EIM計画の実験とその顛末
白里りこ
第1話 試験
「諸君は仮試験をクリアした。これから本試験に入る」
わたし、被験体27番は、厳粛な思いで研究員の言葉を聞いていた。
これまで本試験を突破できた個体はいなかったという。
どれもが、死ぬか壊れるかしたらしい。
わたしもそうなるかもしれないし、ひょっとすると成功するかもしれない。結果は誰にも分からない。
わたしたちは、政府が秘密裏にカリフォルニア沖に作った人工島を、真夜中にひっそりと出発した。
これから、アメリカ本土はロサンゼルスに渡る。そこで試験が行われる。
それをクリアすれば、晴れてミッションを実行に移せる。そのミッションこそが、EIM計画の真の目的だった。
そして今のところ、それがわたしの全てだ。
──記憶がないのだ。人工島で
そういう風になっている、と研究員から説明を受けた時に初めて、もう一人の
だがそれで何の問題もない。
わたしはただ与えられた課題をこなせばいいだけだと聞いている。そして絶対に言いつけを守ること。──「誰も信用するな」。
「
こう、試験官は言った。
わたしはその通りにする。だから被験体13番が馴れ馴れしく近づいてきた時も、わたしはピシャリと跳ね除けた。
「わたしに話しかけないで」
「そんな!」
13番は浅黒い顔をいっぱいに使って、大袈裟に驚いてみせた。
「仲良くしようぜ。同じ被験体として」
「わたし、慣れあうつもりはないの。誰も信用するなと言われたでしょう」
「オイオイ。それは、敵がいるかもしれないからだろ? 俺たちは仲間じゃないか。結束は大事だと、俺は思うぞ」
「……あなたの好きにすれば。わたしは関係ない」
「ちぇっ」
13番は面白くなさそうに、別の被験体の元へ歩いて行った。
やがて船は岸につき、わたしたちは車でロサンゼルスの隅っこまで、やはりひっそりと運ばれた。
13番はメンバーの中心的な存在となっていた。ジョークを言っては皆を笑わせ、研究員に叱られるのを繰り返す。
何故かたまにわたしにも話を振ってきたのだが、わたしがまるで警戒心を解かないのが分かると、必要以上には話しかけなくなっていった。
そして、バスは止まる。
わたしたちはロサンゼルスの土を踏む。
時刻は午前二時。
試験が開始される。
「ここより、各々に与えられたミュータント能力を用いて、ロサンゼルス市内のオルベラ街まで行ってもらう。そこにある十字の記念碑まで辿り着けば合格だ。現地には試験官が待機しており、速やかにお前たちを回収するだろう。タイムリミットは本日午後二時まで。お前たちの位置情報や会話は逐一研究員に知れるようになっている。それではスタート」
研究員は去った。
「……」
わたしたちは無一文で、地図も携帯電話も持ち合わせがない。ここがロサンゼルスのどこかも知らないし、オルベラがどこにあるのかも知らない。
「さぁて、どうすっかな」
13番が腕まくりした。
「探知系の能力者が必要だ。……19番」
「おう!」一人が拳を上げた。「オレは半径百マイルの範囲内なら、どこに何があるか探知できる。やらせてくれ」
彼は目を閉じて顔をしかめた。
「ぐぬぬぬぬ……」
やがて彼の体全体がぶるぶると震え始めた。
──尋常でない震え方だ。
危険な兆候である。
「オイ、ヤバいんじゃないか?」
「だい、じょうぶ、だ」
震えは一層ひどくなる。19番の鼻から、目から、血が滴り始めた。
「オイ……やめとけ!」
「にし……50……」
辛うじてそれだけ言って、彼は痙攣し、──そして倒れた。
「19番!」
13番が慌てて脈を確認する。
それから、首を横に振った。
「……ダメだ。死んでる」
それを聞いた皆は、一様に残念そうに俯いたが、誰一人驚いてはいなかった。
わたしもそうだ。心は少しだけ痛んだが、彼のポッシビリティを信用してはいなかったから。
「……だがこいつは俺たちに情報を遺してくれた」
13番は気丈にも言った。
「オルベラはおそらく、西へ50マイル行った所にある」
「そうだ、仲間の死を無駄にするな」
「絶対にみんなの力で試験をクリアするぞ!」
決意に燃える彼らを、わたしは遠巻きに見ていた。ああいうノリにはついていけない。
だいたい、19番が正確な情報を言ったという保証はどこにあるの? 己が能力に耐えきれず死ぬくらいだもの、彼の技の精度にも信用が置けない。
……だが、わたしは黙っていた。
「じゃあ、次だ。……あー、西ってどっちだ?」
「俺達が来た方にそのまま進めば良いんじゃないか? 船で真っ直ぐ岸まで来たからな」
「でもその後バスであっちゃこっちゃ曲がったろ」
「ああ、曇ってるから月も見えないわね……」
「キミ、月を見れば方角が分かるの?」
「え? 一般知識でしょ?」
「ならボクに任せて。天気を変えられるから。……ハァッ!」
彼は両の掌をビシッと天へと向けた。
途端、ザアッと滝のような雨が降ってきた。
「あれ? ミスっちゃった。もう一度、ハァッ!」
曇。
「ハァッ!」
雹。
「ハアァッ!」
星空。
彼はそこで力尽きた。
「ありがとう、25番……!」
「これで方向が分かるわ。西はあっちよ!」
彼女は真っ直ぐにストリートを歩き始めた。
西がそっちなのはわたしにも分かったので、渋々、メンバーの後をついて歩く。
……そんな感じで、到着までに、十五人中十人が死んだ。
実にあっさりと、あっけなく。
五人だけが、人工島を離れた場所にて能力を使っても、死ななかった。
わたしも一度だけ必要に迫られて、爆破の能力を使ったが、普通に無事だった。
一人、また一人死ぬたびに、わたしの心は少しずつ痛む。同時に、疑念も深まっていった。
彼らの能力は信頼できるの?
彼らに協力させて良かったの?
彼らの死に本当に意味はあるの?
この調子で計画は実行できるの?
……そもそもEIM計画とやらを、実行しても良いの?
死んでいった被験体たちの顔が次々に浮かぶ。
計画が実行されれば、大勢の人をこの手で爆破することになる。
人が死ぬ。
彼らのように、理由も知らされず、ただ無意味に。
──それは、許されていいことなの?
「……」
もはや何も信じられない。誰も信じてはならない。メンバーも、計画も、産みの親たる研究員さえも。
そして、生まれ持った能力に付随して与えられた、この機械的な殺意さえも。
……信じられるのは、
わたしは一人で、ヒョイと肩を竦めた。
***
残った五人で何とか記念碑を探し当てたのは、リミットぎりぎりの午後一時半だった。
どうやらこの町はロサンゼルス発祥の地であるらしい。メキシカンな雰囲気が漂うストリートだ。
……なるほど。
わたしたちは乱暴かつ可及的速やかに研究員に回収され、人工島へと連れ戻された。
──そして、これからが最後の関門だ。
機械のスイッチがオフにされ、ミュータント能力が解除されるのだ。
そして元の人格に戻るはずになっている。
それに成功した者は一人もいないのだが。
「順に行くぞ。13番、前へ」
「ハイッ」
彼は粛々と、研究員たちの居並ぶ前へと進み出た。
「解除」
パチン、と手乗りサイズのレバーが引かれる。
同時に彼は膝から崩れ落ちた。
冷たいコンクリートの地面に、彼の口から出た血泡がこぼれる。
わたしは胸の痛みを感じ、フイと顔を背けた。
「次」
パチン。
「ああああ。ああああああああ」
彼女は天然パーマの長髪を掻き毟って、もがき、狂った。──壊れたのだ。
「だめか。次」
パチン。
「次」
パチン。
「あああああああああ」
「チッ。──最後は、お前か」
研究員がわたしの制御装置を持ち上げる。
ちょっと怖いと思った。怯んだ。
でも、すぐに──
パチン、の音で、
***
「……ん……?」
元・被験体27番は、ぼんやりと目を
「あれ……」
戸惑った様子のそれを、研究員たちはまじまじと見つめた。
どうやら、この被験体には、元の人格の自我が残っている。
そうと分かると、研究員たちは飛び上がって喜んだ。
「成功だ!」
「ブラボー!」
「初めて成功した!」
「ついにやったぞ!」
「フゥ──!」
研究の努力は報われたのだ。みな、嬉々とした表情で手を取り合っている。
だが、その中でただ一人だけ、喜んでいない研究員の姿があった。
「これは……何が起きたんだ」
その手を、他の研究員が引いていく。彼女専用の研究室まで。まるで連行するかのように。
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