第6話_世界に描く

 結局、決戦地のど真ん中で目を回してしまってから、私は三日間も眠り続けていたらしい。

 封印の儀が終わるまでをしっかり見届けるべきだったろうに。本当に間抜けな話だ。一度は死に、そして神の力によって底上げされた身体能力で無茶な戦いをした、反動だったのだろう。

 ちなみにオリビア先生は右腕を失くすほどの大怪我を負ったのに、介助を受けながらではあったものの、封印の儀式と、核を海底に沈める作業も全部立ち会ったらしい。とんでもない人だと改めて思う。

 カムエルトの儀式は正しく行われ、核はまた、フォードガンド国の領海内に沈められた。同じ場所は既に神によって陸が作られてしまったので、次は逆側、首都から東の海を選んだとのこと。

 そして気にしていた封印の残骸も、フォードガンドの調査兵が回収し、今回使った儀式のものと一致する確認が取られていた。三千年を封じられるかは分からないものの、近い年月を封じることが出来ると見込まれている。

 諸々、そんなことを、目が覚めてから淡々と聞かされた。

 この戦いを、始まりから見てきたはずなのに、ずっと渦中に居たような気がするのに、終わってしまえばこんなものだ。隣の領主であるホワード様の言葉を思い出す。

 所詮、私は子供であって、戦い抜いたのは大人ばかりだった。私はその間をほんの少し駆け抜けただけ。だけどそれを「子供だから仕方が無かった」と思えるほど私は、物分かりが良くない。

「あら……おはようございます、お嬢様。もうお加減は宜しいのでしょうか?」

「うん、もう大丈夫。ありがとう」

 屋敷内を歩いていたら、使用人が心配そうに声を掛けてくれた。目覚めてもしばらく安静にしていたのだけど、歩くくらいならもう問題ない。剣を握ったり、馬に乗ったりするのはもう少し後になるだけで。

「あ、先生を見なかったかな? オリビア先生」

「オリビア様でしたら、東の庭でお見掛けしましたよ」

 教えてくれた礼を述べて真っ直ぐに庭に向かうと、オリビア先生は、片腕でいつもの長剣を振っていた。えぇ。何してるの。私がまだ振れないのに、もっと重傷だった人がすることじゃないと思いますが。

「先生、おはようございます」

「ああ、ヴィオランテか。おはよう。もう良いのか?」

「それは私の台詞というか、先生はまだ寝ていらした方が良いのでは」

 そもそも庭に出ているところからして意味が分からない。コンティ家で手厚く看護していたはずなのに、どうしてゆっくりベッドで横になっていてくれないのか。

「身体が鈍ってしまうだろう。奴の封印後、ただでさえ身体が重いんだ」

「壊してしまうと元も子も無いと思いますが……」

 封印後、先生の中にあった神の力は、ほとんど消えてしまったらしい。私もあの時のような動きは出来ないし、内臓すら治したはずの再生能力は、今では打撲一つも治さない。つまり樹に打ち付けられた時の背中の打撲がまだ痛いので、腕を落としても動き回っている先生のことは本当に少しも理解が出来ない。

 ただ、私が神の力を借りたのはあの日きりの短い時間だったけれど、オリビア先生はお父様が火山から戻った後、二十年近くその力を宿して過ごしてきた。顔にはあまり出していないものの、片腕も失くした上に力も衰えてしまい、相当の不便を感じているんだと思う。

 なお、先生の発作も消えたらしい。破壊衝動や頭に響く声、そして頭痛は無くなったとのこと。予想通りあれは神の力の副作用だったみたいだ。しかし今も戦争のことを思い出して不安感が湧き上がることはあるらしく、それはやっぱり、本当のPTSDなんだと思う。仕方のないことだ。そう言えるほど、我が国が先生にしたことは残酷だった。

「アデル様からも聞いたが、各地の被害は、小さくないようだな」

「はい。私も昨日、聞きました」

 最初の大規模な火山噴火の被害が大きく、国は今も対応に追われている。カムエルトやシンディ=ウェル内でも同様の被害が出ているらしい。また、フォードガンド国軍もあの戦いで多くの兵士が犠牲になり、国の誇る精鋭兵は全滅した。振り返るほどに、万歳三唱が出来るような結果ではない。『神』を相手にしたことを思えば、そして、ほとんどが地の底へ沈んでしまったファーストの被害を思えば、セカンドは『この程度で済んだ』とも言えるのかもしれないけれど。それでも、犠牲は犠牲だ。

「次世代に語り継ぐ方法についてもまだ、各国で協議を重ねているようです」

 文献で詳細を語り継ぐことは意見が一致しており、内容も各国同じものとすることで信憑性を保とうと考えられているとのことだが、それが、三千年後にも同じ意識で残っているだろうか。今回、詳細な文献はほとんど見付けられなかったことから、国の代表者らも不安に感じているようだ。

「課題は山積みだな」

「私の成人の儀も、なあなあになってしまいましたしね……」

 かなり深刻な問題なので真面目に言ったのだけど、先生は大笑いをした。怪我に響かないですかそれ。そんなことが心配になるほど酷く笑われていることが、中々に刺さる。

「お前は成人しないってことかな?」

「困ります!!」

 私の返答に、先生はまた笑った。だから私は真剣ですってば。

「でも、私も一つ、考えたことがありまして」

「うん?」

「おばあ様に話したら、軽く『良いじゃない』って言われてしまいましたが」

 昨日、諸々の状況を伝える為にわざわざおばあ様が私の休んでいる部屋に来てくれた。その時、私の方からも、伏せっている間に考えたことをお伝えしたのだ。私はやっぱり「まだ子供だから」って成り行きを静かに見守っていることが、出来そうにない。

 すると先生は、話している間もずっと素振りしていた剣をようやく下ろし、此方を振り返った。

「アデル様は何を言ってもそう返しそうだな」

「そうなんですよね……」

「まあいい、私にも聞かせてくれ」

 話すつもりで切り出したはずなのに、先生が真っ直ぐに見つめてくると、ちょっと気恥ずかしくなってきて視線を落とす。

「壁画として、残せないかなって」

 一拍置いたけど、先生は何も言わない。余計に、顔を見るのが怖くなってしまった。一つの深呼吸を挟んでから、続きを述べる。

「私には、絵しか描けません。でもその絵で、何か出来ることがないかを考えていたんです。言葉を残した紙が三千年後に燃えてしまっても、扱う言語が変わっていても、少しでも伝わるように」

 もし国の方針が上手く行って文献も一緒に残っていればきっと絵が補填になる。そして、今回カムエルトとシンディ=ウェルが同じ内容の文献を残していたことで動きがあったように、色んな場所、色んな形で残っていればきっと人々の心に留まると思った。

 勿論、私が一人で進めたら一生あっても終わらないので、現地の人達にも協力を仰ぐことになるだろう。私としては一箇所ではなく、複数の場所に残しておきたい。そう考えるとこれは成人までに終わるとは思えないので、成人の儀の代わりにはならない。実行するならば、此処を長く離れることになる。

 そのようなこと全てを聞き終えた上で、おばあ様は「良いじゃない」の一言だった。

 ならばオリビア先生は、何て返してくるだろう。

 目を向けることは結局できなくて、明後日の方向を見て誤魔化していた。するとふっと小さく息を吐いた音がしてから、また先生は大きな声で笑う。

「わ、笑う事ないじゃないですか!」

「いや、いや、すまない、バカにしたわけじゃない」

 手を左右に振ってそう言うけれど、堪らない様子で肩を震わせているのを見ると、私の顔が熱くなっていく。おばあ様といい、先生といい。私は真剣なんですが。でも勿論、これが子供らしい無鉄砲の計画だとは分かっている。「やりたい」気持ちばかりで、きちんとした計画はまるで立っていないのだから。

 長々と笑っていた先生は、ちょっとだけむくれている私を見てまた少し笑うと、傍に来て頭を撫でてくれた。

「それは、私には決して出来ない戦い方だよ」

 間近で私を見下ろす先生の後ろに太陽があって、逆光で、表情は良く見えない。だけどいつもの夜空色の瞳が、深くて優しい色をしているのだけは、よく分かった。

「核を斬った私も、あの時に支援の矢を射てくれたディオン様も、神の右腕を落としたお前も、三千年後には名も何も残っていないだろう。そして、世界中に壁画を残したとしても、それを見る者がお前を知ることは無い」

 私やお父様はどちらかと言えば支援の役目だったので、ともかく。伝説の戦乙女と呼ばれ恐れられてきた先生は、あの戦いを経て、今は各国の要人が知る英雄だ。

 百年後、二百年後にはまだ名前が語り継がれているかもしれない。けれど三千年もの時が経てば、おそらくは消えてしまっている。例え残っていたとしても、『複数ある説の一つ』という曖昧さになるのだろう。

 私はそれをやっぱり、寂しいことに思う。けれど少し顔を上げて遠くを見た先生は、何故か嬉しそうに目尻を下げていた。

「だが三千年後。きっとお前の『絵』が、この世界を救う。そんな未来が私はとても誇らしい」

 先生は、私が絵を描くことを決して咎めなかった。成人の儀の中ですら、キャンバスを持ち歩くことを許してくれた。私の絵を見て、いつも、微笑んでくれた。ともすれば誰よりも私の絵を認めて、愛してくれていたんじゃないかって、こんな横顔を見たら錯覚してしまう。

「……まだ、描いていません、ので」

 照れ臭くてそう言ったら、また先生が笑う。大きな声で笑う先生はとても珍しいのに、本日もう三度目だ。

「ヴィオランテ、私も一緒に行くよ」

「えっ」

「片腕でも、足手纏いにはならないさ。ああ、絵は描けないがね」

 何年掛かるかも分からない長い旅になるって伝えたのに、世界各地を回るって言っているのに、一緒に来て下さると言うことはその長い年月をずっと私と共に過ごして下さると言うことで、つまり?

「それは私と結婚して下さるという意味ですか……?」

「違うが?」

 何故。だってこの流れでそんなの。期待するじゃないですか。完全に弄ばれた気分なのに、先生は揶揄からかう顔じゃなくて呆れた顔で私を見下ろしていた。

「あっそうだ! 戦ってる時に言っていたこと!」

「何だったかな」

「酷い! 私との結婚を前向きに検討して下さるのでは!?」

「それは本当に言っていないよ」

 確かに思い返せば言われていないけれど、そう汲み取ってしまうような言い方をしていた。と思う。願望による歪んだ解釈とか捏造とか言われるだろうか。いや、でも、えー、おかしいなぁ。頭を抱えてみると、呼び水のように色々と思い出して来た。

「成功報酬も頂いていません」

「ん、ああ。頭でも撫でれば良いかな」

「あんなに頑張ったのにそれだけ!?」

 死ぬ間際には言葉で褒めてくれるだけでも――って謙虚な思いがあったけれど、結局あの後は先生と共闘までした訳なので、もう一声! もう一声もらえませんかね!!

「――オリビア」

 庭の中でぎゃあぎゃあ騒いでいると、涼しげな大人の女性の声が入り込んだ。

 これでも私は貴族なので。ぴたりと口を閉ざして居住まいを正す。振り返れば、白銀の髪をした女性がゆっくりと歩み寄って来ていた。先生は彼女を見て、目を何度も瞬く。

「ああ、いや……君は普段からこの屋敷に居るのか?」

「まさか。あなたに用があって此処にご案内して頂いただけよ」

 彼女が視線で示せば、案内したらしいコンティ家の衛兵が立っていた。そこまで付き添っていたのだろう。私達の視線を受け、小さく会釈をしている。

「ヴィオランテ様、ご機嫌よう。お話中に申し訳ございません」

「こんにちは。アイリスさん。雑談でしたので、問題ありません」

 恭しく私に頭を下げた彼女に向き直り、私も丁寧にお答えする。

 いつかの裏路地で「アイリーン」と名乗ったこの女性、元々はおばあ様の部下であり、その一環として情報屋などの生業をしていたらしい。あの戦場でもコンティ家の弓兵を一部率いて戦っていらっしゃったのを目にしている。後日、おばあ様からその辺りの説明を受けると共に、「アイリス」という名で改めて紹介され、ご挨拶を受けていた。

 アイリスさんは私に断りを入れると、改めて先生に向き直る。先生は何処か居心地が悪い様子で、そっぽを向いていた。

「はい、オリビア。これ薬よ」

「薬? 何の?」

「腕に決まっているでしょう。怪我したの忘れてるの? その状態で?」

「ああ……そうか。いや、ありがとう」

 先生はPTSDを抑える薬をいつも飲んでいた。もしかしたらそれも、いつも彼女から届けられていたのか。もう服薬の必要はなくなっているけれど、今まで届けてもらっていた分、混乱したのかもしれない。

 何にせよ、先生は今、シンディ=ウェルの医師団から治療用の薬を貰っている。コンティ家にも掛かり付けの医師は居るのだけど、かの国としても、英雄に対して出来る限りのことをしたいという気持ちがあるのだろう。そもそも先生が第四王子であるカルロの命を守ったことだって、既にシンディ=ウェル国内では有名になってしまった話だ。

「あ、そうだ、先生。お話中にすみません、さっきの旅の件ですが」

「どうした?」

 アイリスさんを見て思い出したというか、アイリスさんが居る時に伝えた方が良いと思ったので、無礼と知りながら声を掛ける。先生は何の憂いも無く応じ、振り返って首を傾けた。

「うーん、副業についてはしばらく目を瞑りますけど」

「は」

 先生から漏れた声は、ちょっと上擦っていた。

 次の旅は「成人まで」ではなく、もっと長くなる見込みだから、半端にしていたことを、少しだけハッキリさせておこうと思った。多分、アイリスさんの方はこの後に私が続ける内容に気付いている。既に苦笑いを浮かべていた。

「とりあえずアイリスさんと寝るのに夜半抜け出すのはもうちょっと控えてもらっても良いですか? 流石に居た堪れないです」

「な」

 しっかり顔を合わせて挨拶までしてしまったので、正直、気まずい。

 見上げた先生は今まで見たことが無いような驚愕の顔をしていて面白かったけど、ずっと黙って飲み込んでいたんだから許してほしいと思った。

「お……お前は、何処まで知ってるんだ?」

 何処までって言われても。五感で把握できる範囲は大体と。毎回めちゃくちゃはっきりと同じ香水の残り香を付けてくるじゃないですか。事あるごとに野生児って呼ぶのに、その辺の配慮が欠けるのはどうしてなんですか。いや、知らないでいるよりは、把握していたいんですけども。

 ふと見れば、隣のアイリスさんは口元を手で覆い、物凄く肩を震わせて笑っていた。その様子に気付いた先生が不満そうに眉を寄せて「おい」と唸る。

「いえ、ごめんなさいね。その、ええ……私、実はヴィオランテ様に、何度か見つかっていたのよ」

「な、何だって?」

 やっぱりアイリスさんの方は気付いていましたよね。先生は私とアイリスさんの顔を交互に見比べる。多分アイリスさんがすごく楽しそうに笑っているのも、こんなに慌てている先生が珍しいからだろう。

「街を移動しても同じ人が何度も傍に居たら気になるでしょう。足音が独特なんです、アイリスさんは」

「あら。なるほど、それは存じ上げませんでした」

 彼女が先生の関係者だと察してからは出来るだけ視線を向けないように気を付けていたけど、そうなる前にはつい目を向けて、何度か目が合ってしまっていた。

「先生と結婚するのは私なので! そしたらもう一切許しませんからね!」

 胸を張って堂々と宣言すれば、どうしてか先生は額を押さえて長い溜息を吐いた。アイリスさんの方は少しも顔色を変えていない――いやむしろ、目がちょっと楽しそうな色になった気がする。

「ふふ。ヴィオランテ様がライバルなんて怖いですね。いつでも結婚できる年齢の私が、早めに求婚しておこうかしら、ねぇオリビア?」

「アイリス……頼むからヴィオランテを煽らないでくれ」

 先生の疲れ果てたような声に、アイリスさんは更に楽しそうに笑う。だけど数秒後には呼吸を整え、真っ直ぐに私を見つめて小さく首を傾けた。仕草もそうだけど、顔と髪が無駄に綺麗でちょっと羨ましい。

「冗談はさておき、ヴィオランテ様。密会の御心配は今後しばらく不要です。ヴィオランテ様が予定されております次の旅、わたくし、同行者としてご指名を受けておりますので」

「え」

「は?」

 壁画の旅の件について。既におばあ様は動き始めていたらしい。あの気軽な「良いじゃない」から、そんな動きが付いてくるとは思わない。聞いたところ、おばあ様はオリビア先生が私の旅に同行するだろうと予想していたそうだ。しかし先生が片腕であることから、二人旅を危険と判断し、アイリスさんへ同行と支援を指示したという。開いた口が塞がらなかった。

「下手に別行動が必要とならないように、御供も同性とする必要がありますからね」

 確かに男性の護衛を付けても、宿の部屋が別になる。同室にするなら多くの配慮が必要で、目を離す時間は増えるだろう。女性の護衛が一番良いのは間違いなかった。

「なるほどな。加えてアデル様からの信頼が厚く、腕もそこそこ立つ者となれば、君になるのか」

 アイリスさんは戦う仕事をしていたわけじゃないらしいけれど、それなりに危険が伴う仕事をしてきた為、ある程度の腕はあるらしい。先生がこの言い方をするということは、少なくとも私以上だろう。そして実戦経験が全く違うので、生き抜く強さや、困難を切り抜ける強さという意味では、きっと私では足元にも及ばない。

「くっ……常に近くで見張れると言う意味では……でも……」

「旅の目的を見失っているぞ、ヴィオランテ」

 先生が呆れた声でそう言って、また溜息を吐く。そもそも先生が夜遊びしてなかったら発生しない問題と葛藤なんですけど。喉元まで出掛かったものの、飲み込んだ。まだ私は先生の恋人ではないので。まだ。

 アイリスさんが来てくれるなら先生とは別の意味で心強いのも否定できず、私は飲み込み切れない葛藤を一先ず横に避けて、彼女へ「宜しくお願いします」と頭を下げた。アイリスさんは、ずっと楽しそうに笑っていた。

 何にせよ、出発はまだ先だ。壁画の内容もまとめ切れていないし、この件はフォードガンド国王陛下、そしてカムエルトやシンディ=ウェルにも話を通す計画になっている。勿論、壁画を残せる場所の洗い出しや、現地との調整も必要になる。

「丁度いいよ。私はその間に片腕に慣れておくから」

「先生はその前にちゃんと安静にしてくださいね?」

「ヴィオランテ様に同意します」

 アイリスさんにまで言われて、先生が口をへの字に曲げていたが、言うことを聞きそうな顔ではなかった。私とアイリスさんは短く目を合わせて、呆れた気持ちを共有し、ちょっと笑う。

 戦場での命のやり取りが夢だったみたいに、穏やかな風が私達の間に吹き込んだ。柔らかな太陽の匂いがして、筆を持ちたくなった。でも今は少し旅の準備が優先で、お預けだ。この先の私はきっと今まで以上に、手と合体してしまいそうなほど筆を持ち続けるのだろうから。

 この世界は、まだあの『神』の箱庭だ。先生が言った通り、私達が得たのは『ひと時の勝ち』でしかない。私達の世代では神から世界は奪えなかった。だから私は、私が出来る方法で。

「しかし『壁画』か。まるで世界は、お前の為のキャンバスだな」

「いいえ、この世界に生きる全ての『人』の為の、です!」

 未来の人類が自由を掴み取る希望を、今生きている皆で、世界中に描こう。

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