とある男子大学生の懊悩 破


「カクモム!? 馬鹿な、カクヨムは元に戻ったはずじゃ……」

左様さよう。クーデターの後、Webサイトのカクモムもまた闇に葬られ、カクヨムに改悪されてしまった。だが、組織の優秀なプログラマー班の生き残りが、この『新生カクモム』を新たに立ち上げ、密かに同士を募ってきたのだ」


 そんなプログラマーまで有してるなんて、アホのくせに恐ろしい組織だ……。


「このカクモムには、『カクモムDeathcordデスコード』と呼ばれる交流ツールが実装されており、我々は気軽に同志との性癖交流や猥談チャットに励むことができるようになった。夜の作業中の直接通話機能なども、同志たちを大いにシコシコと盛り上げている」


 なんだよ、そのしょうもない交流ツールは……。


「さらに、有料の『カクモムニューサポーターズπパイポート』に加入することで、サポーターになった作家の日常動画やスペシャル画像を、プラン料金に応じて入手することができるのだ。ちなみにわれは、『デラックス(巨乳)プラン』に加入しており、丹生にゅうたんの盗撮動画と秘蔵画像を、毎月たっぷりと供給してもらっている」

「盗撮って、普通に犯罪じゃねーか!」


 やっぱり、ロクでも無いサイトだった!


「だが……何よりもわれが許せないのは貴様だ、アルプス美雪みゆき

「え、僕?」

「そうだ! 見ろ、この画像を!」


 覆面男がワナワナと手を震わせ、スマホで一枚の画像を見せてきた。


 そこには、丹生が一人、嬉しそうに微笑んでいる顔が映っている。

 どうやら、どこか外に出掛けているところを隠し撮りしたようだが……普段とは違うお洒落な服装に、僕は見覚えがあった。


「これ、もしかして、先週二人で遊園地に行った時の……」

「そうだ! 画像をトリミングしているから映っていないが、丹生たんの隣には、まぬけ顔の貴様が立っていたのだ! これだけじゃない! 他の画像でも、配信される盗撮動画でも、丹生たんの横には、いつも貴様がいる! 一体どういうことだ!」

「いや、一応付き合ってるんだし、一緒にいるのは当然だろ……」

「黙れ! 丹生たんの画像や動画が配信されるたび、クソ邪魔な貴様の姿を逐一トリミングして削除しなければいけない我らの苦労と哀しみが、貴様に分かるものか!」


「そうだそうだ!」

「無駄な手間かけさせやがって! ふざけんじゃねーぞ‼」

「俺たちの丹生たんを横取りした、泥棒野郎め!」

「男の敵! ぶち殺すでごわす!」


 周りの覆面仲間も、口々に僕を罵倒し始める。


 待て待て待て。人がデートしてるところを盗撮して、勝手にユーザーに配信してる方が、どう考えてもおかしいだろう。

 大体、横取りも何も、僕と丹生はちゃんと、お互いの同意の元で付き合ってるんだ。

 変態のお前らに、あーだこーだ言われる筋合いは無いだろ。


「我々はこの恨みを晴らすべく、Deathcordの『憎きアルプス美雪をぶち殺そう』コミュニティで知り合い、集まった同志なのだ」

「なんだよ、その酷い集まりは!」


 やっぱりカクモムは、相も変わらず最悪だった!


「それだけじゃないぞ、アルプス美雪。貴様が最近カクヨムネクストで始めた新連載作品についても、気になっていることがある」

「え。僕の新連載?」

「そうだ。貴様はド三流のクソ作家だが、ヒロインの描写力には一応、それなりに定評がある。ここだけの話、処女作『おさブラ』のヒロイン、羽生はにゅうちゃんの巨乳描写には、我も舌を巻いたものだ」


「たしかに。あれは中々の衝撃だった」

「俺も結構、お世話になったぜ」

「正直、あれはシコでござった……」


 覆面男たちが、うんうんと同意を示す。


 ……なんか、あれだな。こんなどうしようもない連中でも、自分の作品を褒められると、ちょっと嬉しいもんだな。これも、小説家の悲しいさがだろうか。


「しかし……貴様の新連載『異世界大雪山だいせつざん冒険記』では、ヒロインの描写が、妙に生々しくなっている気がしてならん!」

「な、生々しい?」

「そうだ! 以前の貴様の作品には、思春期男子特有の鬱屈や童貞臭が、節々ににじみ出ていた。それが、この新連載ではどうだ! 何だか主人公が妙にヒロインの扱いにこなれているというか、大事なデートシーンもあっさりしてるし、その一方で、ヒロインのお色気シーンには、やけに綿密な描写が含まれているではないか!」

「い、いや、別にそんなことは無い、と思うけど……」


 ってか、所々失礼だけど、結構僕の作品読み込んでくれてるんだな、この覆面。


 と、そこで覆面男が、ギラリと鋭い視線を向けてきた。


「貴様……よもや丹生たんと、このようなふしだらな行為に及んでいるのではあるまいな?」


 ギクリ。


 僕の顔の引きつりを、覆面たちは見逃さなかった。


「貴様アアアアアアアアッ!」

有罪ギルティ! 有罪ギルティだ!」

「盗撮動画では決定的な証拠が掴めなかったから直接襲撃したが、やはりだったか‼」

「ぶち殺すでごわす! 脳天カチ割るでごわす!」


 覆面男たちが、一気に殺気立って叫び出す。


「ま、待て待て待て! ちゃんと親の公認もらって付き合ってるんだから、別にいいだろ‼ それに僕も丹生も大学生なんだし、ちょっとくらいそういうことがあっても……」


 慌てて口からまろび出た言い訳は、覆面たちの怒りの火に油を注ぐだけだった。  

 

「…………もういい、こいつを抹殺しよう」

「そうだな、そうしよう」

「元々ここに来たのも、そのためだしな」

「おい、あれを出せ」

「ここにあるでごわす」


 目のわった覆面たちが、急に淡々とした口調で話し始めるのが滅茶苦茶怖い。

 やがて覆面の一人が、大きなカバンからごそごそと何かを取り出した。

 

 その手に握られていたのは、複数の筒がテープでぐるぐる巻きにされた、十数センチほどの大きさの物体。


 誰がどう見ても、爆薬のダイナマイトだった。


「ちょっと待て! なんでそんなヤベー爆弾持ってるんだよ!」


 僕は、思わず目を剥いて叫んだ。


「爆弾ではない。これはカクモム運営から配布された『犠負屠ギフト』だ。カクモムニューサポーターズπパイポートの加入者は、お気に入り作家の秘蔵動画・画像の他にも、自身が殺意を抱く作家を抹殺するための犠負屠を、加入プランに応じた個数貰うことができるのだ」

「なんつー物騒なもんを配布してるんだ、カクモム運営!」


 この運営連中、全然反省してない! むしろ、凶悪さが増してやがる!

 爆弾ギフトを作家に送るとか、やってることが完全にテロリストだよ! 


「心配するな。犠負屠の火力はしっかり調整してあるから、この部屋が吹き飛ぶ恐れは無い。せいぜい貴様の下半身にあてて、股間が吹き飛ぶ程度だ」

「十分やばい威力じゃねーか!」

「よし、犠負屠は大量にある。こいつの股間周辺に、数珠つなぎに繋いでいけ」

了解ラジャー

「ラジャーじゃねえ! そんなに繋げたら、結局部屋まで吹き飛ぶだろーが! おい、やめろ! やめろおおお‼」

五月蠅うるさい三流小説家め。少し黙っていろ」

「モゴ! モゴォォォ‼」


 覆面たちに身体を押さえつけられ、口に猿轡さるぐつわまで回されて、僕の声は強制的に塞がれた。

 マズイ! このままじゃ、僕の(股間の)命が……!


「貴様が、貴様が悪いんだ、アルプス美雪……。貴様さえいなければ、『第一回カクモムコン大賞』の栄光は我が手中にあり、今頃は丹生たんのGカップも、我がモノとなっていたのだ! ぺろぺろぺろ~!」


 ってお前、Gファイター安室あむろかい!


 かつてカクモムコンで死闘を演じたライバル作家のまさかの登場に、僕は驚愕した。


「よし、点火だ。さっさとトドメを刺すぞ! ぺろぺろ!」

「分かっている。この汚穢おわいに満ちた俗物を、去刑きょけいに処してくれる」

「全く、汚え花火だ……」


 汚えのは、お前らの歪んだ性癖と腐った根性だ!

 そんな心の訴えも虚しく、覆面安室あむろがライターにカチッと火を灯す。


「ふ、ふがふがあああ(や、やめろおおお)!」


 まさかの去刑執行に、僕は半狂乱でくぐもった叫びを上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る