるコがいいな。」
「包みたくなるような・・・それって小さいコがいいってことですか?」
「そうね。自分よりは小さいコがいいかな。」
「じゃあ、私みたいに背が低くてもいいですか?」
「あーそれは全然いいよ。むしろ背は低いコの方が好きだな。」
「ほんとですか?!」
そう言った真由美の顔がパッと明るくなった。
僕も鈍感ではないから、真由美が僕に好意を持ってくれて、根掘り葉掘り聞いてくれているのを理解していた。
「あのぅ、こんなお昼に何なんですが、私・・・。」
「お待たせいたしました。ボロネーゼはどちらですか?」
店員の声が真由美の声を遮さえぎった。
「あ、こっちね。」
そう言って、応えて真由美を見ると、明らかに店員に対して不満気な顔を向けていた。
「わぁ、うまそうだな。やっぱり人気の店なんだね。」
「そうですか?別に普通な感じです。」
ちょっと拗ねた感じで、応えた真由美の態度が妙におかしかったが、平静を装って食事を始めた。
その後は、タイミングを逸したのか、会社の話やまた、セクハラ課長の話で終始した。
オフィスへ帰る途中、真由美が言い出した。
「安藤さん、今度は夜誘ってもいいですか?」
「え?あぁ、仕事が片付いていたらね。」
「ほんとに?じゃあ、私も手伝いますから。」
「あぁ、ありがとう。なんか君といると元気出るね。」
「ほんとですかぁ!うれしい!今度絶対誘いますから、店も探しておきますから!」
はしゃいでいる真由美の姿が可愛らしかったが、その姿を見ながらも僕の心にはアリスが浮かんでいた。
仕事を終えて、また『有巣倶楽部』へ向った。
いつものように、老人に案内されて部屋に戻ると、三つ指を突いたアリスがお出迎えをしてくれた。
「お帰りなさいませ。」
アリスのいつもの笑顔に癒されている自分を感じた。
しかし、今日の食事はイタリアンだったため、昼のパスタが少々効いていて、いつもほど食が進まなかった。
「どうしたの?俊ちゃん具合悪い?」
「ん?そんなことないよ。ただ、ちょっと食欲がないだけだよ。」
そう言いながらも、昼にパスタを食べたことを言えず、アリスに済まない気持ちになった。
「そうなんだ。なんか薬とか飲む?」
「いや、大丈夫だよ。食事は美味しいんだけど、少しだけ胃がもたれていてね。それより、今日は一緒に食事するって言ったけどアリス全然食べないね。」
「・・・ごめんなさい。実は、待っていて、あまりおなかがすいちゃったんで先に食べちゃった。」
「そうなんだ?ごめんね。仕事が遅くなっちゃったからね。明日はもう少し早く帰るから、今度は一緒に食べようね。」
「うん。今度は我慢するね。」
そう言いながら、すまなそうな顔をしているアリスが愛おしかった。
本当は食欲があまりなかったが、無理をして食事を胃の中に押し込んだ。
「わぁ、結局全部食べてくれたんだ。嬉しい!ありがとう俊ちゃん。」
「いや、無理したわけじゃないよ。食べてるうちに美味しくて食欲が出てきたから食べただけだよ。」
「優しいね。俊ちゃんって。だから大好き!」
そう言ってまた抱きついてきたアリスを、受け止めるとふんわりとやわらかな香りが鼻腔をくすぐり、その刺激がまた下半身まで届いた。
「アリス・・・。」
ぎゅっと抱きしめてそのまま唇を奪おうとしたが、アリスは抱きついたまま顔を僕の胸にうずめて動かなかった。
しばらくしてアリスは、パッと起き上がるとお風呂の支度をしてくると言って、廊下を駆けていってしまった。
どうしてアリスはハグ以外の行為を拒むのか。
やはり恥ずかしいのか、それとも本当は俺のことなど好きなわけではなく、仕事だから仕方なく相手をしているのか。
よく、キャバ嬢が客のご機嫌を取るために、思わせぶりな行為をして、でも、結局は何もさせてもらえず、
金だけ巻き上げられたという話を聞くが、実はここもそういうものなのか。
しかし、金の請求は一切ないし、むしろ服も貸してくれたり、食事も出してくれたり、至れり尽くせりしてくれる。
しかも泊りまでできる。
感覚は、はっきりしていないが性行為もさせてもらえた。
やっぱり僕の思い過ごしだろう。
アリスは、ただ明るいと恥ずかしいというだけなのかもしれない。
「お風呂用意できたよ〜。」
アリスの明るい声が奥から響いてきた。
「はーい!」
僕も子どもに還ったように応えた。
いつものように風呂に入ると程なくアリスが入ってきた。
今日はなんとビキニだ。
それもいわゆるヒモビキニで少しゆるい感じもして、隙間から大事な部分が見えそうだったので余計に興奮してしまった。
しかし、アリスはそんな気持ちを知ってか知らずか、いつものように身体を洗ってくれて一緒に湯船に入ってその後は先に上がってしまった。
僕の分身は、明らかに脈を打つくらいに反りあがっていたのに、その現象には目もくれなかった。
普通のイマドキのコなら性知識も豊富だし、小中学生でも援交をするくらいだからアリスだって、それがどういう意味かぐらいは知っているはずだし、興味があるはずだ。
なのに身体は摺り寄せてきても、それ以上の行為は決してさせない。
明らかに変だ。
夕べも本当は何もしていないんじゃないか?
僕はそういう疑いを持ち始めた。
風呂から上がって一休みして寝支度を整えて、またベッドに入っているとアリスが寝室に入ってきた。
今日は、可愛らしいネグリジェを着てきた。
ふわりとしたネグリジェの裾からはスラリとした真っ白なアリスの足が見えている。
再び興奮を覚えた僕は、今日こそアリスと実感を伴って一つになりたい、と思い期待を膨らませた。
布団に入り込んできたアリスは、今日もあかりを消すように懇願してきたが、僕はそれを拒んだ。
「恥ずかしいよう。やっぱ、あかりは消して。」
再び哀願してきたアリスだったが、今日はアリスの姿を見ながらしたいと思ったので再び拒んだ。
するとアリスは泣き出した。
「何も泣くことはないじゃないか。本当に好きだからアリスを見たいんだよ。」
「うん、わかってる。でもね。わたしやっぱり子どもだから、恥ずかしくて、見られてると思うと、それだけで体がいうことを利かなくなるの。」
「体がいうことをきかない?」
「うん、つまり・・・俊ちゃんのを受け入れられなくなるっていうか。」
「濡れないってこと?」
「そう・・・。」
そう言って、アリスは僕の胸に顔を埋めて恥ずかしがった。
「大丈夫だよ。ゆっくりするから、アリスにも感じて欲しいから。」
「でもね。だめなの。やっぱりできないの。だから、あかりだけは消してほしいの。」
これほど頑固に頼まれると、僕も嫌われたくはないので、さすがに折れないわけにはいかなかった。
「わかった。じゃあ、消すよ。」
そう言って、部屋を真っ暗にした。
「目をつぶって。」
「大丈夫、つぶらなくても暗いから何も見えないよ。」
「最初だけ、ね、お願い。」
「わかったよ。」
そういって、目をつぶると一瞬で昨日と同じ感覚が身体を襲ってきた。
宙に浮いているような、それでいて奈落の底に突き落とされているような感覚が、全身を包んで、あっという間に果ててしまった。
そして、気がついて傍らを見ると、また、アリスがスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。
それを確認したかしないかのうちに、僕も強烈な
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