第5話

 


 出発してしばらくして、なんだか白くて丸っこいものが視界の端を横切った。


 目を凝らすと、艶のある白い半球状の昆虫が僕らの行先へ向かって素早く走り去って行くのが見えた。



「……あれは掃除虫スイーパー。生物の死体を食する習性があり、血の匂いに敏感に反応する。故に掃除虫の向かう先には行かない方が賢明。道を変える」


 スレアがそう説明してくれた。

 あのボールを半分こにしたような虫が行く先には危険が潜んでいるそうだ。


 歩いていた祈りの道の壁から適当な横穴に目星をつけ、その中へ進んでいく。


「よく道を覚えていられるね」


「迷宮の民は通路が何処に繋がっているかを明確にする為、出入り口の横に行先を記しておく習慣がある。今度よく見ておくといい」


 入り口のところに書いてあったのか。

 そんなことを思いながら、先ほどまでの緑色の光とは打って変わった薄暗くて狭い通路を屈みながら歩いていく。


 ぽつぽつと点在している光るキノコのおかげで、なんとか転ばずに進めている。

 暗がりの中で輝くキノコの光はなんだか少し神秘的に思えた。


 やがて通路は大きな別の洞窟へとぶつかったので、そのまま洞窟内を進んでいく。

 かがんで歩くのは大変だったので、背を伸ばせるだけの高さがあることにほっとする。



 ふと、後ろの方で足音のようなものが聞こえた。

 少し前を歩くスレアが何も反応していないということは、少なくともモンスターではないのだろう。


 何気なく振り返ってみたものの、背後には何も居なかった。

 もしかしたら岩場のどこかに隠れているのかもしれないけど。


「何もいない……?」


「にゃーん」


 猫の鳴き声が聴こえたので、多分猫だろう。


「なんだねこか」


 僕が何気なくそう呟くと、スレアがはっとして振り返る。


「今、ナンダネコと言った……!?」


「うん」


「『スパイラル・アクアランス』!」


 即座にスレアは魔法を唱え、手近な岩を攻撃する。

 スレアの魔法が岩肌を豪快に削り飛ばすと同時に、別の岩陰から手足が沢山ついた黒くて大きなぶよぶよの物体が飛び出した。


「にゃん……」


 大きな黒い生き物は猫のような声で鳴くと、一目散に逃げ出して行く。


「なにあれ」


「あれはナンダネコという生物。他の生き物を背後から襲って食べてしまうのだけど、気付かれそうになると猫の声真似で誤魔化そうとする。攻撃されるとすぐに逃げる慎重な性格をしている」


「こわい」


「モンスターではないから私が持つ索敵の鈴にも引っかからない。浅層において初心者ビギナーが最も警戒すべき相手」


 意識の外から攻撃されてしまうのは確かに恐ろしい。

 いかに強力な能力アルトスレヴァといえども、発動出来なければ意味がないのだから。


 改めて索敵が得意な仲間を探すことの重要性を思い知った。



 気を取り直して、目的地である迷宮の民が集まるという拠点を目指す。


 そのまま歩みを進めていくと水のせせらぐ大きな空洞へとぶつかり、他のいくつもの通路がこの大空洞へと収束していくのが分かる。

 中央に川のような水が流れるこの縦に長い大空洞は、ダンジョンという場所においてのメインストリート的な役割を果たしているのだろう。



 ちりん。

 スレアの鈴が鳴る。


 この大空洞の見通しは良いものの、モンスターの姿はどこにも認められない。


「モンスターが隠れているのかもしれない。慎重に進む」


「わかった」


 冷たいながらも湿気を孕んだ空気を肺へと送り、静かに呼吸を整える。



「反応があったのはこの辺り。気を付けて」


 スレアの忠告を受け、少しでも目立たぬように身を低く構える。

 辺りを見回すと壁面にいくつかモンスターが身を隠せそうな横穴が散見される。


 恐らくはあのいずれかの穴に身を潜めているのだろう。

 岩陰に身を隠しながら、スレアは体を近づけて話しかけてくる。


「……背後から襲われると厄介だから倒しておきたい。別の場所で私が姿を見せて囮になっておびき寄せるから、あなたはここから攻撃して」


「攻撃ってアルトスレヴァくらいしか無いけど……」


「敵に使っても横穴に隠れられてしまうかもしれないから、私に使って強さを入れ替える。そして私の魔法を使って狙撃して欲しい」


 なるほど。

 スレアが敵を引き付けて、僕がスレアの魔法を使うのか。


「わかった。気を付けてね」


 こくりとスレアは頷いて離れていく。



 少し離れた岩の上に立った少女は、どうやって敵の注意を引きつけるかを少し悩んだ末、静かに歌い始めた。

 よく通る綺麗な声が洞窟内で幾重にも木霊し、得もいえぬ幻想的な雰囲気を生み出している。



 あれ……?

 この歌……、僕の父さんが作った「星は天を灼く」っていう曲だ……。

 家の押入れの片隅にあったCDでしか知らないけれど、父さんは昔Mirageミラージュ Mirrorミラーという名前のバンドのメンバーだったと聞いている。

 あまり有名なバンドではないはずなのに、知っている人がいるなんてびっくりだ。


 危うく聞き惚れそうになっていたが、標的のゴブリンが横穴からちらりと顔を覗かせたことで目的を思い出す。


「アルトスレヴァ」


 スレアと僕の強さを入れ替える。

 そして間を置かず即座に魔法を組み上げる。


 魔力伝導率10.2に設定。

 体内のオドを用いて空気中の水の魔素マナと共鳴させる。

 魔力収束完了。

 空気中の魔素が寄り集まり、水の槍を形成する。

 大気中のマナの揺らぎ、規定内。

 軌道設定、修正。


「『スパイラル・アクアランス』」


 不思議な感覚だ。

 知識は無いというのに、体がするりと魔法を行使する。


 スレアの歌が止まったことで、ゴブリンは慌てて穴の中に戻ろうとするがもう遅い。

 回転する水の槍はゴブリンが潜む穴目掛けて一直線に飛翔し、岩肌を勢いよく削り飛ばしながら標的に直撃した。


 どうやら上手くいったようだ。


「えっと、解除。っと」


 能力を解除してすぐにスレアの元へと駆け寄る。

 青みがかかった銀色の髪の少女はぐったりと倒れ込んでいたが、何とか上体を起こした。


「あなたの能力は何度受けても慣れない。目的地はもうすぐだけど、少し休憩する」


 表情が変わらないので分かりにくいが、スレアにも疲労の色が見えた。

 主に僕の能力のせいだろうけど。


 スレアに手を貸して立ち上がるのを手伝い、横穴の一つまで肩を貸して歩いた。

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