It's my stile, it's my duty.

兎坂

第1話 Payback time

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 包み込むように握りしめた掌から温もりが抜けていくのはひどく不愉快な感触だった。掬い上げた砂金が努力もむなしく隙間から零れ落ちていくような腹立たしさ。


 それが、伊月圭一が身を以て認識した、初めての個人の死だった。


 悪い夢ねと、女がいう。圭一はそれに頷いて、そしてそれが終りだった。


 そこから続く言葉はなく、彼女はそこから先のすべてを失っている。もうなにも見ることはなく、もう何かを知ることはない。ほんの一週間前に訪れ、またいつか行きたいと笑っていたディズニーの喧噪に身を置くこともかなわない。


「ああ、悪い夢だ。出来の悪い悪夢だ」




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 大勢を殺した。


 おおむね、銃火器で。たまにナイフであったり、爆薬であったり、ときたま素手で殺す。


 大勢の死を看取った。


 母が死に、引き取ってくれた祖父母が死に、そして友人が、同僚が死んだ。


 彼の仕事は銃を手にすることだ。重い背嚢を背負い、迷彩服を身にまとい、ひんやりとした銃を手にして働く。伊月圭一一等陸尉という肩書はその証明であり、陸上自衛隊という組織の中でも選び抜かれた精鋭の証を得、所属すら名乗れない部隊に入ってからは、特に彼の仕事は銃を持ち、それを用いることとなった。


 言い換えれば、彼の仕事は殺すことだ。


 あるとき、公表のないまま稼働していた試験部隊の洋上演習中、不意に遭遇した不審船への緊急の臨検で両手指よりも多くを殺した。


 彼の仕事が殺すことに傾いていったのはそこからだ。


 洋上での大立ち回り。隠ぺいされかけたその臭いをかぎ分けたメディアが関係者にたかり始めるのをよそに、ほとぼり冷ましのために米軍の元での研修に送り出され、アメリカが世界に誇る特殊作戦部隊とともに多くを見、学び、そして実践してから。


 彼の仕事は殺すことだ。


 現代日本という不戦の国の、戦えない軍隊である自衛隊。その中において人に知られることなく、その不戦の平和を維持するために、殺す。たとえばそれは大量の武器を持ち込む業者であったり、隣国がそれとなく紛れ込ませる工作員であったり、過激な宗教に傾倒しつつある自失者であったり。






 大勢を殺し、その死体を間近に見聞した。


 大勢を看取り、その遺体の隣で頭を垂れた。


 それでも、人の死を自分の腕の中に感じるのは初めてだ。背筋が震えるほどの怖気、掬う傍から零れ落ち、何もかもが抜けていくことへの怒りと寒々しさ。


 まだ記憶に新しい、冷たくなった細い指先の感触を最後に、意識が浮かび上がる。


「悪い夢だ、本当に、何もかも」


 薄らと目を開け、溜息を一つ。フロントウィンドウの向こうで橙色の夜光灯があっという間に迫り、そして背後に流れすぎる。リクライニングさせた助手席に沈み込んだ背中と尻が鈍く痛んだが、身じろぎをする気すら起きなかった。


 夢の終わりはときに痛みすらもたらす。ここ最近学んだことだ。


「何か言ったか」


 隣に座った男がハンドルを握り前を向いたまま言った。圭一は視線をそちらに向け、自分と同年代の男――桐島雪緒の気だるげな表情を見遣り、少ししてからリクライニングを解除する。


「悪夢ってのは理不尽だなと思っただけだ」

「悪夢に限るか。全部だ、夢のすべてが理不尽だ、そこに理屈はない」


 まったくだなと笑って、圭一はジャケットの胸をまさぐって煙草をひっつかんだ。アークロイアルのアップルミント。喫煙を始めたのはごく最近のことだ。まだ煙もその味も身体にはなじんでいないが、何よりもそれがもたらす奇妙な充足が必要だった。


 一本銜えて火を点ける。まだその動作も慣れ切らない。ゆっくりと、手に握っていたはずの温もりが失せた冷たさを感じながらジッポライターを点火する。穂先に火が灯る。視界の中で赤熱し、そして灰になっていく煙草を見つめつつ、圭一はジッポの蓋を閉じず燃えるままにさせた。


 じんわりと熱がまわり、手のひらが熱くなる。不愉快な感覚を熱が埋め尽くし、神経がひりつくまでジッポの炎を見つめてから蓋を閉じた。ジッポを握りしめる。ひどく熱いそれをしっかりと握ったまま、左手で煙草を灰皿に持っていて灰を落とす。


「理不尽は嫌いだよ。腹が立つ。抗えないからな」


 圭一は言った。車内に満ちたタバコの臭いを嗅ぎ、口の中が渋くなるのを舌先で楽しみつつ、ウィンドウに肘をついて横を見る。夜の道路は空いていた。高速を降り、下道に入って少し経つが、がらんとした通りはひっそりと静まり返っている。


「俺達の商売はその理不尽だぞ」


 桐島が鼻を鳴らした。圭一は肩をすくめて頷く。


「それもまた腹立たしいところだ。だがどうしようもない。そうじゃない道は今更探したってわからない」

「この道以外に選べるような生き方だったなら。あるいは、そこまで利口な人間だったなら、ここにはいない」


 まったくだな、と。再びそう笑ってタバコを灰皿に押し付ける。握りしめたジッポは熱を失いつつあったが、再び点火する気にはならなかった。車が十字路の交差点にたどり着き、赤信号で減速する。


 ラジオもなく、会話も途絶えた車内の沈黙をよそに、目の前を工事施工業者のトラックが横切って行くのを見つめ、煙の後味を探すように舌で歯の裏をなぞりつつ、圭一はウィンドウを少しだけ開けた。


「酔ったか?」

「バカ言えよ」桐島の問いに笑って「煙の匂いにまだ慣れない」

「健康的だな。慣れる前にやめちまえ」


 からからと笑って桐島が運転席側のウィンドウも開ける。青信号に促されるようにゆっくりと車体が前進を始め、流れ込んできた風の、雨の匂いを孕んだ生ぬるさに目を細めた。


 雨の匂いは嫌いではない。ただ苦手にはなった。死んでいく女を看取る間、雨に晒されていたせいだろう。梅雨時のひどい大降りを、芯まで冷えきる程に味わったからだ。


 目を閉じて鼻で息を吸う。悪い夢ねと笑った女の胸からにじむ血が命とともに雨で洗い流されていく。軽くなる身体を抱きかかえ、自身もまた雨によって熱量を失っていく。為す術はなく、避けようもない。あるのは理不尽だけだ。


「そろそろつくぞ」

「いつでもやれる。大丈夫だ」


 言いながら圭一は路上の看板を見た。地名を探し、住所を見つける。目的地はたしかにすぐそこに近づいているようだった。潮の匂いが雨の匂いに混じり始めている。車内に漂っていた甘い煙草の香りがそれに一掃され圭一は目を細めた。実家の直ぐ側が海だったことを思い出したからだ。


 感傷的になっているなと思いながら、通りをそれた車が海に近づき、港とそれに隣接する倉庫街の方へと向かう。完全にぬるくなったジッポをポケットに戻し、ウィンドウを閉じると、圭一は羽織っていたジャケットを脱いで座席をリクライニングし、後部座席からナイロンの黒いベストを引っ張りだす。


「モノは確かだろうな、雪緒」

「大丈夫だ、未使用新品、横流しなだけでな」


 なめらかな手触りのソレの下部にあるベルクロを開け中に収まっているソフトアーマーを確かめる。疑うわけではないが命をあずけるものだけに、しっかりと確認してから身につけた。拳銃弾までなら防いでくれるソフトアーマーは体にしっかりと密着し、その上からジャケットを羽織ると、外目には何を着ているのかわからなくなる。


 ライトを消した車がどんどん居住区を離れ、昼間でも人が多いとはいい難い地域に近づいていく。その間にソフトアーマーの微調整をし、体に馴染むことを確かめてから圭一は尋ねた。


「銃は」

「ダッシュボードの中。弾倉は2本」

「口径は」ダッシュボードを開け、タオルにくるまれている荷物を取り出し、「でかいな」

「.45だ。ダブルカラム、バレルはどっかの物好きがサプレッサ対応にしたらしい」


 圭一はタオルの中から現れたものを手にし、外から差し込むかすかな明かりにソレをかざした。黒く反射の少ないつや消しのスライドは1911シリーズであることを伺わせるデザインだが、グリップがかなり太い。本来1911はシングルカラムであり、装弾数は多くない。


 だがこれのグリップは通常のものよりも倍近く太いように感じられた。


「KimberのBP TenⅡなんぞ、密輸で回ってくるものなんだな」

「いまどきAR15だって入ってくる。その気になれば機関銃だって」


 たいしたもんだと感心半分呆れ半分でため息をつきつつ、銃と一緒にくるまれていた筒を手にする。どこのものだかわからないように刻印が削られたサプレッサーだ。それをネジ切りの分だけ延長された銃口にあてがい、ねじ込んで固定する。そのあとスライドを引いて動作を確かめ、二度三度と空撃ちをしてから、グリップに弾倉を押し込む。薬室にはまだ装填しない。


「ついたぞ」

「少し待ってくれ」


 車が倉庫街のはずれに止まった。圭一は身をかがめ、左のスラックスをまくると、足首に巻きつけてあったアンクレットホルスターから小さなリボルバーを引き抜く。S&WのM360PD、5発の38口径を装填できる隠匿携行向けの拳銃で、シリンダーをスイングし、しっかりと+Pのジャケッテドホローポイントが装填されていることを確かめた。


「普段使いがそのちっこい回転式で十分なのか?」

「オートマチックは家においてきた。さて、俺は行く」


 M360PDをホルスターに納めドアを開ける。かすかに波の音が聞こえた。途端に、どういうわけか煙草を吸いたくなったがため息をついてそれをこらえた。深呼吸をして、BP TENⅡを脇に挟む。それからドアを閉める前に車内を覗き込んだ。


「雪緒、おまえんとこのあの若い娘、巴ちゃんだったか。大丈夫か」

「大丈夫ではない。が、命に別条はない。ただ取り乱してる。それだけだ」


 差し込む街灯の影になって桐島の横顔は伺えなかった。声音は先程より幾分低くなっているが。彼が懇意にしている“その道”の一家が押し込みをくらい、当主が殺されて娘が暴行を受けてから一ヶ月が経っている。そのことを圭一が知ったのはニュースを介してであり、まだ女が生きていた頃の話だ。


「これが終わればすぐに戻って、また俺がお守りをするだけだ。俺は俺の“報復”はした、お前もお前のお礼参りを終えてこい」

「わかった。俺の帰りは待たないでいい、自分で帰る」

「足は」

「ない。どこかで拾うさ。気にかけないでくれ、そういう気分だ」


 桐島がこちらへ顔を向けた。表情は相変わらず影になっていたが、なんとなく笑っているのではないかと思った。付き合いは長い、おおよそのことはわかる。桐島が方をすくめた。


「またな」


 ああ、と頷きつつドアを閉じ、車を離れる。すぐにエンジンが掛かり、車がゆるやかに発進して遠ざかっていく。それを見送り、かすかなエンジン音すら聞こえなくなるまで待ってから、圭一は倉庫街へと足を向けた。




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 圭一の仕事は女を守ることだった。


 そこに監視の意味合いが過分に含まれていたとしても、すくなくとも上司からはそう仰せつかった。よって彼の仕事は守ることだ。殺すことを概ねにおいて生業としてきた男にとって、慣れない仕事だった。


 その仕事は失敗に終わった。今の彼の仕事は、再び殺すことにもどった。


 たとえ成功しようとも長くは続かないとわかっていた。女は単に、不運にも情報漏えいと機密売買の末端に関する物を目にしてしまっただけ。本来であれば内定が進み、裏切り者は狩りだされ、闇に消されて速やかに収束するはずだった。


 そうはならなかっただけ。


 単に、女の持つ情報からの身元の露見を恐れた裏切り者が先走り、粗末な銃で、粗末な銃弾を女に撃ち込んでしまっただけ。自分の請け負った3ヶ月の護衛を終え、引き継ぎのために訪れた場所で、引き継ぎの終わりを狙って放たれた銃弾が女を殺した。


 お前のせいではないと言ったのは上司だったか、同僚だったか。孤児の出ゆえに身寄りはなく、ひっそりと行われた葬儀の場での言葉だったはずだ。


 いわれずとも、別に自分のせいだなどとは思っていない。仕事は果たしたし、引き継ぎもした。後任が警戒を怠ったせいであって、自分のせいではない。俺のあずかり知らぬことだと胸を張ることもできる。


 だがと内心につぶやき、圭一は脇に挟んだBP TenⅡのグリップをつかむ。スライドを引き、装填を確認しながら、倉庫街の一角にある事務所に歩み寄る。


 自分のせいではなかろうと、あるいは自分のせいであろうと関係はない。殺すときめた、殺されたからには。やられたからやり返す。脳裏にちらつくのは、さようならと笑って手をふった女の姿と、背を向けたあとの銃声。


 事務所の前に立つ男に向け、圭一は引き金を引く。




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 からりと、薬莢が音を立てて転がった。


 思われているほど、つまりは映画の中で見かけるほど、高く澄んだ音ではない。それは本当に小さく、ともすれば聞き逃してしまいそうなほどにか細い。とくに意識が高揚している間は。


 放たれた2発の45口径は過たず事務所の前の男の胸へ飛び込んだ。そのまま服と皮膚を引き裂き、筋肉に絡め取られるように減速しつつ体内で変形、鋭利な鉛の破片と化した銃弾が背中までの間にある臓器をかき回し即死させる。


 甲高いスライドの動作音、拡散された発射ガスの音。決して小さいとは言い切れないが大部分が減殺された発砲音とともに男が崩れ落ち、血のシミを地面につくる。


 何事か言葉が聞こえた。


 中国語と判断する間に正面のドアが開き、音を聞きつけて不審に思ったのだろう作業着の男が姿を現す。遠慮なく、その男がこちらを見つける前に2発。体が跳ね、制御を失った肉体が膝をつくとそこにさらに2発。


 瞬時に2人。よどみなく、迷いもない。国家の血税を注ぎ込まれ、磨き上げられた殺しのスキルは錆びついてなどいない。早歩きで射撃フォームを崩さずにドアに近づき、一瞬間を置いてから覗き込む。


 中に見える範囲で2人、一人は酒が入っているのか赤ら顔で、もう一人は何か不穏な気配を察した様子で奥に引っ込もうとしている。後者の背中に素早く3発。2発は胸に、そして前のめりに壁にたたきつけられたところで頭に1発。しっかりと即死させてから、圭一は酔っ払った方の男の頭に狙いを合わせ、男の胡乱な視線がこちらへ向く前に引き金を絞る。


 部屋の中だけあって、外よりも銃声は大きくこもったように感じられた。飛び散った血と肉の匂いに、発射薬の燃焼がもたらす刺激臭が交じる。弾倉の残りは4発。BP TenⅡには14発が装填でき、もう10発を撃った。


 奥から上への伸びる階段を介して上階での物音が聞こえてきた。残り4発で心もとない弾倉を引き抜き、予備と入れ替える。すでに4人を殺した。ここには標的の人物を含めて多くても8人しかいないはずだ。


 表向き輸出入を行っているこの事務所の持ち主は、幾つかのダミーカンパニーを介して中国籍の会社が資本を出している。その資本の出処まではいちいち探るまでもない。ここに詰めているのは日本人ではないか、あるいは裏切り者だ。


 容赦をする理由がない。階段の上へ銃口を向け、すぐに発泡できるようにしたまま足早に登る。何事かを尋ねる声と、名前を呼ぶ声。無論応答するものはいない、今しがた殺した。


 ややあってこちらへ近づく気配を察知した圭一は、胸に沿わせるように拳銃を寄せ、息を殺して相手が出てくるのを待つ。程なく、緊張したい気遣いとともに短機関銃の銃口が姿を見せる。


 圭一は横合いからそれを払い、銃口がこちらを向かないようにそらすと影から出て、胸元に寄せたBP TenⅡを撃つ。無精髭が生え日焼けした男の顔を間近に見ながら、数発追加でぶち込み、大柄な男の体を立てに中に踏み込む。


 事務机が並ぶありがちな事務所風景だが、肩越しにロッカーから銃が引っ張りだされているのが見えた。ついでに、部屋にいる人間を確かめる。作業着の男が2と、標的である背広が1。胸に銃弾を受け徐々に死に至る男を押しのけ、身をかがめて片膝をつき慌てて向けられた銃口と放たれた火線を避けつつ、そちらに3発。


 その弾着を見るまもなく、自分を殺そうと叩きこまれた銃弾から逃れるようにデスクの影に転がる。引きつったようなかすれた悲鳴に、命中弾であったことを確認しつつ、デスクをえぐり、頭上を擦過する銃撃を黙らせようとデスクの横に身を投げ出す。


 地面すれすれから斜め上に射線を通し、小口径短機関銃の連なった銃声に被せるように応射する。短い悲鳴、致命打にはなっていないと判断する間に、かがみこんだか倒れたかした作業着の男を追うように、机の貫通を狙って発泡する。


 弾倉の半分以上を撃ったBP TenⅡを手にし、残弾と、背広の姿を気にかけつつ膝を立てる。


「っくそ」


 舌打ち。遅れて体に衝撃。作業着は見えなかったが、背広のほうがしっかりと机を遮蔽にしながら銃口をこちらに向けていた。撃たれたと気づくまでに、胸を押しつぶすような衝撃が上体を走り、突き飛ばされるように倒れこんでBP TenⅡが手を離れる。


 ソフトアーマーが銃弾を止めてくれたのか、そうでないのかの判別も効かなかった。耳が足音を拾い上げ何事か、日本語で罵りながら近づいてくる気配が感じられた。手放した銃を探す暇はない、右手が左足に伸び、そこに収まっていた回転式をつかむ。


 親指でボタンを外し、引き抜く。その間に机の向こうから男の頭が覗き、ついで銃口がこちらを狙おうとしたが、M360PDの見難い照準器を適当に向け、重いトリガーをデタラメに絞るほうが早かった。


 大柄のBP TenⅡよりも更に大きく鋭い衝撃が手首に走る。左手で右手をサポートし、のけぞるように書類棚にぶつかった背広に銃口を向け、もう一度引き金を絞る。ひどく重く、硬い引き金を力任せに絞ると、もう一度手の中で理不尽な暴力が目覚め、定められた方向へとそれを叩きつけた。


 ビクリと痙攣し、背広が地面へへたり込む。はだけたジャケットの前から覗くシャツに赤がにじみ、何かを言いかけたような顔でこちらを見、そのまま静止した中年の顔を見つめ、圭一はその上に照準を向ける。


 どこにでもいそうな、ありきたりな男に頭部に一発。確実にとどめをさしてから自分の体をなぞる。弾はソフトアーマーで止まっていた。低威力の拳銃弾だ。とは言え、胸に食らったおかげでなかなかの衝撃だったが。


 うめきつつ立ち上がり、2発残ったM360PDを構えて、デスクの向こうに倒れこんだ作業着に狙いをつける。当てずっぽうにデスクを通して放った銃弾が下腹にめり込んだようだった。あふれだす血を手で抑え、青ざめた顔をあげようとした男に、1発。


 銃声が尾を引いた。鼻頭にめり込んだ+pの38口径が頭を撹拌して飛び散らせる。それには目もくれず、先ほどとどめをさした背広の方を一瞥すると、圭一はリボルバーをアンクレットに収納した。


 殺した数を数える。8人だ。裏切り者も殺した。やられたから、やり返した。これで終わりさとつぶやいて、血の広がる床からBP TenⅡを拾い上げた。


 特段これといった感想はない。今までの殺しとおなじ、ただ殺して、それで終わり。報復してやったという喜びもない、あるのは終わったという、小さすぎて曖昧にすぎる達成感だけ。


 煙草を咥える。火をつけ、事務所を出た。派手に撃ったから警察が来るかもしれない。足早に歩き去る前に、事務所を振り返ると、圭一は目を細めた。


「悪夢みたいなもんだ。理不尽さ、諦めて死ね」


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