第7話

 

 もふもふの生き物に顔を埋めるスレアを見習って僕も恐る恐る顔を近づけて見ると、もふもふから甘い果物のような香りがする。

 心が落ち着くような、とても心地良い匂いだ。


「まにゃうー」


 目の前のもふもふが何かを期待する目でこちらをじっと見つめながら、可愛い鳴き声を発する。

 鳴き声からして、まにゃうーというのはこのもふもふの名前なのかもしれない。


「スレア、なんかこのもふもふが何かを欲しがってるようなんだけど」


 僕の呟きを聞いたスレアがはっと意識を取り戻し、腰のポーチから先ほど摘んだばかりの果実を取り出す。

 すると、周囲のもふもふがスレアの元へと集まりだした。


「「「まにゃうー!」」」


「あー」


 果物はもふもふの好物らしく、スレアはあっという間にもふもふに群がられる。


「あなたも、これ、まにゃうーに」


 なんとかスレアから果実の半分を受け取ると、それに気付いたまにゃうー達が一斉に殺到する。

 僕の体はすぐに良い香りのもふもふによって埋め尽くされていく。


「あっ、これ、すっご……」


 くすぐったいような触り心地のもふもふに覆い尽くされ、無意識に口元が緩んでしまう。

 もふもふラッシュは手持ちの果物が無くなるまで続いた。



 床にへたり込んだように座るスレアの肌はすごくつやつやになっている。

 スレア自身も満悦といった様子で鼻を鳴らしているので、余程もふもふが好きなのだろう。


 ひと段落した所で丁度お店のドアが開く。


「あれ、まにゃうー中毒者が居ると思ったらスレアじゃない」


 惚けているスレアに対して、お店に入ってきた2人組の女性が声を掛けた。

 僕と同い年か少し上くらい、恐らく高校生だろうか。


 話しかけてきたのは背中に巨大なハサミを背負った鮮やかな赤い髪色の少女だった。

 ぱっと見の印象は東京人らしく垢抜けた綺麗な人だと思う。

 彼女は自尊心に満ちたような勝ち気な表情をしており、床にへたり込むスレアをじっと見ている。


「リサ。帰って来てたの」


 スレアは顔だけ上げてリサと呼ばれた赤髪少女のことを仰ぎ見た。

 反応からして、どうやらスレアの顔見知りらしい。


「ん?後ろの人はどちら様?」


「迷い人。私が見つけた」


 リサと呼ばれた人が僕に気が付き、すかさずスレアが解説を入れる。


「へー、大変だったわね。私は剣士の霧崎理沙きりさき りさ。あなたは?」


 赤髪の少女、霧崎理沙に促されたので僕も名乗ることした。


「僕は大井鳴といいます。新宿駅からきました」


 僕が簡単に名乗ると、霧崎理沙の後ろにいた白い髪の少女が吹き出した。


「あっはっは!『大いなる』だって、ウケる〜〜」


「こ、こら!人の名前笑っちゃ失礼でしょ!」


 僕の名前を笑うもう1人に対して、霧崎理沙が焦ったように嗜める。


 カラカラと笑う白い髪の少女は肩口まで伸びたゆるふわな髪を揺らしながら、ふらふらと揺れるような動きをしている。

 よく見れば焦点が定まらずに目がぐるぐるしており、体調が悪いのかもしれない。


「えっと、後ろのこの子は三縁美夜みよりみよ。私とコンビを組んでる斥候の弓使いよ」


 霧崎理沙から紹介を受けた三縁美夜という名の子は弓を使うらしく、背中に筒のような物を背負っている。


「みよみよって呼んでいいよ、なるなる。よろよろ〜」


「よろしくみよみよ」


 みよみよからは強いアルコールの匂いが漂う。

 学生に見えるけれど、もしかしてお酒を飲んでいるのだろうか。

 注視してみると、ところどころ衣服のボタンが止まっていなかったり、シャツがスカートからはみ出したりしていて色々とそそっかしそうだ。


「あー、この子はこういう体質でね。自動醸造症候群って聞いたことない?」


 見かねたように赤髪の少女霧崎理沙が頭を掻きながら口を挟む。

 じどう……じょうぞう……?


「はじめて聞きました」


「ざっくり言うと腸内細菌の異常により体の中でアルコールが作られちゃう病気、……なのかな。お酒を飲んでもいないのに酔っ払っちゃうみたいなの」


「それは……大変そうですね。僕も子供の頃から病気がちだったので気持ちは分かります」


「なるなる〜、あんた、いい奴だなぁ」


 よたよたと覚束ない足取りで近付いてきた三縁美夜が寄りかかる様に肩を組んでくる。

 彼女の吐息は甘い果実酒のような香りがした。


「こら!迷惑掛けちゃ駄目!あっ、まにゃうー用の果物食べちゃったの!?」


「うぇ〜〜」


 みよみよが引っ剥がされて引き摺られていく。


「ふう。きちんと医者に診せれば治るらしいのだけれど、その前にこのダンジョンに迷い込んじゃってね」


「なるほど。2人も新宿駅から?」


「そうよ」


「流石東京の人というか、2人ともお洒落な服を着ていますね。僕はど田舎から引っ越してきたばかりなのでそういうのに疎くて……」


 霧崎理沙は洞窟の景色に溶け込めそうな灰色で厚手のコートを着ており、みよみよは着崩しているもののデザインセンスの良いジャケットとスカートを穿いている。

 東京の人ってすごい。


「ま、まあね!私達のような東京上級者ともなればこれ位はね!」


「何言ってんのさ、りさりさぁ。あたし達だってど田舎から上京してきた初日に迷って──」

「みよ、ストップ!」


 どうやら2人も東京に来た初日に迷ってしまい、ここに辿り着いたらしい。

 東京に早く馴染めるように秘訣などを聞きたかったのだが、僕と同様に初日にダンジョンに迷い込んで以来ずっとここに居るのなら難しいか。


 というか今更だがダンジョンって何なのだろう。

 東京のアトラクション的な物かと思っていたのだが、もしかして違うのかな。


 無言の僕を落胆と捉えたのか、霧崎理沙が何故か慌てたように弁解を始める。


「いや、でも、ほら、じ、実は私達アイドルなのよ」


「えっ、アイドルなんですか。凄い。僕アイドルの方と初めてお会いしました」


「そ、そうでしょ?」


 霧崎理沙は自信を取り戻したかのように顔を輝かせながら胸を張る。


「なるなる〜、アイドルって言ってもりさりさが自称してるだけで無名の駆け出しだぜ〜?」


「こら!あなたはまたそうやって余計なことを……」


「リサは見栄っ張りな所があるので話半分に聞いておいた方が賢明」


 と、やっと現実に戻ってきたスレアが付け加えた。


「ちょ、ス、スレアだって感情無いフリしてるけど実はバリバリあるくせに」


「むぐ。私はホムンクルス的なあれなので。リサなんてこの前──」


 会話はだんだんと暴露大会の様相を呈し始め、このままでは赤裸々な秘密が白日の元に晒されかねない。

 話題を変えないと。


「そういえば僕ダンジョンっていうところに来たばかりなんですけど、何かしておいた方が良いことってありますか?」


 何か入場料金を払ったりしなくていいのだろうか。


「うーん、案内所に名前を記入する決まりはあるけど強制ではないわ。それにそろそろ夜時間になるし、みよが迷惑掛けたお詫びに奢るからお風呂にでも入ったら?」


 そう言われて体を見ると、なるほどまにゃうーの毛まみれだ。

 別に迷惑を掛けられたという認識は無かったが、ダンジョン内では日本円は使えないみたいだからありがたい。


「えっと、それではお言葉に甘えてさせていただきます」


「ここは暑苦しい変なのが多いから、私も可愛い後輩が出来て嬉しいわ」



 お会計を済ませ、僕らはまにゃうー屋を後にしてお風呂に向かうことにした。

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