第8話

 


「私達は着替えとかお風呂セットとか持ってくるから先に行ってて。番台のおばちゃんにこの札を渡してね」


 霧崎理沙はそう言って僕に木の札を手渡すと、スレアとみよみよを連れて足早に去っていった。

 風呂屋はまにゃうー屋のすぐ隣にあり、煙突から湯気が立ち昇る建物は横に広い平屋のような造りだ。


 風呂屋の暖簾を1人でくぐり、番頭のおばちゃんへ預かった木札を渡す。


「すみません、これを使ってくれと言われたんですが」


「あいよ。3番の浴場ね」


 内部はいくつかの部屋に別れており、大きなお風呂の部屋が2つと小さめのお風呂の部屋が複数あるようだ。

 3番は小さめのお風呂らしい。


 少し迷ったが目的の部屋を見つけられたので中に入り、服を脱いで風呂場へと進む。

 他にお客さんの姿は見えず、どうやら貸し切り状態らしい。

 大きな一枚岩をくり抜いて作ったかのような豪快な浴槽にはいかにも熱々そうなお湯で満ちている。


 掛け湯をし、備え付けのシャンプーとボディソープで汚れを落とした後、湯船へと肩まで浸かる。

 熱めのお湯が1日歩き通しで疲労の溜まった体をほぐしてくれる。


「ほあー、いい湯だな……」


 じんわりとした温もりが徐々に体の芯まで行き渡る。


「今日はなんか色々あったな。ダンジョンとかいうよく分からないのに迷い込んで、スレアに助けてもらって、へんなのと戦って……」


 首元でゆらゆらと水面みなもが揺れるのを感じながら目を閉じていると、脱衣場の方から音がした。

 他のお客さんだろうか。


 目を開けて入り口の方を見てみると、霧崎理沙とみよみよ、そしてスレアの姿があった。

 お風呂なので当然衣服は身に付けていない。


「へぁ!?」


 なんでここに!?

 首を痛めそうな速度で後ろを振り向き、何も見ないようにする。


「一緒に入るんですか!?」


「みよが居るから他の客に迷惑掛けないようお風呂はいつも貸し切りなの。貸し切りならあなた達と一緒でも料金は同じでオトクだしね」


「ちょっと待ってくだ──」

「お湯かけるね!」


 ざばーんという音と共に水飛沫が盛大に舞いあがる。

 僕が言いかけた言葉は、みよみよが豪快に掛け湯を行った音に阻まれて届かない。


「えー?何ー?ちょっとみよがうるさいから後で聞くね」


 ど、どどどうしよう。

 ここもしかして混浴なの……?


 解説好きのスレアさん、助けて。

 目を細めて縋るようにちらりとスレアを見遣る。


「スレア──」


「今からまにゃうーの毛を集めたスポンジで体を洗うので邪魔しないで欲しい」


 スレアは手の平大の毛玉をキラキラした目で見ているだけで、説明してくれる気配がない。


 ……。



「ここの壁のタイルの絵、趣きがあるなぁ」


 僕は諦め、3人とは反対側の壁の方を眺めることにした。



「おふろだー!わーい!」


 しばらくして、体を洗い終えたらしいみよみよが勢いよく湯船へと飛び込む。

 飛び散るお湯と発生した大波により僕の頭はびしょびしょになる。


「ねえ、みよみよ、ここって」


「あはははは!!じゃぶじゃぶ!!」


 みよみよは楽しそうに狭い湯船で泳いでおり、聞く耳を持たない。


 気の済むまで泳いだみよみよは酔いが回っているのか顔や体が真っ赤になっている。


「みよみよ、大丈夫?酔ってない?」


「よってないれふ」


「酔ってる人は皆そう言う」


 うーん、心配だから理沙さんを呼んだ方が良いだろうか。

 そう思案していると、背後から突如みよみよが抱き付いてくる。


(や、柔らか!?)


「なるなる〜、肌白いな〜」


「う、うわあああああ!!」


 僕が叫び声をあげていると、遅れて身を清め終えた理沙とスレアが近付いてくる。


「ごめんなさい、アルコールが入ってない時のこの子はお淑やかで引っ込み思案で優しい子なんだけど……。お風呂に入ると特に酔いが回るのよね」


「こ、これ大丈夫なんですか!?」


「みよは毒耐性と熱耐性が高いからアルコールや湯当たりでダメージを食らわないの。みよもお風呂は好きらしいし」


「いや、あの、そうじゃなくて……」


「それはそれとして、みよの相手してくれる人がいるからゆっくりできるわ。タダだからってホイホイ着いてくると痛い目見るってのが分かって良かったわね。ダンジョンじゃ他人を疑わないと生きていけないのよ?」


「えっと……」


 多分僕のことを思ってダンジョンでの危険性のレクチャーをしてくれているのだろうけど、今はちょっとそれどころではない。

 背中越しで伝わるみよみよの感触から逃れようともがくが、パワーはみよみよの方が数倍上らしくびくともしない。


「あれ?あなたの体、良く見たらなんか凄い傷だらけね」


 湯船に入ってきた理沙が僕の手術痕を見ながらそう漏らした。

 僕はなるべく女性陣の方を見ないように正反対の方を向きながら答える。


「あ、子供の頃から病気がちで何度も手術してきたので」


「あなたも大変だったのね」


「ところで、あの、ここって混浴……なんですか?」


「大浴場の方は男女で分かれてるけど、こっちの小さな風呂の方は貸し切れば性別は問わないわ」


「そう、なんですか……」


 なるほど……?

 貸切り状態なら混浴、ということなのかな。


「もしかして男が入ってこないか警戒してるの?大丈夫、入浴中は関係ない人間が入ってこれないよう『縁』を切ってるから」


「いえ、僕は男なので気になっただけです」


「?」


 背後の霧崎理沙から戸惑いの雰囲気が漂い、背中に強い視線を感じる。


「冗談でしょ?こんなに可愛いのに男の子の訳が──」


 霧崎理沙はそう言うと立ち上がり、後ろを向いていた僕の正面へとするりと回り込んだ。

 正面、それはつまり何も隠していない無防備なお互いの体が否応なく目に入るということだ。

 あまりに素早く視界に入ってきた為、目を閉じるのが間に合わずに霧崎理沙の身体をばっちり見てしまう。


 理沙さんはアイドルを自称しているだけあってスレンダーなモデル体系だった。

 みよみよのことは視界に入れないようにしていたが、抱き付かれている感触からして肉付きが良さそうなので対照的だ。

 どちらも総じてプロポーションが良いことは間違いないが。


「──な、なあああああ!?」


 無防備なポーズでフリーズしていた霧崎理沙の時が動き出す。


「男の子?」


「男です」


「心は女の子だったり?」


「心も男です」



 ……。



有罪ギルティッ!!」


 駄目だったか……。



「……スレア、知ってたの?」


「男か質問を行なってみたけど、『割と見た目通りだと思うけど』と言われたので女の子の可能性もあるかと思案した」


 何で!?


 そこでやっと霧崎理沙は自らの格好を思い出し、赤面しながら身体を手で覆い隠した。


「決闘よ、決闘!」


 しばらく逡巡した理沙は覚悟を決めたようにこちらに向き直り、決闘の申し出を告げてきた。


「神前試合を行う!」


 と、更に続け、浴室内に霧崎理沙の透き通るような声が響き渡った。

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