第6話


 スレアと一緒に入った横穴は狭く、二人で膝を抱えて座るようにしても手狭に感じる程だ。

 岩肌はとても滑らかであり、背中を預けるとひんやりした触感と共に歩き通しで高まった自熱を逃してくれる。


 そのまま何分間か座って息を整えた。

 やがて隣に座る少女の呼吸が落ち着くと、思い出したかのように呟く。


「何度か受けてみておおよそのあなたの能力の本質が分かってきた。あなたのアルトスレヴァは相手と自分のステータスを入れ替えてしまう能力だと思われる」


「すてーたす?」


 ゲームはあまりやらないので詳しくないが、恐らくはキャラクターの能力とかを表すやつのことだろうか。


「ステータスは神官系統の職業を有していると見ることが出来るもので、その人の状態や潜在能力を文字と数値として表記したもの」


 やはりゲームとかであるような能力を数値化したあれらしい。


「要するにあなたの能力はレベルと職業、各種能力値、所有スキル、熟練度、状態異常を丸ごと入れ替えてしまうというもの」


「ええっと、逆に入れ替わらないのは?」


「知識や性格などは入れ替わらない。とは言え、私は魔法知識のスキルを有しているから魔法を行使する為の知識は入れ替わるかもしれない」


「なるほど」


 スキルとして体系化されている知識などは入れ替わってしまうらしい。


「……そろそろ出発する」


 僕とスレアは再び迷宮の民が集うという拠点を目指して歩き始めた。


 ───────────────────


 その後は特に問題も無く川の流れる大きな洞窟内を進んでいき、しばらくすると入口の脇に『キョテン』と刻まれた一際大きな横穴に辿り着いた。

 その横穴の上部には壁面をめいいっぱいに使用した竜の絵が描かれている。


「この竜の絵、お洒落だね」


「この絵はモンスター避けを兼ねている。知能があるモンスターは本能的に上位のモンスターの姿を恐れるらしく、気休め程度ではあるもののモンスターが近寄りにくくなる」


「そうなんだ」


 横穴に入るなり壁に埋め込まれた光る石が目に付く。

 蛍光灯とまではいかないものの、足元を見るのに不自由しない程度に明るく輝いている。

 更に視線を滑らせると、壁や天井の至る所に謎の文字が刻印されていたり霊験あらたかそうなお札が貼ってあったりするのを発見する。


「あのお札とか文字は何か意味があるの?」


「私が持つ索敵の鈴のようにモンスターの侵入を感知する役割がある」


「セキュリティ的な奴かぁ」


 遠くにぽつんと見えていた出口と思しき光が段々と大きくなってくる。

 通り抜けていく風が僕の髪や服を揺らし、火照った体を冷ましていく。

 もうすぐだ。


 出口を出ると目も眩むような強い光と緑の匂い。

 一瞬外に出たのかと思ったが、良く見れば天井が太陽のように明るい光を放っている。

 強い明かりに目が慣れて景色を見渡したことで、ここがとてつもなく広い空間であることに気が付く。

 東京ドームには行ったことは無いが、多分東京ドーム10個分位ありそうな気がする。


 辺り一帯は草原のように膝丈まで草が伸びているものの、遠くを見ればこの巨大な空洞の四方は岩壁が地面から天井まで続く閉鎖的な空間であることが分かる。

 草原にぽつぽつと点在する木には色とりどりの果物がたわわに実り、生き物の鳴き声が響き渡っている。


「ここはなんか洞窟じゃないみたいだ」


「天井に光る成分の鉱石が多量に含まれていて植物の成長を助けている。拠点は草原の中央付近にある」


 スレアに言われて原っぱの真ん中を見ると、石材を積み上げたような建物群が見えた。

 僕らが出てきた横穴から拠点と言われる所までは獣道のように草が無く、頻繁に人通りがあるようだ。


 道を歩くだけでも道端の緑が眩しい。

 今まで進んできた薄暗い洞窟に比べると植物の生命力と緑や赤の鮮やかな色合いに心地が良くなる。

 赤い色は何だろうと思い、よく見れば草原の中にも野苺のような果実がなっている。

 なるほど青々しい匂いに混じり、フルーティーな香りも微かに感じ取れる。


「少し果実を摘む」


 スレアが思い出したかのように少量の果実を指でつまみ、腰のポーチのような物の中に入れていく。

 後で何かに使うのだろうか。


 果物を摘み終え目的地に近づくにつれ、段々と拠点の全容が見えてきた。

 石材を積み固めて作られた数十の建造物があり、それらを囲うように木材と有刺鉄線で作られた柵がぐるりと張り巡らされている。

 おそらくモンスターとか危ない生き物避けなのだろう。


 柵の入り口まで辿り着いたところで門番と思しきもじゃもじゃヒゲのおじさんに声を掛けられる。


「おう、スレア無事か。1人で歩くのは危ねえから早く仲間を作った方が良いぞ」


「問題ない」


 ヒゲのおじさんはこちらに向き直り、手のひらで僕を指し示すジェスチャーを行う。


「後ろの坊主は迷い人か?」


「そう。神宿易で迷ったとのこと」


「そりゃ災難だったな。坊主、名前は?」


 ガタイの良いヒゲのおじさんが僕を見ながら問いかける。


「大井鳴です」


「大いなる……デス?」


「オオイナルが名前です」


「おお、そうか。すまんすまん」


 おじさんは少し恥ずかしそうに頬を掻きながら謝ってくる。

 少々厳つい見た目とは裏腹に優しい性格らしい。


「まっ、ここは坊主と同じように新宿駅から迷い込んだ奴らやその子孫が寄り集まった場所だから安心しな」


「そうなんですか」


 この拠点に居る人は大体新宿駅からやって来たらしい。

 やはりあの複雑怪奇な構内は迷いやすいのだろう。


「初めてなら後でギルドに寄ってくといい」


「ギルド?」


「すまん、その方がカッコよくてテンション上がるから皆そう呼んでるだけで、要は案内所だな」


「なるほど、ありがとうございます」


 ヒゲのおじさんにお礼を言い、柵の切れ目から拠点と呼ばれる場所に入った。

 拠点の中に入るなり、スレアが珍しくおずおずと話しかけてくる。


「……一息つきたいから、あれ・・を吸いに行かない?」


 心なしか彼女の様子がおかしい気がする。


「あれって何?」


「吸うと良い気分になれて、中毒性は有るものの用法容量を守れば医療用にもなるもの」


「えっ、なんだろう」


 中毒性?用法容量?


「最初の文字が『ま』」


「ま?」


 駄目だ、全然分からない。

 僕はそのまま降参のポーズを取る。


 僕の意図を読み取ったスレアはやれやれといった様子で答えを教えてくれるようだ。


「まにゃうー」


「なっ、なにそれ」


 まにゃうー??


「行ってみれば分かる」


 我慢ならないといった様子のスレアに連れられ、街並みと言っても過言では無い建物群の中を練り歩いていく。

 拠点の中はそれなりに賑わいを見せており、食べ物のような物を売っていたり武器のような物を展示していたり、生き物を養殖していたりと様々な商売を行なっているらしい。

 ぱっと見た感じではお金の代わりにモンスターから取れる魔石を使用しているようだ。

 ゴブリンからドロップしたのは濁った色の紫の小さな魔石だったが、見る限りでは透明な紫色の魔石やくすんだ青色の魔石等も見掛ける。

 色や透明度、大きさによって価値が違うのかもしれない。


「着いた」


 立ち止まったスレアにぶつかりそうになりながらブレーキをかけると、一軒の建物の前だった。

 看板には『まにゃうー屋』と書いてある。


 ……な、何屋?


「私が奢るから安心して」


 スレアは有無を言わせぬ様子で暖簾をくぐり、お店の中に入っていく。

 僕もつられて入店すると、お店の中は何だか甘い香りで満たされていた。


 入り口に有った下駄箱に靴を仕舞って店内を軽く見渡すと、様々なものが視界に飛び込んでくる。

 瓶詰めされたフルーツ、剥き出しの木材、何かの玩具、そして……。


 なんかよく分からないもふもふの可愛い生き物で溢れていた。


「ほわああああああああ」


 と、叫びながらスレアはもふもふの生き物に顔を埋めている。

 もふもふの生き物は猫とリスの中間のような見た目であり、尚且つ体がふわっふわの体毛に覆われている。


 僕も恐る恐る手近なもふもふに手を置いてみると、柔らかな綿に触れたのかと錯覚するほど掌が緩やかに沈み込む。

 生まれて初めて高級羽毛布団に触れた日のことが走馬灯の如く脳裏をよぎる。

 衝撃的なふわふわ具合だ……!


 もふもふの生き物は特に嫌がる様子もなく、むしろもっと撫でて欲しそうに身をすり寄せてくる。

 どうすれば良いのかとスレアの方を見ると、


「すうううううううううう」


 吸ってる。

 めちゃくちゃ吸ってる。


 五体投地で床に転がったスレアの元に沢山のふわふわが身を寄せており、当の少女は凄く幸せそうな顔をしている。


「あー、この為に生きているー」


 あまり表情や感情を出さない子だと思っていたのだが、もふもふの前では破顔して弛緩しきっている。

 抗いがたき魅力がもふもふにあるのかもしれない。

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