第2話 青春時代へタイムスリップ

 一之瀬高校は有名な私立の進学校で、在籍している生徒の人数も多く、県内の子供たちの憧れであった。開校したのは70年代、当時としては珍しく制服がブレザーで、多くのマスコミから注目を浴びた。今でこそ、県内トップクラスの学校で入学することが難しいが、当時は、制服目当てで入学してくる生徒が多くいた。そんな学校に陽介と里美は入学したのだった。

 一年生の一学期こそ、お互い友達を作るのに忙しく疎遠になっていたが、二学期からは中学時代と変わらぬ様子で話し始めた。


 「陽介! この間の中間テストどうだった?」


 里美は自信ありげな表情で、上目づかいに聞いた。


 「どうだったて、どの教科だよ?」

 「えっと~ じゃあ現代文!」

 「100点」

 「ウソでしょ?」


 里美はよほど自信があったのか、目が落ちそうなくらいビックリした表情で言った。陽介にとって現代文は、もっとも得意な科目で、誰にも負ける自信がなかった。


 「じゃあ、数学は?」

 「…」


 陽介は一目散にその場から逃げだした。彼の点数は、とても人に言えるものではなく、散々なものだった。


 「あっ、コラッ、逃げるな~」

 (あんな点数、里美には見せらんねーよ。馬鹿にされちまうぜ)

 (次の期末はもっと勉強しないとだな)陽介は全力で廊下をかけながら決意した。


 吉田 里美は、陽介の幼馴染で性格は明朗快活、いつも髪型をショートカットにしている女の子だ。小学校の頃からテストの点数や50メートル走のタイムなどを競い合い、いつも張り合っていた。そんな彼らを周りは冷やかすこともなく、ただ仲の良いバカな二人だと認識していた。中学に上がると男女差が出始めたので、スポーツで張り合うことは少なくなった。しかしそれでも勉強では互角の勝負をし、お互い一歩も引くことなく中学3年の受験期を迎えていた。


 「お前どこの高校にするの?」

 「私は、大橋高校かな~ Aランクの」

 「そっかそっか」陽介はにやりと笑みを浮かべた。

 「あんたはどこにすんのよ?」

 「俺は一之瀬高校にするよ~ エ、ス、ランクの! ギャハハハハハハ」


 陽介は不気味な笑い方をしながら、さも勝ち誇ったかのように言った。


 「あんたSランクの一之瀬高校にするの~? ずるい! 私も一之瀬高校にする!」

 「せいぜいがんばれよ! ワ、ト、ソ、ン、くん」

 「でたよ、陽介のホームズ気取り。あんたなんか推理小説ばっか読んでるだけで、全然ホームズなんかじゃないんだから!」


 結局、二人は負けまいと猛勉強し、そろって一之瀬高校へ入学することになったのだった。

 高校も二年生になると、お互いの部活動が忙しくなり始め、少しずつ疎遠になっていった。たまに一緒に帰っても、昔のように張り合うことがなくなり、里美は少し寂しい気持ちになった。


 「あんたってさ部活始めてからなんか変わったよね」


 里美はさびしい気持ちをばれまいと、陽介の顔を見ずにうつむき加減で言った。


 「あったりめーだろ、俺はおまえと違ってもう大人なんだ。昔みたいにガキみてーなことはしねーよ」

 「何よそれ、人を子ども扱いして、ほんとはまだまだガキのくせに~」里美は、顔を紅潮させながら言った。

 「俺はもう大人だ!」

 「ふーん、じゃあ彼女の一人や二人ぐらいはいるんだね?」里美は意地悪な表情で言った。

 「んなもんいねーよ! そういうお前こそ、どうなんだよ?」

 「そんなのいるわけないでしょ! けど必ずあんたなんかよりいい男と付き合うんだから!」

 「俺だって、おまえみたいなちんちくりんよりもはるかにかわいいグラマーな美女と付き合ってやるぜ!」


 『じゃあバトル!』


 二人は合わせたかのように同時に言った。昔から競い合う時は、必ずこの言葉を言うのだが、毎回二人同時に言うので、少々気恥ずかしさを感じていた。


 「負けたら罰ゲームで一発芸な」

 「オッケイ! 絶対負けないんだから」


 こうして2人の“バトル”が始まったのだった。

 陽介はまず、学校一のマドンナである高原琴音に目を付けた。高原は、高校に通いながらモデル業もやっていて、抜群のスタイルを持ち、男子生徒の憧れであった。


 (高原さんかわいいな~ 口説き落とすにはどうすればいいんだろう)


 陽介は高原を遠くから見つめていた。

 陽介はまず、高原と友達になる作戦を考えた。作戦はいたってシンプルで、毎朝同じ駐輪場に自転車を止め、ある程度会う回数を増やしたところで、話しかけるといったものである。そして、最終的にあわよくば、連絡先を聞くといったものだ。

 彼は、次の日から実践した。それまでよりも登校時間を早め、あたかも偶然を装ったかのようにして高原に会えるようにした。里美には事情は詳しく説明しなかったが、陽介の行動になんとなく気が付いている様子だった。


 (陽介のやつ…)


 一方、里美の方は、行動に移している様子はなかった。陽介はそんな里美のことをどうせモテるからそうしているのだろうと気にも留めなかった。

 一ヶ月が経ち、陽介は高原と仲良くなっていた。そして、そのことを里美に自慢げに語った。


 「よっ! おまえ最近どうよ?」

 「どうよってなにがよ?」

 「恋人バトルさ! 俺は、学校一のマドンナである、高原さんといい感じだよ」

 「そっか… よかったね」里美はどこか儚げで悲しそうな様子だった。

 「それより、仲良くなったんだったら告白しないの?」

 「… す、するよ、するに決まってんだろ」


 陽介は自分でもわからない感情に襲われていた。高原のことは好きなはずなのに、告白するとなると、なぜか億劫になってしまう。今の二人の関係であれば、告白すれば間違いなく成功するのだが、なぜかやる気が起きなかった。

 その数週間後、陽介にとって重大な事件が起きた。なんと里美が告白されたのだ。相手は、学校一のパーフェクトボーイである菅原で、女子生徒からの人気はもちろん、人柄の良さから男子生徒の人気も高い。そんな男に里美が告白されたことを知り、陽介はいてもたってもいられなくなった。


 「おい里美! おまえ菅原先輩から告白されたんだって?」

 「なんだ知ってたんだ… そうだよ、私、菅原先輩から告白された…」


 里美は冷静な態度で、周りに人がいないか気にする様子で言った。


 「そっか… バトル、俺の負けだな… おまえはやっぱすごいよ」

 「バトル? あんたまだ負けてないけど…」

 「えっ、だっておまえ、菅原先輩と付き合うんだろ?」

 「付き合わないよ…」


 陽介は驚きを隠せなかった。菅原の告白を断る理由など彼には想像できず、一体何があったのかよくわからない状態であった。陽介があっけにとられて、思考を巡らせていると、里美が恥ずかしそうな表情で陽介を見つめ、静かに口を開いた。



 「だって私… あんたよりいい男じゃなきゃ付き合わないもん」



 里美にとってその言葉は、告白ともとれるもので、陽介に自分の気持ちを気づかせるための思いでもあった。里美は、小学生のころからずっと陽介に思いを寄せていて、いつも一緒にいることに喜びを感じていた。しかし、実際のところは、恥ずかしさのあまり、男勝りな態度で、陽介に接してしまうのが常であった。そんな気持ちを知ってか知らずか陽介は、顔を紅潮させながらその場を立ち去ってしまった。

 それからというもの、高校生活で里美と絡むことはほとんどなくなってしまった。会ってもお互い軽く挨拶するだけで、以前のようにバトルすることはもうなかった。陽介はその一件以来、里美を強く意識してしまい、まともに話すことができなくなってしまった。初めて自分の気持ちに気づき、どうしようもない感情にさいなまれ、恋をすることの苦しさを味わっていたのだ。

 それから一年数ヶ月が経ち、高校の卒業を迎えた。結局、陽介は高原とその後疎遠になっていき、里美ともほとんど会話をすることなく高校を卒業した。卒業後は東京にある作家の専門学校へ入学し、夢に向かって邁進した。里美は地元に残り、地元の大学へと進学したのだった。

 陽介は意識のタイムトラベルを終え、現在へと戻ってきた。彼は、あの時素直になれなかったことを悔み続けていた。自分の人生の中で唯一好きだった人に告白することもできず、ただ、何をすることもできなかったからだ。自分にとって、里美の存在があまりも大きかったことに今更になって気づき、青春の戻らない時間がいかに大切か、彼は胸に刻み込まれたのだった。


 (俺はなんてガキだったんだろう… もう戻らないあの時間か…)


 彼は、後悔を胸に秘め、デスクへと向かい、ペンを手に取ったのだった。

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