絶望するまでもない

naka-motoo

いずれ死ぬし

 曇った空を灰色なんて言うのは観察眼に欠けている。


 やっぱり青だもん。


 隙間から流れてくる光は明るいし下を歩いている人たちもみんな笑ってる。


 笑っていない人を除いては。


 救急車のような形をした車がゾロ目のナンバーを翻して危険運転に分類されるそれで追い越し車線を更に右ウインカーを出しっぱなしにして走っていく。


 自転車は左折車側が悪いという前提でスピードを緩めずに走る。ロードバイクのスピードは今では予測可能だけれども以前はずっと遅い速度と誤認されてたから巻き込み事故が絶えなかった。


「ねえあなた」


 わたしに声をかけてきたのは女の物言いだけれども男だった。


「自分の思想に疑問を持ったことは?」

「カルトですか?」

「違う。でも、あなたの信じているものは、多分間違ってる」


 バカか、と思った。

 わたしはややカジュアルな服装ではあるけれども、そしてここは渋谷ではあるけれども、実家の先祖の50回忌を済ませてきたその帰りなのだ。勧誘なら間に合ってる。

 それに、わたしはその言葉を否定した。


「『信じる』なんて、陳腐な言葉を使うんですね」

「信じる力がすべてだ」

「なぜですか」

「信じれば、嘘が真実に変わる」

「違います」

「どう違う」

「嘘はどこまでいっても嘘です」

「ほう。じゃあ、あなたの言う真実とは何なのか」

「真実でもない。事実です。わたしが信じようが信じまいが最初から事実は事実です。問題は、その事実と虚構を入れ替えてしまっている人たちがいることです」

「・・・それで?」

「さっきおっしゃった『信じればそれが真実になる』ということではなくって、本当は事実なのに嘘のように言いくるめられていることがこの世にあまりにも多い、っていうことです」

「では事実の例をひとつ上げてみるがよい」

「生まれたら、死ぬ」

「陳腐だ」

「いいえ。字句だけ捉えればそうですけど、本当に気づいている人がどれだけいますか? 『自分だけは病気にならない』『自分だけは年をとらない。自分の年齢以上の人が老人の定義だ』『自分だけは認知症にならない』『自分だけは死なない』」

「たわ言を」

「『自分だけはシモの世話をされることはない』『自分だけは介護されるにしても暖かく介護される』。そんな馬鹿げたことを思っていないのなら、どうして人をいじめたり虐待したりできるんですか?」

「さあな」

「消えてください」

「お前が消えろ」

「いいえ。わたしはしばらくこの場所を動けません」

「なぜだ」

「この場所はわたしの恩人が最後を迎えた場所だから。今日はその半世紀の日。わたしはしばらくここで目を閉じていないといけないから」


 うおおっ、と呻いてその男は去って行った。

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