第9話
浴場から出た後、スレアが用意してくれた着替えを身に付けて、先導する霧崎理沙の後ろを3人で着いていく。
石を積み上げた建物群の街を抜け、緑の匂いがする草原の中を進む。
確か親善試合(?)をするとか言っていたか。
しばらく歩いて草原の端の壁まで辿り着くと、そこにあるぽっかりと空いた大穴へと入っていく。
「この洞窟に何かあるの?」
純粋に浮かんだ疑問を横にいるスレアに対して訊ねる。
「ここには神の1柱が住んでいる。その神の前で行う試合が神前試合」
「神様の前でやる……親善試合」
「ここに住んでいる神は『失せ物の神』。ありとあらゆるものを失くすことができる。恐らくリサは『浴場での記憶』を失くすつもり」
「そんなことができるんだ」
記憶が消せるのならその方が良いかもしれない。
そう納得して壁にぽっかりと開いた横穴へと踏み入れる。
洞窟の中には何も無い。
小石一つどころか塵一つ落ちていないのが逆に不気味だ。
付け加えて言うのなら、この洞窟は真っ暗だ。
今日スレアと通ってきた横道とかは光る苔とかが生えていたのだけど、この洞窟にはその痕跡すら認められない。
「『ライト』」
スレアがそう呟くと、スレアの掌の上に洞窟内を照らす光源が現れた。
太陽の光のような眩しさに目を細め、慣れるにつれてだんだん瞼をひらいていく。
光によって照らされた洞窟の奥に青白い何かが目に入る。
徐々に強い光源に目が慣れていき、目を凝らすと裸の女の子がぺたんと座り込んでいた。
「裸!?」
僕は慌てて顔を逸らす。
「あー……それは気にしないで」
「なんで裸なの!?」
「この子は触れたありとあらゆる物を失くしてしまうの。だから服もよく失くしちゃって」
ええ……。
「失くしものなら〜〜モノにお任せ!」
裸の少女は元気よくそう言った。
困惑する僕に対し、スレアがすっと前に出て説明を加える。
「彼女は失し物の神。真名すら失くしてしまったので今はモノ・ナクナルと名乗っている。あらゆる物を無くす権能を有する」
「この子が……?」
スレアによると、この裸の少女こそが神様らしい。
「と、とりあえず何か着せてあげて」
「見ていて」
スレアはバスタオル大の布をモノ・ナクナルという名の少女に巻き付けた。
スレアから見るように促されたので布を一枚羽織っただけの少女をじっと見る。
モノの髪色は一見すると白……のように見えたがそうではない。
髪の毛に色が無く無色透明なので光の加減で白いように見えるのだ。
ぱっちり開いた彼女の目の中は暗く、まるで星を散りばめた夜空のようになっている。
瞳の中に宇宙があるかのように錯覚する。
もしかしたら視力までも失くしてしまっているのかもしれない。
そんなことを思いながら無意識に瞬きを行った瞬間、モノに掛けられていた布がまるで初めから存在していなかったかのように消え去った。
「えっ」
人を包める程大きな布が瞬きという僅かな間に完全に失くなってしまったのだ。
「あっ、失くしてしまいました……」
しょぼんと落ち込むモノをよそにスレアが解説を加える。
「モノの物体を失くす力は概念レベルと化しており、彼女が失くした物は観測者が観測及び干渉出来ない領域に移動する」
む、難しい。
「どういうこと?」
「彼女が失くしたものは存在はするけど誰も見つけられないし触れない、誰も関われない状態になる」
「なんか……とても制御出来てるようには見えないけど……」
この子の力で記憶を失くすらしいけど、僕ごと消えてしまうのではないだろうか。
「そ、それはまあ、みよのアルトスレヴァは相手との縁を結ぶことが出来るからあんたとの縁を絶やさなければ大丈夫なはず。……多分」
理沙は僕とは目を合わせずにそう言った。
すごく不安になる。
なんだか急に負けるのがとてつもなく嫌になってきたぞ。
僕の微妙な感情を読み取ったのか、理沙は少し申し訳なくなってきたらしく、頬を掻きながら話し始める。
「ま、まあビギナー相手にちょっと大人気ないような気がしてきたから私のアルトスレヴァを明かしておくわ。『キクリ』」
彼女がキクリという単語を呟いた瞬間、突如人間大の巨大な鋏が出現する。
「私のアルトスレヴァ、
理沙は巨大な鋏を掲げるように持ち、そう説明を行った。
大きなハサミは黒光りしており、何だか妖しい感じがする。
縁を切れるハサミ、何だか強そうだ。
「あー、あたしも一応おしえとくねー。『ヒメ』」
みよみよがそう言うと彼女の手の中に豪奢な装飾の美しい白銀の弓と鋭そうな矢尻が付いた3本の矢が現れる。
「なんとかの弓、
みよみよは自分の武器のことをあまり覚えていないようだ。
武器型のアルトスレヴァは名前を呼ぶと呼び出せるのか。
どうやら理沙が縁を切ってみよみよが縁を結べるらしい。
「それでは神前試合を始めましょうか。私が勝ったらあんたには今までの私に関する記憶を失くしてもらうわ。あんたはどうする?」
理沙からそう問われ、僕はスレアの方を見る。
「何か賭けるみたいだけどどうしたら良いかな?」
「リサとミヨは冒険者として優秀。下層を目指す為の仲間になってもらうのを推奨する」
なるほど。
「それじゃあもし僕が奇跡的に勝てた場合は仲間になって欲しいかな」
「良いわ。他に何か言っておくことはあるかしら?」
そう言って理沙は僕の返答を待つ。
どうしようかな。
僕が悩んでいると、スレアが手をちょこちょこ動かして後ろに下がるように催促する。
確かに理沙はすごく素早そうだし距離を取った方がいいかもしれない。
「少し離れてもいいかな」
「好きにしなさい」
僕は可能な限り距離を開けるために横穴の入り口の方へと移動した。
「それじゃあモノ、神前試合の宣誓を」
「分かりました!」
彼女の白く見える髪がぼんやりと光始めると、毛髪をスクリーンとして『神前試合』という文字が浮かび上がる。
すご……どういう仕組みだろう。
髪の毛全体がディスプレイみたいになってるのかな。
「それでは試合、……スタートです!」
合図と同時に理沙は映像を高速再生したかのように尋常ではない速度で詰め寄ってくる。
速い!?
「アルトスレヴァ……ッ!」
僕のアルトスレヴァの発動により、辛うじて目先のほんの数センチの距離にて鋏の切先がピタリと止まる。
「……」
眼前で静止した理沙はすぐさま顔色が悪くなり、肌から大粒の汗が滲み出る。
「なに……これ……」
苦しそうに呻き声を発すると、理沙はぱたりと倒れ込んだ。
「『キクリ』……、駄目か」
僕は理沙のアルトスレヴァである大鋏を呼び出そうとしたが、呼び出せない。
強さを入れ替えてもアルトスレヴァまでは奪えないのか。
「えっと、大丈夫?」
僕の生来の痛みを引き受けている理沙にそう尋ねる。
「……ま、負けで……いいから、……かいじょ……」
アルトスレヴァ、解除。
途端に軽くなっていた体が海底に居るかのように重くなる。
呼吸の度に肺を鑢で削られるような痛み、血管に荒縄を無理矢理通したかの如き激痛。
いつもの痛みだ。
「……今の何?」
しばらく呼吸を整えていた理沙にそう訊ねられる。
「僕のアルトスレヴァで、強さを入れ替えられるみたい」
説明を聴いた理沙は少し悩んだ後に口を開く。
「痛みはどこから?」
「痛みは常時あるよ。生まれた時からだから僕は慣れちゃってるみたいだけど」
「そう……。神前試合の誓約に従いあんたの仲間になるわ」
「嫌なら断っても大丈夫だよ」
「……いえ、良いわ。よろしくね」
なんか良い感じな雰囲気だけど記憶は消さないで済むのかな。
怖いから消さないでくれるとありがたいんだけど。
握手も兼ねて倒れてる理沙に手を差し出したが、非力なせいで踏ん張りが効かず、僕まで倒れて少し怒られた。
新宿駅で迷っていたら、いつのまにかダンジョンにいました。 三瀬川 渡 @mitsusegawa
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