第3話
ぺたぺたという足音を響かせながら姿を現したのは、簡素な腰布を巻いた子供程の体躯のモンスター、ゴブリンだ。
そのぎょろりとした黄色い目玉で地面に何か落ちていないかを探しながら、こちらへとゆっくり近づいてくる。
数は一体のみで手には大きめの石ころを握りしめている。
となりのスレアが頷く。
前もって打合せしていた通りに戦うようだ。
目に見えない力がスレアの杖の先端に集まるのと同時に、僕は盾を構えて岩陰から躍り出し、ゴブリンへとひた走る。
緊張の刹那、僕は得も言えぬ浮遊感を覚える。
これは、まさか──
びたんっ。
……転んだ。
地面の水たまりで足を滑らせてしまい、硬い岩肌へしたたかに体を打ち付ける。
一瞬、場の空気が凍りつき、時が止まる。
恐る恐る顔を上げると、呆気にとられるゴブリンと目が合った。
「ごめん、ちょっとタンマ」
「ギ、ギィイイイイイ!!!」
「うっ、うわあああああ!」
くっダメか!
緑の怪物がけたたましい叫び声をあげながら襲い掛かってきた。
すぐに体勢を立て直すべく起き上がろうとするも、ゴブリンからのタックル受けて押し倒される。
倒れて仰向けになりながらも盾を必死でゴブリンとの間に挟みこみ、助けを求める。
「す、スレアああああ!スレアさぁあああん!」
盾の上に馬乗りになったゴブリンが手に持つ石ころで盾をガンガン殴ってくる。めっちゃ殴ってくる。
助けて。
というか普通に強い。パワーもゴブリンの方が上だ……!
「『アクアカッター』!」
後方からスレアの声が聞こえたかと思うと、凝縮された水の線が高速でゴブリンの頭部を撃ち抜く。
物言わぬ死体と化したゴブリンは光の粒子となって消え去った。
「大丈夫?」
スレアが心配そうに訊ねながら仰向けに倒れる僕を上から覗き込む。
僕は恥ずかしくなって顔が熱くなってしまった。
「まさかゴブリンに力負けするとは……」
その思わず漏れたという風なスレアの物言いに、ちょっぴり泣きそうになる。
「えっと、とりあえずあんな感じで大丈夫かな?」
「いえ、モンスターに近寄られないように立ち回ってくれればいいから、わざわざ自発的に近付かなくても大丈夫」
「あ、そうだったんだ」
盾を構えてスレアとモンスターの間に割って入っていればいいのか。
相手が警戒して近寄ってこなければそれだけで十分なのだ。
「ごめんなさい、まさかそこまで勇敢というか、命知らずなようには見えなくて……」
スレアが申し訳なさそうに謝ってくる。
そうだ、命は大事にしなければ。
◇ ◇ ◇
引き続き緑の光が照らす道を歩いて行く。
道の端では丸っこい体型のクチバシが大きい鳥が白い石のような物を噛み砕いている。
「あのずんぐりむっくりした鳥は?」
「あれはボーンイーター、骨髄を主食にする飛べない鳥。動きは緩慢だけど嘴が頑丈な上、噛む力がとても強いので無闇に手を出さない方が良い。肉は臭みがあるけど、卵は美味」
「初めて見る動物だ」
やはり見たことも聞いたこともない生き物。
そんな生き物を横目に見ながらもうしばらく歩いていくと、緑色の光に彩られた風景の中、鮮やかな赤色が見えてきた。
地にがっしりと根差した二本の柱が上部で横長い建材により結合している。
神社などでお馴染みの鳥居だ。
鳥居はぽっかりと開いた大きな横穴の入り口に立っており、ある種の威容を誇っている。
「鳥居から先は神域。モンスターがあまり近寄りたがらない安全地帯になっている」
「そうなんだ」
よく分からないが安全らしい。
「道の真ん中を歩くと神の不興を買ってしまうかもしれないから、道の端を歩く」
そう言ってスレアは洞窟の壁面側すれすれを歩いて行く。
確かに地面も端の方が苔が少なく、普段から参拝客はそのルールを厳守しているのだろう。
神社で神頼みか。
手術をする前は毎日のようにしていたので懐かしい。
そのまま参道を歩いて行くと、人の背丈程のこじんまりとした建造物が見えてきた。
祠の前にはこれまた小さな賽銭箱が置かれており、前面部に『我至也』と書かれている。
何だろう。
われ……いたる ……なり?
「これはなんて読むの?」
「あれはガシヤと読むそう。正確な発音は確か、ガチャ、だったかな。この賽銭箱に価値のあるものを入れて祈りを捧げると神から何らかの力が貰えるの」
ガチャ……?
スレアの出す指示に従い、すぐ横にあった湧き水で手と口をすすいで祠の前に立つ。
「価値のあるものを箱に投げ入れて、2回拝み、4回拍手、祈りを捧げて最後に一礼するの」
変わった作法だ。
スレアの言う通り財布から五円玉を投げ入れ、二礼四拍の後に願い事を思い浮かべて一礼した。
……
頭を上げたところで、違和感を覚える。
いつの間にか何かを握りしめていた。
「あれ?なんか折りたたまれた紙みたいなのがいつの間にか手の中に」
「開いて」
スレアに促され、捲るのも難しいくらいきっちりと畳まれた紙を開いた。
───────────────────
アルトスレヴァ
相手と自分の力量、強さを入れ替える能力。
ミナカヌシ
───────────────────
意味はよく分からないが、紙にはそれだけ記されていた。
「え、よく見せて」
そう呟きながら、スレアは出会ってから初めて驚いたような表情を作る。
「これだけしか書かれてないみたいだよ」
「普通は有効範囲や条件とかも書いてあるんだけど、これだとどんな相手でも無条件で通用してしまうことになる。それは……有り得ない……」
スレアは納得がいかないような様子で紙を隅々まで調べている。
「えっと、これってどういう意味なのか聞いても良いかな」
「取り乱してしまってごめんなさい。これは神から力を授かったという証左」
「神様から……?」
僕が反芻するとスレアはこくりと頷く。
「そう。武器やアイテム、才能、膂力、能力の内何か一つを貰うことができる。今回はミナカヌシという神から能力を貰えたみたい」
「どうやったら使えるの?」
「能力の場合、条件を満たした上で対象を思い浮かべて『アルトスレヴァ』と唱えるの」
「アルト、スレヴァ……?」
聴いたこともない単語だ。
「その単語が力の発動の鍵となっているみたいなの。故に、我々迷宮の民は神から貰った力の総称を『アルトスレヴァ』と呼んでいる」
「そうなんだ」
最早口癖となりつつある「そうなんだ」という相槌を打ちながら、頭で情報を整理していく。
「一度、私に対して使ってみて。直接的な危険性は無さそうだから」
「分かった」
スレアに試すように言われたので使ってみよう。
確か、相手を思い浮かべて──、
「『アルトスレヴァ』」
途端、身体が軽くなる。
常々感じていた胸の苦しみや呼吸のし辛さ、体中の痛みが解消され、身体に力が漲っている。
「身体が、軽い……?」
その傍ら、スレアは膝をつき苦悶の表情を浮かべている。
「ぐ……ッ!?」
「ど、どうしたの!?」
僕は慌てて苦しそうに汗を滲ませるスレアに駆け寄り、声を掛けた。
「身体中に……耐えがたき、激痛、が。呼吸も、苦し……」
まさか、逆転の能力の影響!?
僕が日頃から感じていた体の不調がそのままスレアに移ってしまったのか!?
生まれてからずっと感じていたものだったから僕は慣れてしまっていたが、スレアにとっては許容量を超えた苦しみらしい。
スレアは苦痛に耐えられず、とうとう身体を折って地面にうずくまってしまった。
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