第4話

 

 苦しそうにしているスレアを前に、僕はどうすることも出来ず、ただおろおろすることしかできない。


「くッ、……『キュア』!……魔法が、使えない……?」


 スレアは『キュア』、回復魔法の初級呪文を唱えたが、発動に失敗したらしい。



 ?


 なぜ、僕はそれを知っている?


 知識は無いはずなのに、まるで長年魔法に慣れ親しんできたような感覚がある。

 逆転の能力の影響だろうか。


「『キュア』」


 詠唱は自然と口から溢れ落ちた。

 大気中のマナの流れを操り、体内のオドと混ぜ合わせて魔力を癒しの性質へと変化させる。


 魔力は光へと変わり、モンスターが果てた際に散る燐光にも似た輝きがスレアを包む。



「はあ、はあ。少しだけ呼吸が楽になった。あなた、魔法が使えたの?……いや、逆転したことで使えるようになったのね」


「だ、大丈夫?」


 スレアは未だぐったりと倒れ伏しているが、若干顔色が良くなったように思える。

 少女はなんとか息を整えながら口を開く。


「恐らく能力の解除、もしくは再逆転が出来ると思うからお願い」


 なるほど。


 僕は能力の解除を必死で念じてみる。

 解除、……解除!


 じくり、身体中に痛みが戻る。

 血管に煮えた湯を流し込まれたかのような痛みが走り、全ての臓器は有刺鉄線でぐるぐる巻きにされたように苦しい。

 うん、生まれた時から慣れ親しんだ痛みだ。


「……あなた、普通ではない。痛覚耐性スキルも無しで、どうしたらそうやって平然としていられるの?」


「普通じゃなかったのか……」


 僕は今の今まで自分は少し体が弱いだけで普通の人間だと思っていたけど、どうやら違ったらしい。

 普通の人ってこんな痛みは感じていないのか。

 というか、生まれた時からだから感覚が麻痺してしまっているだけか。


「まあ、何はともあれ、力は得た。迷宮の民が集まる拠点があるから、そちらに向かう」


「分かった」


「それにしても、まさか逆転のアルトスレヴァが状態異常や所有スキルまで入れ替えてしまうとは……このアルトスレヴァなら、かの大王鬼神だいおうきしんすらも倒せるかも……」



 今、なんて言った……?


 それは聴き覚えのある名前だった。



 だ、

 ダイオキシン……!?



 あのプラスチックを低温で燃やした時に出るという……?

 やっぱり都会って空気が良くないのかな。


 そんなことを考えながら、歩き始めたスレアの後ろをついて行く。



 ◇ ◇ ◇



 社を出て、再び祈りの道を進む。


「無事にアルトスレヴァを貰えたから、モンスターも3体ぐらいなら戦っていこうと思う」


「大丈夫かな?」


 正直まだアルトスレヴァというものがピンと来ていない。


「あなたのアルトスレヴァは私が知り得る限りでもかなり強い能力。なので恐らく大丈夫」


「君がそう言うのなら」


 スレアが言うのなら、きっと大丈夫だろう。

 間を置かず、ちりんと鈴の音が鳴る。

 モンスターの接近を報せるあの鈴だ。


 スレアと僕は壁面の窪みに身を隠しながら遠くを見遣る。

 かなり距離が有る為、豆粒程に縮小されたゴブリンが3体見える。


 ちらりとスレアの顔を窺うと、こくりと頷いた。

 戦いを挑むようだ。


「モンスターが魔法の射程範囲に入ったら合図をするから、アルトスレヴァの発動をお願い」


「わかった」


 じっと合図を待ちながら、スレアの横顔を眺める。

 ダンジョン暮らしが長いのか肌も髪も色素が薄く、透き通るように綺麗だ。

 彼女は今、魔力を杖の先に集めながら真剣な表情でモンスターとの間合いを測っている。


「発動をお願い」


 目算おおよそ300メートル程までゴブリンが接近したところで合図があった。


「……アルトスレヴァ!」


 一番恰幅が良い強そうな個体を意識し、能力を発動させる。

 体中の痛みが煙のように消えて力が漲る。

 同時に、指定したゴブリンは突然前のめりに倒れた。


「成功したみたい」


「本当にこの距離からでも……!いえ、今は集中。『スパイラル・アクアランス』」


 スレアは驚きながらも杖を突き出して魔法を行使する。

 空気中にぼこぼこと水が発生したかと思うと槍のような形が作られ、水飛沫をあげながら勢いよく射出された。

 通り過ぎた軌道上に渦のような残滓を残しながら、高速回転する水の槍は速度を落とさずに突き進む。


 水の槍は瞬く間に標的まで到達すると、倒れ伏して動けないゴブリン一体に対して周囲の岩肌を豪快に抉り飛ばしながら着弾した。

 途端に僕の体に痛みが戻る。


「あなたのアルトスレヴァはどうなった?」


「解除されたみたい」


「なるほど、対象が死亡すると自動で解除されるタイプの能力みたい。また再度発動をお願い」


 僕の能力を分析しながら、スレアがまた指示を出す。

 突然の出来事に呆然と突っ立っていたゴブリンを対象に、再び能力を行使する。


「アルトスレヴァ……ッ!」


 能力の対象になったゴブリンが崩れ落ちるように倒れ込む。


「その状態で別のゴブリンにアルトスレヴァを使用するとどうなる?」


 スレアが魔法を放つ準備をしながら、そんなことを聞いてきてた。

 能力を発動済みの時に新しい対象に対して能力を使うとどうなるか、ということだろうか。

 どうしてそんなことをするのかはわからないけど、物は試しだ。


「アルトスレヴァ」


 苦しそうに倒れる仲間とこちら側を交互に見ておろおろしていた無事な方のゴブリンを指定し、能力を発動する。

 途端、そのゴブリンは呻き声をあげながらぱたりと倒れ、入れ替わりに先に倒れていたゴブリンが起き上がった。


「なるほど。能力の使用中に別の対象に使用すると、能力が解除されて新たな対象と入れ替わる、と。『アクアカッター』!」


 スレアが魔法を解き放つ。

 レーザービームのように放射された流水が、倒れるゴブリンと立ち上がったばかりのゴブリンを襲う。


「ギ……ッ」


 両方のゴブリン共に体勢が悪く、回避行動も取れずにまともに魔法を受ける。

 短い断末魔を伴い、2体のゴブリンは光の粒子となって消え去った。



 ◇ ◇ ◇



 ゴブリンがドロップした魔石を回収後、キョロキョロと周囲を軽く見渡してスレアは横穴の一つに入っていく。

 僕もそれに続いてぽっかり空いた横穴に入る。


 スレアは少し僕へと身を寄せると、声のトーンを落として話し掛けてきた。


「あなたのアルトスレヴァは強力無比なものだけど、弱点も存在するので説明しておく」


「うん」


 スレアは一呼吸置いて、説明を始める。


「まず、対多数の戦い。例えば、レベル10の相手が三体いたとして、あなたのレベルが1だったと仮定。能力で強さを入れ替えても相手はレベル10と10と1。それに対してあなただけならレベル10が一人」


 能力の効果は相手1人だけに有効なのでそうなる。

 そうなってしまったら確かに勝つのは難しいかもしれない。

 スレアは人差し指を立てながら説明を続けていく。


「こういった場合を想定して、仲間を集めた方がいい。あと、あなたがレベルを上げると逆に相手の戦力が増えてしまうから、しばくらくはレベル上げを控えた方がいい可能性がある」


 ところでレベルって何だろう。

 でも心なしか嬉しそうに説明するスレアの話の腰を折るのは何だか申し訳ないので、頷きながら静かに聴いておく。

 スレアは説明したがりなのかもしれない。


「あとは能力を発動する前に阻害されてしまうパターン。潜伏しているモンスターからの不意打ち、もしくは相手が素早すぎて能力を発動する隙すら無い場合。そういうことに備えて索敵が得意なメンバーや敏捷性が高いメンバーが必要になる」


「能力を発動出来ないほど速いモンスターなんて存在するの……?」


「参考までに現在の最深到達層は第40層なのだけれど、そこに出現する一部のモンスターは音よりも速く動くと聞き及んでいる」


 僕の素朴な疑問に対して、スレアが人差し指を顎部に添えながら教えてくれた。


「そんなに」


「あとはかなりレアケースだけど、能力の無効化能力を持つモンスターや人間と戦うこともあるかもしれない。本当にごく稀なことだからあまり考えなくていい」


 それで話は終わりなのか、スレアは装備を軽く確認して再び出発するようだ。

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