第3話 事実は小説より奇なり

 「第41回若手小説家アワード、恋愛小説部門 特別賞を受賞した作品は…」


 薄暗い中に人口的な光が入り混じるパーティー会場の中で、陽介はひとりその時を待っていた。陽介が書いた恋愛小説【ラブストーリーはあなたの中に】は、大ヒットを記録し、若手小説家の有望株として、若手小説家アワードに呼ばれたのだ。自身の体験をもとにしたこの作品は、恋愛小説としての王道をついてはいるが、リアリティにあふれ、読者を引き込ませる魅力が詰まっていた。


 「早川陽介様の作品【ラブストーリはあなたの中に】です」


 陽介はホッとした気持ちでいた。大賞こそ無理だったものの、特別賞という形で賞を受賞できたことは、多大なる名誉であった。

 その夜、陽介は事務所の編集長であり、この小説の編集を担当した山上に電話をした。


 「ようちゃん~ 改めて特別賞の受賞と小説の大ヒットおめでとう」山上は自分のことのように喜んだ。

 「いえいえ、山上さんの編集のおかげです」

 「そんなに謙遜しなくたっていいのに~ それより、苦手だった恋愛小説、どうして書けたんだ?」山上は、さも不思議そうな様子で聞いてきた。

 「実は…」


 陽介は電話越しに、五十嵐からヒントをもらったこと、自身の体験を元にしたことなどすべてを打ち明けた。


 「なるほど、そうだったのか」

 「はい、五十嵐さんには感謝の気持ちでいっぱいです」

 「そうだな、五十嵐には感謝しないとな。あいつはほんとに面倒見がいいやつだ。今度一度、挨拶に行って来い」


 陽介は当然行くつもりでいた。今回の成功は、五十嵐の一言によって生まれたようなものであった。その五十嵐は、過去に若手小説家アワードで大賞を三度受賞し、世間を驚かせた。彼のアドバイスを望む若手小説家は多く、一番仲の良かった陽介は恵まれた存在であった。

 次の日、陽介は五十嵐のもとを訪ねた。


 「よっ早川、小説の成功おめでとう!」五十嵐は、満面の笑みで出迎えた。

 「それより、今日はどうしたんだ?」

 「あの、小説の件で、五十嵐さんにお礼を言おうと…」陽介は少し照れくさそうにうつむき加減で言った。

 「そんなこと気にしなくていいのに~ 小説が成功したのは早川の実力なんだからさ。まあ、せっかく来てくれたことだし、ちょっと上がっていきなよ」


 陽介は、五十嵐の家へと上がった。五十嵐の家は東京の下町にあり、簡素な造りの木造アパートでとても豪華と言えるものではなかった。五十嵐は小説の成功で大金を稼いでいるのだが、自分の成功を他者に見せびらかすような行為をひどく嫌っていたため、そのようなところに住んでいた。また小説家としても、大きくて広い場所で執筆するより、狭くて落ち着く場所で執筆した方がいいと考えていた。そんな五十嵐に陽介は、ただの師弟関係にはとどまらない、大きな尊敬の念を抱いていた。

 二人は近況を報告し合うと、話題は陽介の恋愛小説【ラブストーリーはあなたの中に】に移った。


 「改めて、小説の大ヒットと特別賞の受賞おめでとう!」

 「ありがとうございます! 本当に五十嵐さんのアドバイスのおかげです」

 「いやいや、あのアドバイス、俺も昔他の人からもらったんだ」五十嵐は、照れくさそうに言った。

 「そうだったんですか! ちなみにどなたからもらったんですか?」陽介は興味津々な様子で聞いた。

 「俺の祖父だよ。もう亡くなったけどさ… 有名な小説家だったんだよね。俺はおじいちゃんに憧れて、小説家になったんだ」五十嵐は、懐かしむ表情を見せていた。

 「そうだったんですね、今度おじいさまの小説読んでみたいです。作家名はなんですか?」

 「きっと、お前も知ってるよ。名前は…」


 その名前を聞いて陽介は腰を抜かした。自分が知っているどころか、日本中誰でも知っている小説家の名前だったのだ。改めて、五十嵐のすごさを知り、陽介は呆然自失の状態になった。


 「それより、小説読んでみたけどさ、あれは実体験なわけだろ? その小説に出てくる明美ちゃんて子は、今もお前と一緒にいるのか?」今度は、五十嵐が興味津々な様子で聞いてきた。

 「明美… 本名、吉田里美は、高校卒業以来会っていません。今はどこで何をしているのか…」陽介はうなだれながら言った。

 「実は小説のラストはハッピーエンドになるように書き換えたんです」


 陽介はすべてを打ち明けた。自分と里美との過去の恋愛について、そして今でも里美を大切に思っていることなど。陽介にとっては、終わった恋愛ではなく、今でも現在進行形の恋愛であり、どうすることもできないもどかしさが彼を苦しめていた。

 そんな陽介の気持ちを察してか五十嵐が唐突に言った。



 「事実は小説より奇なり、お前は事実を小説に書き換えて成功した。今度は小説を事実に書き換える番だろ」



 陽介は唖然とした。そして自分の臆病さをひどく呪った。


 「それは、今からでも大丈夫ということですか?」

 「大丈夫かどうかはわからない… けど、このまま何もしなかったら、後悔するだけだぞ。小説の主人公は、自分でどうにかして幸せをつかんだ。その作者であるお前がそれをできなくてどうする?」陽介はハッとした。


 その夜、陽介はひとりスマホを前に悩んでいた。友人から聞いた里美の連絡先をどうするか否か。陽介は再び、高校時代へと思いを馳せていた。


 

 「陽介ってホント臆病だよね。いざって時、ビビッて行動できないんだから」

 里美はおどけた笑みですべてを見透かしたように言った。

 「うるせーよ。俺だっていざとなったら行動の一つや二つ余裕だし」

 陽介は図星であったことを隠そうと必死に反論した。里美は昔から洞察力が高く、人の本質を瞬時に見抜くことが得意であった。そんな里美に一泡吹かせようと思っていたが、結局何もできず高校を卒業してしまった。



 (あの時の俺は何もできなかった、けど今の俺は違う… 里美、バトル!)


 陽介は、里美の電話番号を開いた。彼は大きく深呼吸し、その番号にかけるのであった。

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小説家の恋愛事情 半澤 溜吾郎 @sarukaeru

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