空っぽ少年はついて来る
道野クローバー
空っぽ少年はついて来る
「はぁ……はぁ……!! ハァハァ三兄弟……!!」
自転車を爆速で走らせている俺、
いつもなら遅刻しそうな日は当然のようにサボるのだが……今日はそうはいかない。これを逃せば単位を落とすのは確実だったので、絶対に遅れる訳にはいかなかったのだ。
俺はスピードを出しながら、いつも通い慣れている狭い通学路を駆け抜ける。
そして目の前に現れた「クローバー公園」に自転車に乗ったまま突っ込んだ。
この公園は大学へのショートカットとしていつも使わせてもらっているのだ。
本来は自転車に乗ったまま侵入するのは禁止されているらしいが……非常事態だ。止むを得まい。
俺は保護柵をうまく避けて、公園に侵入した。
早朝であるため、人は非常に少ない。なので他の人など気にせず思いっきりぶっ飛ばして、ペダルを漕ぐ。漕ぐ。
……そして公園の出口まであと少しという所で。
──ベンチの上で体育座りをして、顔をうずくめている少年の姿が目に入った。
早く大学に向かわないと……とは思ったが、その異様な光景に俺はペダルを漕ぐ足を止めてブレーキをかけてしまった。
少年はその大きなブレーキ音で気がついたのか、顔を上げで俺をじーっと見つめてくる。
たまらず俺は息を上げながら声を掛けるのだった。
「はぁ……おい、少年! 大丈夫か?」
「……」
反応は無い。だが、少年のブラウンの瞳が少し鋭くなった気がした。
少し気味が悪くなった俺は、この場をすぐに去ろうとした……が、俺がペダルに足を置いたのと同時に、少年が口を開いた。
「ボクは……空っぽなんだ」
「はぁ?」
「ボクには何も無い。全てを失われた真っ白な状態……」
「ん? お、おお! そうなのか! じゃあな!」
直感的にヤバいと思った俺は、すぐさまペダルを漕ぐ……が、保護柵に阻まれて、素早く公園を抜け出すことができなかった。
その隙に少年は、ベンチから降りて俺に近づき、俺のシャツを引っ張り出した。
「うわぁ! な、なんだ……? 離して欲しいん……だけど?」
「待て……オマエと話がしたい」
「いや俺大学行かなきゃいけないんだけど! 単位落としたら大変なの! わかる!?」
「……来年がある」
「馬鹿言うんじゃねぇ!!」
何言ってんだこのガキは! なんも知らんガキよりも単位の方が何億倍も大事だわ!!
流石にイラッときた俺は、無理やりその少年の手を振り払って、公園を抜け出し大学へと向かって行った。
────
「はぁ……疲れた……」
無事に講義に間に合い、一限を終えた俺は相当疲れが溜まっていた。
チャリンコを飛ばしたことや、真面目に講義を受けたのも疲れた理由のひとつだが……
「あいつ……何だったんだ」
朝遭遇した、謎の少年のせいだろう。
俺は講義中ずっとあいつのことを考えていた。
気味は悪いが……とても気になる。俺はほぼ毎日公園を通るが、あんな奴初めて見た。
うーん……もしかして家出でもしたのだろうか。なら俺は警察にでも通報しておくべきだったのではないか……?
そんなことを思いながら俺は食堂へ足を進める。朝食も取っていなかったため、俺は腹が減っていたからだ。
食堂へ着くと大きな食券機が目に入る。俺は慣れた手つきで財布を開き、小銭を投入して『肉うどん』と書かれたボタンを親指でポチッと押した。
俺は蕎麦派なのだが……何となく今日はうどんが食べたくなったのだ。
ウィーンと出てきた食券を手に取り、オバチャンに渡してうどんと交換してもらう。
そしてどこに座ろうかと、トレイの上にうどんを乗せたままウロウロしていると……
「こっちです!お兄さん!」
どこからともなく声が聞こえてきた。反射的に俺は振り向く。
そこには。
「隣、空いてるよ!」
「……げぇ」
朝、俺が出会った少年が座っていた。
「なんでお前ここに……」
「え? あの公園の近くにある大学なんて、ここしかないじゃないですか!」
少年は、朝出会った時とは対照的に、年相応の無邪気な笑顔でそう言った。
「いやいや……待て。待て待て。どうやって入って来た? それになんで食堂に来ると分かった?」
「そんなのいーから、早く隣座ってください。うどん、伸びちゃいますよ?」
「ああ……」
俺はすぐに質問に答えて欲しかったが、うどんが伸びるのも嫌だったので、少年に従い隣に座ることにした。
「いただきまーす」
「お、ちゃんと手を合わせて言うんですね。ボク、感激しましたよ!」
「……バカにしてんのか」
俺は少年を睨む。が変わらずヘラヘラしながら少年は俺を見つめ返してくる。
しかしこのおちょくり具合……まるで朝会った時とは別人みたいだ。でも服装も変わってないし……
「ねぇお兄さん! うどん食べないの?」
少年の声でハッと我に返る。いかんいかん。考えすぎるのは良くないな。俺の悪い癖だ。
「ああ、食べるって」
そう言って俺はうどんをすする。ズルズル。
うむ、実に美味だ。もう一口すする前に俺は少年に尋ねた。
「で少年。早くさっきの質問に答えろよ」
「いいですよ。でもそれを教えて欲しければ……!」
「んだよ」
「ボクに食べ物を恵んでください!」
少年は俺に両手を合わせてお願いしてきた。
はぁ。やっぱりコイツ家出少年か……
これ以上面倒なことに巻き込まれたくない俺は、飯を食わせた後、すぐに交番にでも連れていこうと考えた。
「ああ……んじゃこれやるよ」
僕は財布から500円玉を取り出して、少年の手のひらに置いて、握らせた。
「これで好きなの買ってこい」
俺がそう言うと、少年はオーバーにはしゃいで、喜ぶのだった。
「わぉー! お兄さんありがとー!」
また、無邪気な笑顔を俺に振りまく。
……まぁ悪い気はしない。
俺は食券の場所を教えて、再びうどんに手を付けるのだった。
「ふぅ……良いことした後の飯は美味いな」
────
数分後に少年は俺の所へと戻って来た。……アジフライ定食を持って。
「お前……変な子供らしくないチョイスするんだな」
「あはは……上の方のボタンに手が届かなくて……」
少年はポリポリ頭をかく。
「んだよ、言ってくりゃ押してやったのに」
「あ、別にいいんです。アジフライ、嫌いじゃないので」
「好きでもねぇんだろ?」
「いや! 好きですよ!」
「あ、そう……」
俺はうどんを食い終わったので、スマホをいじりながらバレないようにチラチラ少年を見て観察していた。
俺には妹も弟も小さな親戚もいない。
だから、こんな小学生くらいの少年が目の前で飯を食ってるのを見るのは、何だか不思議な感じがしたのだ。
長い箸を器用に扱う……かと思ったら、すっぽ抜けて床に落としたり、両手でコップを掴んで水を飲んだりしている動作を見ているのは何だか面白かった。
そんなパクパク食べている少年に俺は話し掛ける。
「お前さ、名前なんて言うんだ?」
そう言うと少年は食べている手を止めて、鳩が豆鉄砲を食った様な顔をしてこっちを向いてきた。
「名前……ですか?」
「ああ、名前だよ。まさか分からないとか言うんじゃないよな」
少年は「まさかー!」と言ってアジフライをひと口かじった後、こう言った。
「ボクの名前は
「令和……苅?」
随分変な名前だ。しかも名字が令和って……
偽名か?
「おいそれほんとに本名か?」
「やだなー本名ですよ」
苅はケラケラ笑って、ご飯を口に頬張る。
「まぁいいや。で、それでどうやってここに来た?」
「普通に入れたよ?」
「警備員とかいただろうが」
「ああ。お兄ちゃんがガッコーにいる! って言ったら普通に通してくれましたよ」
おい警備員……! 平日のこの時間に子供がいたら止めろよ……! 怪しいだろ……!
「……それで。何で俺が食堂に来ると分かったんだ?」
「それはですねー、お兄さん。朝とても急いでたじゃないですか。だから朝ごはん抜いてると思ったから、お腹減ってると思ったんです」
「へぇ」
確かに言われた通り、今日の俺は朝食を取る時間なんてなかった。だけど。
「でも俺が食堂に来ない可能性だってあったわけだろ」
「それは……ここに来るのに賭けたんですよ」
「へぇ。来なかったらどうしてたんだ?」
「んー帰ってたでしょうね」
「ふぅん」
まったく変な奴だ。
そして俺は苅の皿を見る。どうやら全て食べ終わったみたいで、皿の上にはフライのカスしか載っていなかった。
「よし、食ったな。返す場所教えてやるから着いてこい」
「うん!」
俺は食器返却口へと連れていった。
──
食堂を出て、俺は言う。
「それじゃあ苅。今から交番に行くぞ」
「えっ……」
そう言うと苅はピタリ足を止めた。
「……いやだ」
「んだよ、急にわがままなガキに戻りやがって。いいから行くぞ、俺だって時間がないんだ」
俺は苅を無理やり引きずる……が、必死に引っ張り返してくる。
「おい苅。俺だってお前ともっと遊びたいけどさ、そうはいかないんだ。分かるか?」
「わかんない!」
「だから! 俺がお前を連れ回しすぎると誘拐罪に問われ……」
「交番に連れて行くなら泣き叫ぶもん!!」
「んなっ……!!」
こ、コイツ!! 子供しか使えない最強チート技を……!
ここは食堂前の廊下。まだ昼前だが、人通りは少なくない。こんな場所で泣き叫ばれたら……
……うっ。考えるだけで胃が痛くなる。
「わ、分かったから。連れてかないから」
俺がそう言うと
「ありがとうございます! 分かってもらえると思ってましたよ!」
キラキラの笑顔を見せてくるのだった。ほんまコイツ……
そして苅は「あ、そうだ!」と言い、ポケットから1枚の透明なカードを取り出して手に持ち、俺にそのカードを向けてきた。
「あ? 何してんだよ?」
「コレは幸せカードです。このカードを向けられた人は幸せゲージが溜まって……最高まで溜まったらとってもいいことが起こるんですよ!」
「なんだそりゃ」
子供内で流行ってるおもちゃみたいな物か?
まぁ幸せにしてくれるんならして欲しいもんだがな。
苅がカードを向けながら言う。
「それじゃあお兄さん。家に帰りましょうか」
「は? いや俺この後サークルが……」
「泣きますよ?」
「くっ……」
──
それで結局家まで連れて来てしまった……ねぇ俺捕まったりしないよね? 苅に脅されてたって言えば大丈夫だよね?
そんなことを心配している俺とは反対に、ウキウキしながら部屋を眺めている苅は言う。
「ここが家ですか。ゲーム機にフィギュアがたくさん……お兄さんってオタクなんですね!」
「うるせぇ」
それで苅はまた、透明なカードを俺に向けながら俺に質問をしてきた。
「ところでお兄さんの名前を聞いてませんでしたね。名前教えてくださいよ!」
「ん……空野翔だ」
「へぇー! 名前は陽キャっぽいんですね!」
「はっ倒すぞ貴様」
苅はあははーと笑って、また俺に質問してくる。
「じゃあ翔さん、好きな食べ物何ですか?」
「そうだな……ポテトチップスかな」
「へぇー! じゃあ趣味は?」
「アニメとゲーム」
「なら家族構成は?」
「父と母と姉」
「インターネットで有名?」
「違う……っていうかいつまで続けんだよこれ」
つーかどうしてこんなクソどうでもいい質問をしてくるんだ? ランプの魔人か貴様。
「いいじゃないですかー。翔さんに興味を持ってるんですよ?」
「興味……?」
こんな冴えない大学生の俺に興味を持つなんて相当変わった奴だ。
でも確かに興味は持ってくれてるらしく、俺が答える度「おおー!」や「へぇー!」など大きくリアクションを取ってくる。
まぁわざとらしいと言えばそこまでなのだが、正直悪い気はしない。
「それじゃあ次は……YouTuber?」
「んなわけねーだろ」
結局、日が落ちるまで苅の質問を答え続けたのだった。
──
夜。俺はビニール袋に入ったままのカップラーメンを2つ取り出して、机に並べた。
「今日の晩飯はラーメンでいいか?」
「うん、いいよ!」
「じゃあシーフードとトムヤムクンどっちがいい?」
「トムヤムクン!」
「え、マジで?」
絶対シーフード選ぶと思ってたよ。
で、俺はお湯を沸かしてラーメンに注ぐ。
ラーメンが出来上がるまで待っている間、苅を観察してみる……
すると苅は俺の持っている家庭用ゲーム機を恋しそうに眺めていた。
「おい苅、それやりたいのか?」
「いいの?」
「ああ」
俺はニャンテンドースニャッチの電源ボタンを押し、スニャッスブラザーズを起動させる。
当然言わなくても分かるだろうが、スニャブラは大人気対戦アクションゲームのことである。
「やり方は……分かるよな」
「うん」
「よろしい」
俺は大ニャン闘! を押してキャラ選択画面に移る。
俺は最強キャラ候補の1人と言われている『ニャーカー』を選択。苅は丸くて可愛いキャラの『ニャービー』を選択した。
ぶっちゃけこちらが圧倒的有利なカードだ。
ククク……いくら子供とはいえ、勝負は勝負。本気でボコしてやる……!!
……二分後。
「だぁ負けたァ!!!? はぁ!!??」
全く手が出なかった。恐ろしい程に。正確に言えば3タテされた。
友達内ではブイブイ言わせている俺が、こんな少年にボロ負けしたのはショック……いや屈辱的であった。
「く……くそぉ!! おい!! もう一度だ!!」
「それはいいんですけど……ラーメンもう出来てません?」
「うるさい! 知らん!」
「はぁ……分かりましたよ」
結局日が昇るまで俺たちの戦いは続いた。
──
ほっぺたを叩かれて、俺は目を覚ました。
「ん、んん……なんだ……?」
「翔さん! 起きてください! もう8時半です!」
それを聞いて俺の頭は急に目を覚ます。
「何っ!? 早く学校行かないと!!」
今日も大切な講義が一限からある。だから急いで向かわなくては……!
俺は素早く着替えて、雑に投げ捨てられていたリュックを手に取り、出て行こうとする。……が。
「待ってください翔さん! 」
苅の声で呼び止められる。
「何だ!」
「自転車のカギを忘れてます! 後、午後から雨らしいのでレインコートを持って行くのをオススメしますよ!」
「お、おお! サンキューな!」
コイツ有能か……!?
俺はカギとレインコートを手に取って、今度こそ出て行こうとする。
すると苅が玄関まで迎えに来てくれて、カードを向けながら言った。
「行ってらっしゃい、翔さん!」
「……行ってきます」
──
雨の降る帰り道。ゆっくりと自転車を漕ぎながら俺は考えていた。もちろん苅のことをだ。
朝、急いでいたから何も考えてなかったけど……俺、あいつを普通に留守番させたよな。そんなことをして良かったのだろうか。
いや絶対駄目だろ。
それに結局交番に連れてってないし……苅は反抗するだろうけど……なら家に警察を呼べば……いや。もしかしたら俺捕まるかもしれないし……ああ。どうすりゃいいんだ……!
そんなことを思っている内に家に着いた。急いでガチャっと扉を開ける。
「ただいま……ぁ!?」
家に入った瞬間、俺はとても驚いてしまった。なぜなら……雑多に置かれた段ボールが綺麗に片付けられていて、ホコリが落ちていた床もピッカピカに変化していたからだ。
「あ、おかえり! 翔さん!」
そして苅が笑顔で俺を出迎えてくれる。
「おい苅! お前が掃除してくれたのか!?」
「うん、暇だったから……駄目でしたか?」
「駄目じゃない!! 駄目じゃないよ!?」
なんて有能なんだこいつは!
「いやほんと助かる……俺掃除が出来ない人だからさ」
「いいんですよ。ボクを住まわしてくれてるんだから、この位は手伝わないと!」
「そ、そうか」
別に住まわしてやるとは一言も言ってないのだが……まぁいいや。
「それで苅。今日の飯は何がいいか? 食いたいもんあったらコンビニで買ってきてやるよ」
「あ、ならボクが買ってきますよ」
「え……いいのか?」
「はい! 手伝えることなら何だってしますよ?」
は? 最高か?
……もしかして俺はとんでもなく有能なガキを拾ってきたのではないのか?
──
あれから俺は苅に頼りっぱなしになってしまった。
掃除や洗濯はもちろん、買い出しに料理……しまいにはレポートの手伝いまでしてくれた。
何で大学生の内容が分かるのか不思議ではあったが、俺にとっては些細なことであったため、詳しくは聞かなかった。
とにかく時間が出来たので、俺の生活はヒジョーに充実したのだった。
最初は多少の罪悪感もあったが、今では全く無くなってしまっていた。だって喜んで手伝ってくれるもの。
無論、苅を交番に連れていこうなどという考えはすっかり忘れてしまっていた。
──そんなある日。俺は苅にこんなことを聞いてみた。
「なぁ、苅。お前って恋愛相談とかいける?」
「いけますよ」
「マジで! あのさ、俺サークルの先輩狙ってるんだけどさ! どうしたらいいかな!」
俺はウキウキで苅に話し掛ける。苅はいつも的確なアドバイスをくれるから、今回も聞こうとしたのだが……
苅はカードをチラチラと眺めてながらこう言った。
「ああー。確か冷蔵庫の奥にボクが買ってきたミネラルウォーターあったじゃないですか」
「ん? ああ、あるけどそれがどうした?」
「それを持って、大学の向こうにある河川敷に向かってください。そして着いたらその水を一気飲みしてください」
「え? どうしてだ? 全く関係なくないか?」
よく分からない案を出された俺は戸惑ってしまう。が、苅は強気に返してくる。
「いいから従ってください。ボクが間違えたアドバイスしたことあります?」
「いや、ないけど……でも……」
「大丈夫ですって。ボクを信じてくれたらきっと先輩と上手くいきますよ」
「そうか……なら信じるよ」
そうだよな。苅を疑うなんてどうかしてるぜ俺。苅のことだからきっと何か考えがあるはずなんだ。
そう思った俺は言われた通り水をリュックに入れ、自転車のカギを準備するのだった。
「じゃあ行ってくる!」
「はい。……行ってらっしゃい」
──
自転車を飛ばして約1時間。ようやく苅が言っていた場所に到着した。
俺は自転車を止めて、リュックから水を取り出す。
これを飲めば……俺は先輩と付き合えるのか……!
俺はキャップを回し、水を一気に飲み干した。
……その後の記憶は無い。
──
──酷い頭痛で俺は目を覚ます。これまでに感じたことのない、頭が割れる様な程の痛みであった。
「がァっ……!! ぐぁぁああっ!!」
たまらず俺は叫ぶ。
が、俺はこの声を聞いて非常に動揺してしまった。なぜなら、叫んでいた声は明らかに自分の声ではなかったからだ。
「……ど、どうなってるんだ……?」
恐る恐る自分の手を見てみると、小さくて細い子供のような手が見えた。
……間違いない。俺は子供になっている。どこぞの少年探偵のように。
俺は頭の痛みを堪えながら、何でこんなことになったのかを冷静に考える。
……まぁ十中八九、苅の水のせいだろうが。
もしかして子供になったら先輩と上手くいくとか思ったのだろうか。というか効果を教えておけよ……
とにかく苅を問い詰めなければ。
早く家に帰ろう。
そう思って河川敷をうろつくが、俺の自転車がどこにもない。
パクられたか……? 仕方ない。ならタクシーでも使うか……
そう思いポケットを漁るが、財布は見当たらない。それにスマホもない。
はぁ。くっそ……最悪だ。歩いて帰るしかないのかよ。
──
子供の歩幅というものはとても狭い。歩いても歩いても、全く進んでいる気がしないのだ。
……もう朝日が顔を出し始めた。
クソ。
俺は走り出した。
──
家に辿り着いたのは、夕方頃だった。急いで俺は自分の家の扉を引っ張る。が、鍵が閉まって開かない。
「おい苅! 開けろ!!」
ガタガタと何回も扉を引くが、特に反応はない。
クソ……家にはいないのか?
なら……公園か?
力を振り絞り、また俺は走り出した。
──
公園に着いた……しかしいない。ならどこに……大学か?
分からない……けど行くしかない。
俺は公園を出て、大学へと向かった。
──
大学へと向かう途中の道で、男女2人とすれ違った。
構わず俺は大学へ向かおうとしたが、その男が履いていたスニーカーが自分の物と一緒だったため、思わず立ち止まった。
振り返ると、男女2人の後ろ姿が見えた。
……知っている。俺はこの人達を知っている。
そう直感した俺は急いで2人を追いかけて、声を発した。
「おい!! お前ら待てっ!!!」
2人は声が聞こえたようで、2人は立ち止まる。そして女だけ振り返った。
「……ん、ねぇ、どうしたのこの子?」
茶髪で短いスカートを履いた、少しギャルっぽい女が俺を指して言う。
……間違いない。俺が狙っていた、サークルが一緒の桜木先輩だ。
そして男も……振り返りながら言う。
「ん、ああ……お前かぁ。今彼女とデートしてんだよ。とっととあっち行け」
──その男の顔を見た瞬間、俺は酷い頭痛と目眩がした。
「なっ……!!! はっ……あ!! ……ああ!!!」
「んだよ、どうした? ……苅」
……う、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!!
思わず俺はうずくまり、頭を伏せた。信じたくなかったから。これ以上、そいつの顔を見たくなかったから。
「はぁ……」
男はため息をつきながら、俺を無理やり立たせ、両手でガシッと顔を掴み、目を合わせさせる。
「ひいっ……!!! あ……ああ!!!!」
「何怯えてんだよ苅。いーからよく見ろ」
頭がおかしくなりそうだ。
無駄な二重。低い位置にある鼻。右頬にあるホクロ。間違える筈がない。
毎朝鏡を通して見ている顔が、目の前にあったのだ。俺だ。空野翔が目の前に存在しているのだ。
「あ、ああ……っ!!! ああ……!!!」
意味がわからなすぎて、俺は何も言えなかった。
「ねぇー早くイヴォン行こうよー」
俺たちのやり取りに痺れを切らした桜木先輩が言う。すると俺の顔をした人物は、手を離す。
「あ、そうですね。それじゃあまたな……少年」
そして2人はこの場を去ろうとする。
「あ、ああっ……!!!あ、ま、まて……!!!」
「はぁ……じゃあこれやるから見逃してくれよな」
そう言って俺の顔をした何かは、リュックからポテトチップスを取り出す。
「……な、な……なに……?」
「好きなんだろ? ポテチ」
そう言ってポテトチップスを俺に押し付け、2人は去ってしまった。
しばらく俺は動くことが出来なかった。
──
俺は公園に戻って来た。
これから……どうすればいいのだろうか。
俺の顔をした奴……中身は絶対に苅だ。苅しか知らない情報を持っていたからな。
俺と苅は入れ替わってしまったのか。
どうにか元に戻す方法はないのだろうか。
……アイツを殺すか? いや、入れ替わった以上、アイツは警戒するだろう。そういう奴だ。
それに上手くいったとしても、俺がお縄になる。それに苅……俺を殺したら……親が悲しむ。周りを悲しませてしまう。
苅の姿をした俺が「本当は俺が翔だ!」なんて言って出てきても信じては貰えないだろうし……
クソ……もう駄目なのか。
……アイツは先輩を連れていた。
もしかしてアイツはすごいのかもしれない。俺が今までに先輩を遊びに連れ出せたことなんて1度もなかったのだから。
アイツは……苅は。もしかしたら俺以上に俺になることが出来るのかもしれない。
意味がわからないが、そう思った。そう思ったらなんだか少し心が軽くなった。
……腹が減ったな。
俺は俺から貰ったポテトチップスを開こうとする。
「……ん?」
すると後ろに何かがくっついてるのに気がついた。
裏を向けて確認すると、苅がいつも持っていた透明なカードがセロテープでくっついていた。
俺はそれを引き剥がして、眺めてみた。
至って普通の透明なカードだ。しかし右下の方に小さく何かが書かれていた。俺は目を凝らして見てみた。
『同じ相手には通用しない』
これを見た瞬間俺は、これが入れ替わるための道具であると直感的に気がついた。
……そうか。そういうことだったのか。
俺は笑いが止まらなかった。
──
少し落ち着いた俺はポテチを食べていた。すると。
「ねぇ君、大丈夫? 家出?」
黒のスーツを着た、メガネの女性が、俺に声をかけてきた。仕事帰りなのだろうか。
まぁそんなことはどうでもいいんだが。ははは……まさか自分から寄ってくる人がいたなんてな。
俺はカードを女に向けながら、こう言ったのだった。
「僕は……空っぽなんだ」
空っぽ少年はついて来る 道野クローバー @chinorudayo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます