第2話

「あの、緑の人はどうなっちゃったんですか?」


 僕の問いに対して女の子は眉を寄せて少し悩む素振りを見せる。

 まるで頭の上にはてなマークが浮いているようだ。


「緑の……?ああ、あれはゴブリンというモンスター。もしかしてダンジョンに来たばかり?」


「も、モンスター?ダンジョン?」


 漫画とかで聞いた事はあるような……。

 僕が首を傾げたのを見て、少女は知らないものと判断したようだ。


「そう。モンスターは人類に害為す怪物の総称、倒さなければならない敵。ダンジョンは今いるこの迷宮のこと」


 少女はそこで一旦言葉を区切った後、凛とした様子で続ける。


「──ここは神が宿る迷宮、通称『神宿シンジュクダンジョン』」


 しんじゅく…?

 やはりここも新宿駅の中のなのか。


 そして、緑の人は人間ではなく人に悪さをする存在らしい。

 僕の住んでいた町でも、麓まで降りて来てしまった猪などの害獣は駆除されていたし、可哀想だが命を奪うのも仕方のないことなのかもしれない。


「そうだったんだ……」


 僕が少しショックを受けているのを見てか、少女は思い出したように話題を切り替える。


「そういえば自己紹介がまだだった。私は偉大なる錬金術師様マスターによって作り出された人工生命ホムンクルス、スレア・キカナ。敬語は使わず気軽にスレアと呼んでくれていい」


 ホムンクルス?

 都会の人にしか分からない業界用語だろうか。

 田舎者だとバレないように黙っていよう。


「よろしくスレア。僕は大井鳴」


「大いなる……何?」


「大井鳴が名前だよ」


「……あっ、そうなの」


 数瞬の間を置いてスレアは僕の名前を理解したようだ。


「えっと、あなたはもしかして男の子?可愛らしい容姿だったから分からなかった」


「割と見た目通りだと思うけど……」


 スレアの唐突な疑問に僕は少しだけ悲しい気持ちで答えた。

 幼い頃から病気がちだったので家の中や病院内で過ごすことが多く、住んでいた田舎町では細くて生っ白いとよくからかわれていたのだ。



「でも丁度良かった。前衛を探していたの。私一人では厳しそうで」


「前衛?」


「そう。もし良ければ、あなたに盾を渡すからモンスターを足止めして欲しいの。その間に私が魔法で仕留めるから」


 魔法というものがよく分からないが、東京だしきっと凄いテクノロジーを使った武器とかなのだろう。

 それを使うには少し時間が必要らしく、一人だけでは発動が間に合わないらしい。


「僕で大丈夫かな」


「この辺はゴブリン位しかいない筈。ゴブリンはすばしっこいけど、力は人間の子供並みしかないから大丈夫」


「分かったよ。スレアが魔法を唱えるまで、僕が時間を稼げば良いんだね」


「そう。危険なことをお願いして申し訳ない」


 本当に困っていそうなので引き受けることにした。

 スレアから差し出された盾を受け取るが、結構重くて腕がぷるぷるしてしまう。


「あと、一応あなたが持っているその牙、使えるように加工する」


 スレアに白い大きな牙を渡すとヤスリのようなもので刃を付け、ゴブリンが残していった腰布を巻き付けて持ち手を作る。

 少し持ちやすくなった。


「ゴブリンがドロップしたこの色の付いた石は魔石と呼ばれている。モンスターを倒すと落とすから拾っておくと良い」


 ゴブリンが落とした紫色の小石を拾い上げてそう言う。


 スレアはモンスターを狩る猟師みたいな人なのだろうか。

 まさか新宿にも猟師をやる人が居るとは思っていなかった。


「まずはヤシロを探す。ヤシロで神に祈りを捧げることで、戦うための力を貰えるの」


 ヤシロ?やしろかな。

 東京の人も結構信心深いんだな。



 スレアがドーム状の空洞にあった複数の横穴の一つを選んで歩きはじめたので、僕も盾を持ちながら後ろから着いていく。

 通路は暗く、湧き水が至る所から流れており、壁は所々苔むしている。


「スレアはここで何をしていたの?」


 周囲を警戒しながら前を歩くスレアに対してふと浮かんだ疑問を投げ掛ける。


「私達ホムンクルスはマスターの為に素材集めをしている。私は一番弱いので最上層の担当だけど」


「そうなんだ」


 ダンジョンで使えそうな物を集めることが彼女の仕事らしい。


「あなたはどうして神宿ダンジョンに?」


「僕は新宿駅でちょっと迷っちゃって……」


神宿易シンジュクエキからこのダンジョンに?よくあること」


 やっぱりよくあることなのか……。


「うーん、どうすれば元いた所へ帰れるの?」


 僕の質問に対し、少女はやや困った顔をする。


「私にも分からない。ただ、このダンジョンの最下層に到達すると願い事が叶うという噂がある」


「そうなんだ」


 下に行って元の場所に帰してくださいってお願いすれば良いのかな。



 通路はまるで洞窟のようになっており、僕らの足音と水滴が落ちる音だけが響いている。

 一定の間隔で滴り落ちる雫の音が幾重にも重なり、幾何学的な音楽のようにも聴こえる。


 ランプや蛍光灯などの光源となるものが存在しないにも関わらず、洞窟内は満月が出ている日の夜のように明るい。

 よく見ると洞窟の壁自体がぼんやりと弱い光を放っている。

 流石東京だ。


 そのまま壁を眺めていると、緑色のトカゲが壁面をびっしりと覆う苔を黙々と食べている。

 苔はヒカリゴケらしく、洞窟内の僅かな明かりを浴びてうっすらと黄緑色に輝いている。


 見たことない生き物だが東京の固有種だろうか。


「あれはモスリザード。苔を食べる生き物で、モンスターではない。肉は臭みが少なくさっぱりしているが、小骨が多く可食部が少ない」


 どうやらモンスターとそうでない生き物がいるらしい。

 食べられるかどうかの話をしていたし、死んでも消えないのが普通の生き物で、死んだら消えてしまうのがモンスターということなのかも。



 洞窟のような狭い通路を抜けると、両脇を壁に挟まれた広めの空間が遠くまで断続的に繋がっている。

 空が明るかったので一瞬外に出たのかと思ったが、よく見たら天井自体が光り輝いているだけで、まだダンジョンの中らしい。


 天井を覆うヒカリゴケにより黄緑色に輝く空。

 この縦長の空間はどこまで続いているのだろう。


「ここは祈りの道。この緑の光に紛れて、岩陰や横穴とかにゴブリンが潜んでいることがあるから気を付けて」


 確かに体が緑色のゴブリンは保護色になってしまい見つけにくそうだ。



 祈りの道と呼ばれる広い空間を歩いて行く。

 時折り、とても大きな横穴が口を開けているけど、すぐ先に闇が広がっていてどこまで続いているのかは分からない。


 その横穴が湛えた暗闇に目を奪われていると、スレアの方からちりんと鈴の音が鳴った。


「気を付けて。索敵の魔道具に反応があった」


 スレアはすぐに身近な岩陰に隠れる。

 僕も真似してスレアのすぐ横に身を寄せる。


「一体だけなら倒そう。複数居たら横穴を通って迂回する」


 慎重に遠くを睨みつけながらスレアが言う。

 遠くから何かが近づいて来るのが見えた。

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