とある男子大学生の懊悩 オバQ

「んー、なおちゃん? どうしたの?」



 そこで、不意に背後から聞こえてきたのは、幼馴染の丹生にゅうの声。



「に、丹生たん⁉ なぜここに……ぬあああっ⁉⁉」

「ぬほおおおおおおっ⁉⁉⁉」

「ふぎょっぱあああああっ‼‼‼‼」


 覆面たちが、次々と素っ頓狂な悲鳴を発した。



 僕たちが騒いでいたリビングにやって来た、幼馴染の現役女子大生作家、豊道丹生とよみちにゅう


 なんとその姿は、胸元から膝あたりまでをタオルケットで隠しただけの、素肌丸出し。

 明らかに服を着ていない、ほとんど裸の状態だったのだ。 


「ふ、ふにゅう!(に、丹生!) ふふぁえ、ふぁんふぇふぁっふぉふぃふぇ……(お前、なんて恰好して……)」

「ほぇ? き、きゃあっ‼ だれ、この人たち⁉」


 寝ぼけまなここすってぼんやりしていた丹生は、突然の闖入者ちんにゅうしゃたちの存在に気づき慌てて覚醒したようで、自身の身体を隠すように、サッとドアの陰に隠れた。


 一方、覆面男たちは、裸タオルケットというセクシーすぎる格好で現れた美人作家の姿に脳が混乱をきたしたらしく、全員が呆然としていた。


 かの有名な「ヴィーナスの誕生」の絵画を世界史の教科書などで見ると、ついエロい目で眺めてしまうが、実際に現地美術館で実物を鑑賞すると、あまりの荘厳さと絵の迫力に、よこしまな感情など吹き飛んでしまう。これは、そんな状況に近かったかもしれない。


 たまたま床の隅に落ちていたカッターでこっそり両手足の縄を切っていた僕は、覆面たちが呆然自失におちいった隙を見て、素早く連中の下から脱出し、猿轡さるぐつわも外して、丹生のそばへと駆け寄った。


「丹生、お前まさか、ずっと寝室にいたのか⁉ 今日は朝から用事があるって言ってたから、とっくに帰ったと思ってたのに……」

「うん、その予定だったんだけど……疲れがたまってたから、ぐっすり寝ちゃってたみたい。なんだか声がするなと思って、今起きたばっかり」

「おいおい、何やってるんだよ。もう夕方じゃないか」

「だって……昨夜ゆうべは、直ちゃんが中々寝かせてくれなかったんだもん……///」

「お、おい、バカ!」


 丹生の爆弾発言に、僕はブッと噴き出した。


 その発言を受けて、呆然自失だった覆面たちは、「ぬへあぁっ⁉」と、今まで聞いたことも無い奇声を上げてうめいた。


「丹生……あんまりヘタなこと言わないでくれよ。一応、お前のお父さんに交際は認めてもらったけど、僕らはまだ学生なんだ。あまり羽目を外しすぎず節度あるお付き合いをしていくって、お父さんとは約束したし、こうして僕のマンションに出入りしてるのも、内緒にしてるってのに……」

「もー、なによ。昨夜ゆうべ、中々ハメを外してくれなかったのは、直ちゃんのくせに……///」

「ちょっと丹生さんんっ⁉⁉」


 幼馴染の続けざまの爆弾発言に、僕は周章狼狽。


 マズイ! このままじゃ、覆面連中が暴徒と化して、僕を抹殺しかねん‼


 顔を青くして振り返ったが、予想に反して、覆面連中もまた、覆面越しでも分かるくらいに顔面蒼白になって、完全な自我崩壊に陥っていた。


「に、丹生たんが、裸タオルケットで、我らの目の前に……」

「ゆうべはおたのしみ? おたのしみ会だったのですか? ほげえ?」

「ハ、ハメハメ? ハメハメと言ったか、今? ハメハメハ大王⁉」

「ペロペロペロペロ、ペロペロペロペロ、リリリリリンゴ、ゴリラ、ラッパ……」


 どの覆面も、完全に処理落ち状態。現実の理解に脳が追いついていないようだ。


 そんな男たちの様子をドアの陰から窺いながら、丹生が申し訳なさそうに口を開いた。


「あのー……。どなたか分からないですけど、皆さんそろそろ、帰っていただいてもいいですか? わたしこれから、直ちゃんとお風呂に入りたいので……」

「丹生ううっ‼ もう何も言うな! 言わないで‼」


 いかん、これはダメだ‼ 僕はもう、殺される‼


 そう思ったが、丹生の核発言で我に返った覆面軍団のリアクションは、完全に予想と反したものだった。


「う……うわあああああああああああああああんっ‼ もう嫌だ! こんなリア充空間、もう居たくないよおおおっ‼」

「カクモムの馬鹿ああっ‼ こんな惨めな思いをするために、生まれてきたわけじゃないやいーーーっ‼」

「ぬおおおおん‼ ワシも、可愛い女子おなごとお風呂に入りたい人生でござったああああっ‼」

「何がぺろぺろだよ‼ 現実リアルでぺろぺろできなきゃ、Gカップも何も意味ないじゃないか‼ 虚構のGカップに、一体何の意味があるっていうんだよ‼ お家帰るううううっ‼ ファイアアアアアアアッ‼」


 覆面男たちは銘々に泣き叫びながら、ダッシュでリビングを駆け出し、そのままあっという間に外へと逃散していった。


 どうも混乱のさなか、持っていた犠負屠ギフトにうっかり点火してしまったらしく、十数秒後、外から鈍い爆発音と、「グギャアアアッ」という断末魔の悲鳴が聞こえた気がしたが、まあ、もう気にしないことにした。


「とりあえず、ひと段落……かな? 疲れた……」

「直ちゃん、大丈夫? わたし、何があったのか、まだよく分かってないんだけど」

「ああ……結果オーライだけど、丹生のおかげで助かったよ」

「そう? えへ、直ちゃんの役に立てたなら、よかった」


 そう言ってはにかむ丹生の笑顔は、寝起きにも関わらず、とても可愛かった。

 

 ひとまず、奴らがリアルの女性に慣れていない内弁慶の変態で助かった。

 今後、二度とこのようなことが起こらないよう、聖光せいこう元帥にも報告を入れて、カクモムの残党狩りを徹底してもらうようにしよう。

 ……無論、丹生が僕の部屋で寝泊まりしていたことは、内密にした上で。


 そんな風に考えを巡らせていた僕の頬に、つんっと、柔らかな指が当てられた。


「ねえ、直ちゃん。もう外も暗くなってきちゃったし、このまま今日も、直ちゃんの部屋に泊まっちゃダメ?」

「え⁉ ちょ、丹生、勘弁してよ。僕、さっきまでカクヨムネクストの新作の続きを書いてたんだ。明日以降に投稿する分も、これから書き溜めておかないといけないし……」

「もーっ、小説とわたし、どっちが大事なのっ!」


 そう言って、丹生が僕に抱きついてきた。

 彼女の裸身を覆っていたタオルケットは、はらりと床に落ち、一糸纏わぬ姿となった女神ヴィーナスが、僕の顔に豊かな胸を押し当ててくる。


「そういう風に小説に真剣な直ちゃんもカッコいいけど……『良い執筆にはリアルな体験が必要』って言うでしょ? 執筆はまた明日から頑張ることにして……今夜は、いっぱい楽しもっ?」

「に、にゅふ……ま、まっふぇ……」

「直ちゃん……大好きっ///」

「もふぅ……」


 僕は丹生のアルプスの雪崩なだれに巻き込まれ、それ以上、抗うことはできなかった。


 ああ、なんとすばらしい桃源郷。


 せっかくプロの小説家になったっていうのに、 僕は相変わらず、自身の欲望に抗うことができない、情けないダメダメ作家のままだ。


 でも、それもまた、一つの生き方なのかもしれない。


 闇雲に名声を得ようとか、人気が欲しいとか言って焦らずに、純粋に自分を応援してくれるサポーターに喜んでもらえるような、そんな作品を書き続けて、これからもマイペースに精進を重ねていけばいいんじゃないだろうか。


 そうすればきっと、自分なりの道が拓けてくるはず。

 

 小説って、楽しい。

 小説家は、本当に凄い職業だ。


 ふわとろ新雪とお風呂の泡にまみれながら、僕は小説家という仕事に真摯に向き合っていく決意を、改めて固めたのだった。





 - おしまい - 





 ……余談だが、この数日後、直太朗が投稿した新作エピソード内で書かれた主人公とヒロインの入浴シーンは、神懸かった奇跡の完成度を誇り、全世界のカクヨム読者を騒然とさせた。


 その、お湯と泡と乳とが見事に調和マリアージュした鮮烈な描写は、カクヨムのみならず、裏でうごめいていたカクモム信者たちもを虜にし、結果としてほとんどのカクモム信者をカクヨムネクストへと鞍替えさせることに成功。

 やがて、ユーザー皆無となったカクモムサイトはそのまま完全閉鎖となり、乳乳爆誕チチチチボーンの野望は、ここについえた。


 そして、直太朗の元には莫大な数のサポーターと天文学的数量のギフトが集まり、結果的に彼は、カクヨム発の超絶売れっ子作家として、後世までその名を轟かせる巨匠の仲間入りを果たすことになるのだが……それはまた、少し先の話である。


 カクヨムネクストや、カクヨムサポーターズパスポートの取組に関わる全ての人たちに、これからも幸多からんことを願い、この物語を閉じる。

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カクモム戦記 煎田佳月子 @iritanosora

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