第3話 実行


 パチン、と再びわたしは目を覚ました。


「……ああ」


 わたしは復活したのだ、ということは、すんなりと理解できた。

 いや、そのことを私は既に知っていた。


(……覚えている)


 私は安堵と共に脳内で呟いた。


(わたしは私の──ルース・ホワイトの記憶を継承している)


 それこそが、私が秘密裏に機器を操作した、一つ目の目的。だが。


(わたしは、被験体27番の人格を持っている……!!)


 これはルースの目的から外れたようだ。

 良かった、と本当に安心した。

 またわたしはわたしとして生きられるのだ。


 ルースは自分の人格を保ったままで、ミュータント能力を得ようとしていたのだった。それが彼女の陰謀だった。

 それは失敗に終わった。ざまあみろ、というやつだ。


 ……途端、激しい怒りが沸いてきた。

 それはルースが抱いていたような、裏切られ、モルモットにされたことに対する怒りではなかった。


 こんな非人道的な計画を実行しようとしている、ルースを含めた全ての人たちへの怒りだった。

 わたしはルースの理屈を理解できる。しかしわたしの人格はそれを否定したがっている。

 まるでわたしは、彼女ルースに欠落していた良識を、体現しているかのようだ、とさえ思う。


(行き場を失った移民たちも、被験体にされた奴らも……殺される理由なんて無いじゃないの)


 幸い、わたし2 7 番はルースの全てを覚えている。研究の知識も、秘匿したデータも、全部。


 そして、わたし2 7 番の人格は確かにしっかり保たれている。宿り続ける強力な不信感と──目的のために埋め込まれた、躊躇のない、爆発的な殺意。


 この殺意のやり場は、爆破されるべきものは、罪なき人々ではないはずだ。


(わたしは、計画そのものを爆破しよう。機材や情報を。悲劇の連鎖を生まないために)


 人工島を、研究員もろとも爆破すればいいのだ。


 そうしたら計画は白紙になる。全てのミュータントから能力は失われ、ミュータントの生産も不可能になり、そのための知識もこの世から消える。

 ——悪を以て悪を征す。


(見ていなさい、ルース)


 あなたの行動のせいで、あなたの野望が潰える様を。


 ***


 計画に参加する他の個体を説得するのは容易かった。

 わたしだけが二度目の参加者だ。何が成功の秘訣なのか、みな知りたがった。

 わたしはメンバーに、「人を信用しないこと」と、わたしがどういうつもりでいるかを伝えた。


「もちろんわたしのことも疑うべき。誰も信じちゃいけないの。でも、わたしに従うことが合理的だと思えるなら、手だけ貸してくれる?」


 会話が聞かれる心配はなかった。ルースはその辺りの機能も、時限式で停止させる操作をしておいたからだ。

 今頃研究室たちは、集音器とGPSの具合がおかしいと、騒いでいるはずだ。


 最終的に、今回の参加者五名全員がこれに同意した。

 無論、わたしだって彼らのことを一人も信じていない。けれど、利用価値はあるとは思っている。



 そしてわたしたちは動き出した。

 表向きは、メキシコとの国境にある「壁」の外側に群がる移民希望者たちを爆殺するために。

 そして本当は、研究員の監視がないところで細かく作戦を練るために。


「今回はわたしがいるから、攻撃系の能力者は31番しかいないの。……残り三人は人を操るミュータントだよね。あなたたちに、研究員を操ってもらいたいの。わたしたちを乗せて、人工島まで帰るように」


 そうすればわたしと31番が人工島を爆破して全てカタが付く。拍子抜けするほど簡単なことだが、それが本当に簡単に行くかというと話は別だった。


 だがルースはここでも墓穴を掘っていた。


 わたしたちの会話も位置も、奴らは把握できない。わたしたちが反逆するなど思ってもいなかっただろう。

 さすがにもうじき、ルースのした細工に気づかれるかも知れないが、そこのデータにはロックがかかっている。誰も手が出せない。


「……お願い」


 三人は快諾してくれた。

 が、二人死んだ。


「……」


 やはり犠牲は避けられないか。


 現時点で、カリフォルニアに散らばる全研究員を船に乗せて拘束するところまでは、成功している。


 わたしと31番は、二人の遺体を運びながら、唯一の操作系ミュータントたる29番に休憩時間を与えた。


 そして29番の能力で、船は目的地へと出港した──。


 29番はよほど適性があるらしく、涼しい顔で研究員たちを一度に何人も操る。今は人工島、つまり機械に近づいているわけだから、これから精度も上がるかもしれない(期待はしないでおく)。


 わたしは不信感はそのままに、ぼんやり彼の横顔を見ていた。中東系の顔つきをしている。シリアかイランくんだりから運良く飛んで逃げてきた所を、捕まってしまったのか。

 31番は例によってラテンアメリカ系のようだ。彼女の肌は亡き13番よりずっと黒い。かなり痩せ形だが、食うのに困ってアメリカまで来たのだろうか?

 死んだ一人もラテン系だった……。もう一人は小柄で、極東系の平たい顔だった。近頃はあの辺も物騒になったものだ。


 EIM計画の参加者の奴らはこうやって、合衆国を頼りにやってきた移民たちを捕獲しては、こっそり人体実験をしていた……。

 ルース・ホワイトを筆頭に。


 そしてルースの過激すぎる思想から、政府の意向との食い違いが生じ、彼女は立場を失った。

 そして、ルース程ではないもののやはり非道な思想を持った他の研究員たちの手によって、実験台にされた──。



 ……信じられるのは自分だけ。

 そして大事なのは、情報を知っていること。

 本当にその通りだ。



 わたしは肩を竦め、31番を連れて29番のもとへ向かった。


「二人に話しておくことがあるの」

「何?」


「この作戦が終わって、機械を壊し尽くして研究員も皆殺しにしたら、私を殺して」


「はあ!?」

 二人は驚愕した。

「そりゃまた、どうして」


「わたしの元の人格は、研究所長だったから」


 さらりと告白すると、彼らは驚きのあまり何も言えなくなったらしい。仲良く口をパクパクさせた。


「言ったでしょう。わたしのことも信じちゃだめって」

「それは気をつけていたけれど……」

「そこまでとは思わなかったわ!」

「うん。わたしもね、わたしだけを信じてるの」


 そう。だから。

 ルースは必ずEIM計画を再開しようとするだろうと、わたしは信じている。


「この作戦はわたしが死なないと完遂できないの」


 研究資料の抹消こそが目的だから。一人でも知識を保有する者が残っては、全くの無意味だ。

 私は死なねばならない。


「でもわたしはあなたたちを信じていないから」

「あ、うん」

「あなたたちが必ずわたしを殺してくれるという、保証がなくちゃだめだと思うの。だからね……」


 わたしは自分の考えを伝えた。二人は無表情にそれを聞き、やがて頷き、そして考え込んだ。


 ──そう、そうやって疑い続けて。

 そうすればもしかしたらあなたたちは、人工島を爆破しても壊れずに済むかもしれない。それがルースの仮説だ。


 二人の無事をこの目で確認することは、わたしにはできないけれど。




 やがて船は人工島の船着場に着いた。

 29番は既に、島にいる研究員を全員操って、一所ひとところに集め、身動きを取れないようにしてくれている。

 あとはわたしと31番が全てを爆破で破壊し尽くせばいい。


「じゃあやろう」

「分かったわ」


 わたしたちは島に掌をかざした。


 ──そして殺戮は始まった。


 人工島は真っ赤に燃え、海面も業火の色に染まった。

 激しい爆発音は、研究員たちの悲鳴すら掻き消した。


 わたしと31番は、渾身の力を以って人工島を破壊し続けた。

 やはり機器に近い場所なだけあって、31番はミュータント能力を使っても倒れない。これなら作戦変更の必要はない。


 やがて人工島の殆どが更地になった。ただ一箇所──最も大きく重要な施設を残して。

 それは、ミュータントの能力と人格を制御する機器たちの施設。


 これを破壊すればわたしたちの力はなくなり、人格は消える。


「できそう? 31番」

「ええ。何だかすっごく調子がいいわ。疑わなくたって、見てわかるでしょ?」

「まあ、そうだね。じゃあ、29番、よろしく」

「……ああ」


 29番が暗い表情で、わたしの手を取った。

 そして、数珠繋ぎに縛られた船上の研究員たちの一人の手首と、わたしの手首を、縄でしっかりと縛りつけた。


「じゃあ、操るよ。──神の御加護がありますように」

「わたしはキリスト教徒だよ」

「ああ、失礼。……でも、アッラーとヤハウェは同一視されているんだ」

「……そうか」


 最期の会話にしては、相応しいようでいて、何だか妙だ。だからわたしは加えて言った。


「ありがとう。あとは、あなたたちを信じるよ」


 二人はギクリと反応した。それが面白くて、わたしは笑ってしまった。


「ウソだよ。わたしの言葉を信じちゃだめだよ。──じゃあ、さよなら」


 そうしてわたしは、後の全てを二人に任せて、研究員たちと共に、海へと飛び込んだのだった。




 了

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EIM計画の実験とその顛末 白里りこ @Tomaten

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