とある男子大学生の懊悩 序

「お、またギフトをもらった。やったぜ!」


 マンションの自室で、僕はスマホを見ながら、片手でガッツポーズしていた。


 スマホに表示されているのは、小説投稿サイト「カクヨム」のマイページ。

 その通知欄に、僕を支援してくれているサポーターの読者からギフトが届いた旨、通知があったのだ。

 

 僕、籾山直太朗もみやまなおたろうは、都内の大学に通う二十歳の大学生。

 だが、同時に小説家としても活動しており、一応、何度か書籍化も経験している。


 大学生でプロの小説家なんて、世間一般からすると立派な肩書に映るらしく、知り合いからは「すごーい。昔から小説が好きだったんだねー」と言われたりもするが、実は僕が小説執筆を始めたのは、高校三年生の時。

 とあるコンテストで優勝するため、思い立って筆を取ったのが始まりで、執筆歴はまだ二年にも満たない。

 一応、そのコンテストで大賞を取ったことがきっかけで、後に出版社からお声がかかり、作家としての活動をスタートさせることになったのだが。


 これだけだと、天才の自慢話に聞こえるかもしれないが、別に僕は、自分にそれほど大した文才があるとは思っちゃいない。


 昨今はカクヨムを始めとして、小説を発表する媒体が様々あるし、文芸賞やコンテストで入賞しなくても、小説家として活動できる方法は多様化してきている。現役高校生や中学生の作家だって、大して珍しくもない時代だ。


 実際、僕の幼馴染も中学生の時にはプロデビューを果たしていたし、書籍売り上げの実績だって、僕なんかとは比べ物にならない。

 まあ彼女の場合、僕と違って文才も非常に秀でているから、比較するのもおこがましいくらいだけど。


 だが、その幼馴染「豊道とよみち丹生にゅう」が「あの事件」に巻き込まれなければ、僕は今こうして、小説家になってはいなかっただろう。


 そう、あの事件……忌まわしき「カクモム事件」こそが、全ての発端だった。


 今や、飛ぶトリを落とす勢いで小説投稿サイトの大家たいかとしてWeb界隈に君臨している、カクヨム。


 そのカクヨムが約二年前、突如「カクモム」という、乳狂ちちぐるいの小説投稿サイトに突然変異を果たし、全世界を混乱に陥れたのだ。


 当時のカクモムの混沌っぷりは、思い出すだけで頭が痛くなるほどで、この魔境に世界中の変態たちが大挙して押し寄せて、恐怖の「乳の伏魔殿」が完成されてしまった。


 小説投稿サイトとしての形は一応保っていたが、カクモム内では奇々怪々な機能や企画が数多あまた乱立し、その中でも「第一回カクモムWeb小説コンテスト」は、カオスの際たるものだった。

 

 このコンテストの優勝賞品に、僕の幼馴染である丹生の「おっぱいを揉むことができる権利」が供されてしまい、全世界の変態たちから幼馴染のおっぱいを守るため、僕は筆を取ってコンテストに参戦した。

 そして、迫りくる変態作家たちと文字通りの死闘を繰り広げて、どうにか大賞をかっさらったのだ。


 とはいえ、「カクヨム」を「カクモム」に変貌させた謎の組織「乳乳爆誕チチチチボーン」は、日本政府や官憲機構の至る所に利権の根を生りめぐらせて巨大な権力を掌握し、当時は実質、日本の中枢を支配していた。

 

 そのため、コンテスト終了後も執拗に僕の命と丹生の乳を狙い続け、一時は本当に危なかった。


 が、そこで、丹生の父であり日本陸軍将校でもあった豊道聖光とよみちせいこう氏が、軍の有志を集めて大規模な軍事クーデターを勃発させ、乳乳爆誕チチチチボーンに支配されていた国会・政府施設を次々と占拠して、腐敗した権力者を一掃することに成功。


 これにより、乳乳爆誕チチチチボーンは事実上壊滅し、主要な幹部は全て拿捕されて、日本の統治機構は正常を取り戻した。


 それに伴い、改悪されていた「カクモム」も「カクヨム」へと清浄化され、世界の混乱もどうにか収束。

 それから数ヶ月が経って、ようやく、平和な日常が訪れたのだった。

 

 クーデター終結後、危うく娘を変態たちの供犠にされかけた聖光せいこう元帥(戦功により昇進)は大層お怒りになり、捕らえた組織の幹部たちを容赦なく「去刑きょけい」(あらゆる手段を講じて、強制的に受刑者の性欲を無に帰させる厳酷な刑罰)に処した。


 その一方で、丹生の純潔を変態たちから守った僕に対して、元帥はいたく感謝の意を示し、「直太朗くんになら、安心して娘を任せられる!」と太鼓判を押して、僕と丹生の交際を認めたのだった。


 僕は丹生のことをただの幼馴染以上に想っていたし、なんと丹生のほうも、昔から僕のことを好いてくれていたというから、これは本当に嬉しかった。


 まあ、確かに変態たちから純潔を守りはしたのだが、交際を認められる前に、実はもう…………いや、これ以上はいけない。下手すると、僕も去刑に処される危険がある。


 父親公認とはいえ、節度ある「おつきあい」をしていかないといけないよな、うん。

   

 実際、付き合い始めてからの丹生はかなり積極的で、美人巨乳幼馴染兼恋人の溢れんばかりの魅力と誘惑に、僕は完全に骨抜きにされてしまっている。

 

 が、丹生のほうも、相変わらず小説家としての活動は続けており、今年は新作小説が国内でも有名な「本屋大賞」にノミネートされた他、人気タイトルのドラマ化も決定しており、すでに作家としては大成功を収めている。


 「現役美少女女子高生作家」が「現役美少女女子大生作家」にクラスチェンジしただけで、相変わらずの美貌とおっぱいを有しており、世間でもアイドル級の超人気者だ。


 一方で僕は、処女作の「幼馴染の天然巨乳美少女が『ブラのサイズがまた大きくなっちゃった~』と部屋に押し入って来て、僕を困惑させてくる」(通称、おさブラ)が重版を重ねたものの、その後に書籍化した数作は、どれも鳴かず飛ばず。


 大学の学費などは、ある程度自分の稼ぎでまかなえているが、大学卒業後に専業作家としてやっていくには、かなり厳しいラインだ。


 愛する彼女との較差かくさに思うところは色々あるし、同じ小説家としての立場から、嫉妬に近い感情を抱くこともある。

 だが、落ち込んでばかりもいられない。チャンスは至る所にあるのだから。


 現に、カクヨ厶の「ロイヤルティプログラム」によって、書籍化以外にも作家に収益が入るモデルが確立されてきているし、「カクヨムネクスト」や「カクヨムサポーターズパスポート」等の取組みを通して、読者から直接支援を貰えるようにもなっている。


 デビュー時からお世話になっている編集さんに声掛けいただき、カクヨムネクストで新連載を持つことができたのは、本当に運が良かった。


 今しがた届いたギフトも、カクヨムネクストで僕が連載を開始してから送られてきたものだ。最近はサポーターの数も地味に増えてきてるし、実に喜ばしい。


 今日も、朝から自室にこもって新作のエピソードを書いていたし、公開したらどんな反応がくるか楽しみだ。


「お。さっきのギフト、メッセージも付いてるじゃん。ありがたいなあ。どれどれ……」


 僕は嬉々として、送られてきたギフトに添えられていたサポーターからのメッセージを開いた。



『ぶち殺す。丹生にゅうたんをたぶらかすファッキン三流小説家め。モゲろ』

 

 

「……は?」


 メッセージを読んだ僕は、ピタリと硬直した。


 何これ。ぶち殺すって……アンチコメント?

 丹生たんって、丹生のことだよな……。

 僕と丹生の関係は、世間的にはオフレコになってるはずなのに……。

 ってか、わざわざこんなコメント入れるために、サポーターになったってこと?

 

 突然の悪意あるメッセージに驚く僕の耳に、ピンポーンと、玄関のチャイムが聞こえてきた。


「わ、なんだ。宅配便か?」


 慌てて僕は、小走りで玄関へと向かう。


 また丹生のやつが、うちのマンション宛てで、勝手に荷物を頼んだのかな?

 宅配ボックスでもあればいいんだけど、安い学生マンションだから仕方ないか。

 それにしても、あのメッセージ、一体なんなんだよ……。


 色々なことが起こって、僕の思考はあちこちに飛んでいた。

 なので、ドアののぞき穴を見ることもせず、宅配便だと思い込んで、不用意に玄関を開けてしまった。

 

 それが、大きなミスだった。


「はーい……ムグウッ⁉」


 ドアを開けた刹那、外から伸びてきた腕に、素早く口を塞がれる。

 僕の口元にあてられたのは、何か白い、布のようなもの。

 それをあててきたのは、玄関の外に立っていた人物。


 バラクラバ帽のような覆面を顔に被った、全身黒ずくめの、恐らく男性。

 一人ではなく、後ろにも同じ格好をした数人の覆面男が立っている。


 なんだ、お前ら……?


 そう言おうとしたが、急激な眠気に襲われ、僕はあっという間に意識を失ってしまった。



■□■□■□



「……うぅ」


 気がつくと、僕はマンションのリビングの床に、横向きで倒れていた。

 身を起こそうとしたが、いつの間にか両手足が太い縄で縛られており、立ち上がることができない。


「気がついたようだな、籾山直太朗。いや、『アルプス美雪みゆき』」 


 自身の小説家としてのペンネームで呼ばれ、僕は顔を向ける。


 そこには、先ほど僕に布を当ててきた覆面男たちが立っていた。


「あんたたち……一体、何者だ?」

「我々は、『乳愛会アイラブニュウ』。乳を愛し、リア充をいとう有志の集まりであり、壊滅した『乳乳爆誕チチチチボーン』の意志を継ぐ一団でもある」


乳乳爆誕チチチチボーンだと!? お前ら、あの組織の残党か!」

左様さよう。陸軍のクーデターによって組織が滅びた後も、我々は乳の再興を夢見て、ひっそりと牙を研ぎ続けてきたのだ。コレを使ってな」


 そう言って覆面男が、自身の持つスマホ画面を僕に向けてきた。


 そこに写っているのは、見覚えのあるカクヨムのWebページ。


 だが、なぜか普段よりも淫靡いんびな色調のデザインになっており、よく見ればトップページには、堂々たるフォントで「カクモム」の文字が記されていた。

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