戦火に軍隊があるように、戦場には兵器があります。では、その兵器が心を持つ子どもたちだったら。
そんなワクワクする設定に、年の差百合と、消耗した世界と、ささやかな日常の優しさと、ほんの少しの切なさをトッピング。するとこんな素晴らしい作品ができてしまいました。
「奇跡の子」と呼ばれる、特殊能力を用いて戦う子供の一人、イル。政府の機関によって管理され、保護され、そして兵器として戦場へ駆り出される生活の中で育む一般人アシュリーとの愛。二人の出会いはその他大勢の世界を変えはしませんが、二人の世界を確実に変えていきます。
階級化階層化された街の中で終わりの見えない日々に耐え、奇跡の子たちがもたらす戦果だけを待ちわびる一般人。それぞれの痛みを抱えた中で強く生きる奇跡の子たち。戦争と日常という危うい板ばさみの中で、描かれるのは痛みや苦しみではなくちっぽけな「願い」や「祈り」です。一人の力ではどうすることもできない現実に、なんとか折り合いをつけながら生き続ける人間の強さと、あるいは弱さ。どんな立場であろうと二本の手でできることは限られているから、それぞれが手を伸ばし掴もうとするものにドラマが生まれます。
主人公であるイルを中心に淡々と描かれる世界は決して美しくも優しくもない世界です。汚れずに生きていくことはできず、生活の裏には少なからず痛みが伴います。そんな中で決して器用に生きていないイルとアシュリーが互いの存在を知り、触れ合い、枯れていた心に芽を咲かせる。
無機質だった景色に色彩が増えるように、二人の過ごす日々を通して彼女たちを取り巻く人間関係や世界観が補完されていく様が実に見事です。練り込まれた設定をあえて語りすぎず、小さな積み重ねによってイメージを膨らませる。他の作品もそうなのですが、作者のMOREさんはこういった情報の提示がピカイチにうまいですね。
戦火の国を舞台としつつも、あくまでもメインは主人公が目にし、耳にし、触れたもの。年齢差、身分差、境遇の差という壁に縛られず、独特の距離感で少しずつ魂を重ねていくイルとアシュリー。
何もほしがらなかったイルが、欲していく答え。終わりの見えない問いを繰り返し、それでも生きるしかない人々。組織と奇跡の子、絶えることのない戦争と遥か遠い日常。その物語の行く末がどこに向かい、登場人物たちは何を手にすることができるのか。
美しくも切ない人間ドラマが織りなすこの物語、必見です。