カクモム戦記

煎田佳月子

とある男子高校生の戦い

「ちくしょう! 全然PVが上がらねえ!」


 僕は声を荒げて、両手の拳を机に叩きつけた。

 その衝撃で机の上に置かれていたノートパソコンが、ガコッと音を立てて揺れた。


 僕、籾山直太朗もみやまなおたろうがこれほどまでに荒れている理由は、ただ一つ。

 とある小説投稿サイトにアップした自作小説の閲覧数が、中々上がらないためだった。


「くそっ。このコンテストで、なんとしても大賞を取らないといけないのに……」


 他人が聞けば、「執筆始めて数か月にも満たない若造が、なに妄想じみたことをぬかしているんだ」とせせら笑うことだろう。

 だが、僕は本気だった。

 自分の書いた小説で、とあるコンテストの大賞受賞を、本気の本気で狙っていた。


 そのコンテストの名は……「第一回カクモムWeb小説コンテスト」。



 ……そもそも僕が小説執筆を始めた発端は、とあるWeb小説投稿サイトが、突然の変貌を遂げてしまったことにあった。


 それまで多くのユーザーに親しまれてきた大手Web小説投稿サイト「カクヨム」。

 そのカクヨムが、ある日なんの前触れも無く、Web小説投稿サイト「カクモム」に突然変異してしまったのである。


「書く。そして、揉む」


 それが、カクモムの新しいキャッチコピーだった。


「揉む」というのは字義じぎの通りで、小説を書けば、おっぱいが揉めるのだ。


 自分の作品を読者が読むことでついたPVや、レビュー。

 それらを元に集計されたランキングで上位を取れば、なんと自分よりランキングで劣る他ユーザーのおっぱいを、実際に揉むことができるというのである。

 運営側はこれを「カクモムモミヤルティプログラム」と題して、大々的に発表してきた。

 ちなみにここで言うPVは、「パイポイント・ビュー」の略だった。


 この青天せいてん霹靂へきれきはなはだしいサイトリニューアルに、全世界のカクヨムユーザーは愕然とするしかなかった。

 

 当然、常識的なユーザーからは、「一体なにを考えているんだ⁉」「気でも狂ったか、カクヨム!」「そもそも、わたし女だからおっぱいに興味ないんだけど!」「そもそも、揉みたい相手ユーザーが男だったらどうするんだ! 男の乳も揉めるのか⁉ ほもぉ‼」といった非難の声が殺到した。


 だがカクモム運営によって、「女性の執筆者は、別のモノを揉んでも構わない」「男性執筆者も、読者から『性癖応援せいへきおうえんハート』を一定以上集めることで、おっぱい以外の部位も揉むことができる」「同性同士の揉み合いも大歓迎。むしろ推奨したい」といった旨が告知されると、非難はまたたく間に沈静化し、カクモムを支援するユーザー数が圧倒的となっていった。


 カクモムの変革はそれだけにとどまらず、乳に熱い情熱を傾けた紳士たちの社交場「乳況にゅうきょうノート」や、おっぱいの振動でページスクロールを進めることができる「横乳よこちち縦乳たてちちスクロール機能」などの実装によって、ますます信者をとりこにしていった。


 つい先日、若者ユーザー向けに企画された「カクモム甲子園」は、性欲盛んなティーンエイジャーたちの文学的乱交の場と成り果て、みだらな文字ラジオが乱造されていった。

 さらに、続けて行われた「大人も参加できるカクモム甲子園」では、控えめに言っても犯罪者予備軍としか言いようのない変態ユーザーたちを、インターネットの大海に解き放つ結果となってしまった。


 そしてそれらの蛮行の極めつけが、カクモム初の大型コンテスト、「第一回カクモムWeb小説コンテスト」の開催だった。


 このコンテストの優勝者には、「自作の書籍化」という栄誉も遥かにかすむような、極上の賞品が用意されていた。


 それは、「カクモム出身の現役美少女作家『豊道とよみち丹生にゅう』のおっぱいを揉むことができる」という権利だった。


 豊道丹生は、かつてのカクヨム時代、とあるコンテストで大賞を受賞し、プロ小説家デビューを果たしたユーザーだった。


 彼女はなんと受賞当時中学生で、現在もバリバリ現役の女子高生作家だった。

 おまけに、世の男性のほとんどが生唾なまつばゴクリンコするレベルの美少女で、おっぱいも大きかった。


 美少女JK作家の彼女に注目が集まるのは至極当然の話で、作品だけでなく彼女自身も、連日メディアやマスコミに取り上げられて、時代の寵児ちょうじ的な存在となっていた。


 だがそれが裏目に出たか、突然変異を遂げた「カクモム」の第一回コンテストの優勝賞品に、彼女の乳が供されてしまったのである。


 そしてなにを隠そう、僕はこの豊道丹生のことを、誰よりもよく知っていた。

 なぜなら彼女は、隣の家に住む幼馴染で、僕とは生まれた時からの付き合いだったのだ。


 僕の可愛い幼馴染のおっぱいに今、最大の危機が迫っていた。


 常識的に考えれば、こんな蛮行がまかり通るはずが無い。

 現役JKのおっぱいをコンテストの賞品にするなど、完全に気違い沙汰の犯罪行為だ。


 だが、カクヨムをカクモムに変貌させた連中は、予想以上に大きな権力を持っているらしく、政府高官や官憲を丸め込み、カクモムをWeb上の「乳罪特区にゅうざいとっく」に指定する特措法を成立させてしまったのである。

 これによりカクモム運営の行いは、全て法にのっとった正当行為と定められてしまった。


 世界は、完全に狂っていた。


なおちゃん、どうしよう……」


 大きな瞳に涙をうるうると浮かべて相談してきた丹生にゅうに、僕はなにも返答することができなかった。


 丹生がプロ小説家デビューした当時、僕はただでさえ学園のアイドルだった彼女がさらに遠い存在となってしまったことに苛立ちを覚え、「丹生なんて、どこかで痛い目に遭えばいいんだ!」などと、幼稚な嫉妬心を抱いていた。


 でも、いくらなんでも、こんな目に遭わせるなんてあんまりだろう、神様。


 丹生は小さい頃から物語が大好きで、小説家になることをずっと夢見ていたんだ。「美少女JK作家」としてメディアに持ち上げられたのは事実だけど、小説の執筆には、ずっと真摯しんしに取り組んできたんだ。


 その幼馴染のおっぱいを、どこぞの変態カクモムユーザーなんかに、絶対に渡してたまるものか‼


 そして僕は丹生を守るため一念発起し、自ら筆を取って、カクモムコンに参戦することを決心したのだった。


 ……だが、勢い込んで執筆を始め、コンテストに参加したはいいが、敵はあまりにも強大だった。


 カクモムには、「巨乳好き」「貧乳好き」「美乳派」などの様々な派閥……俗に言う「クラスタ」が存在しており、そのクラスタの結束は、下手な軍隊よりも強固だった。

 作品がユーザーの性癖にマッチしていなければ、ロクに見向きもされず、即ブラウザバック。

 生半可な覚悟で挑んだ者は裸足で逃げ出すほど、カクモムは性癖至上主義の仁義なき戦場だったのだ。


 それでも僕の執筆作品「幼馴染の天然巨乳美少女が『ブラのサイズがまた大きくなっちゃった~』と部屋に押し入って来て、僕を困惑させてくる」は、処女作にも関わらず多くのユーザーの支持を集めて、どうにかカクモムコンのランキングトップ10に食い込んでいた。


 やはり、時代がどう変わろうとも、巨乳は正義だった。

 事前の入念なクラスタ研究によって、僕は最大派閥のユーザーたちを作品に誘導することに成功したのだ。


 ヒロインのモデルが丹生というのも幸いしたのだろう。作品のムラムラ感に、凄まじいリアリティを持たせることができた。

 巨乳美少女の幼馴染というのはまことにけしからん、青少年の下半身にとっての猛毒的存在なのだ。


 ……しかし、「巨乳好き」が最大派閥ということは、そこをターゲットにした作品もまた、超ハイレベルのモンスター揃いということだった。

 

 現在ランキングトップに君臨している作品、「異世界転生したら、Gカップの激強ヒロインたちが次々俺に求婚してきて、巨乳無双過ぎて困る」は、なんと現時点で総計8億1千万PVを獲得しており、ランキング二位以下を遥かに突き放していた。


 ちなみに、僕の作品のPVは、現在281万。

 初参戦にしては望外の評価をゲットしているが、トップが異次元すぎて、もはやまともな勝負になっていなかった。


 くそ、なんでこんなにも差があるんだ。


 僕もこの作品は読んでみたが、主人公が「Galaxy Giga Grand πパイスラッシュ」とかいう必殺技でモンスターを次々倒しては、そこに巨乳のヒロインたちが「私のGカップもGET WILDして~!」と押し寄せてきて、モテモテになるだけの話じゃないか。

 ヒロインの描写力とかは、確実に僕の作品のほうが勝っている。

 ってか、どんだけGカップ好きなんだ!


 筆者の「Gファイター安室あむろ」というのもふざけた奴で、SNSで「もうこのコンテストはいただきだな。丹生ちゃんのGカップぺろぺろ~」などと息巻いて、勝利宣言していやがった。


 カクモムが最近新たに実装した「バストサイズ日間ランキング」によって、どうやって調べたかは分からないが、丹生のバストサイズもユーザーたちに筒抜けになっているのだ。

 畜生、どこまで非情なんだ、カクモム運営‼


 僕が怒りに震えて地団駄踏んでいたその時、部屋のドアがコンコンと数回ノックされた。 

 このノックの仕方は丹生だ。幼馴染の僕には、それが一瞬で分かった。


「に、丹生⁉ どうしたの⁉」


 小説を書いていることは内密にしていたため、僕は慌ててパソコンモニターで開いていたカクモムのワークスペースページを閉じた。


 それにわずか遅れて、部屋のドアが開かれる。

 Tシャツにショートパンツというラフな服装の丹生は、明らかに思いつめた表情を浮かべて、室内に入ってきた。

 学園のアイドル兼美少女作家としては地味な格好なのだろうが、白地のTシャツが胸部のアルプス山脈の存在によって激しく隆起しており、むしろとてつもない破壊力を誇示していた。


「直ちゃん……。もうダメだよ……」


 アルプス山脈に気を取られていた僕に、丹生が悲し気な声音で呟いた。


「ダ、ダメって、なにが?」

「例のカクモムコンテスト……。このままじゃ直ちゃん、絶対に勝てないよ……」


 幼馴染の衝撃の一言に、僕は目を見張った。


「丹生⁉ お前、気付いて……」

「お話読んだら、すぐに分かったよ。学校で実際にあったエピソードと似たような描写があったし、主人公とヒロインの会話も、普段のわたしたちのやりとりにそっくりだし……」

「そ、そうか……」


 ヒロインのモデルが丹生だということも完璧にバレているようで、僕はなんだか、非常にいたたまれない気持ちになってしまった。


「直ちゃんが今まで書いたことも無かった小説をわざわざコンテストにまで投稿したのって、わたしのため……でしょ?」

「うっ…………。あ、ああ。そうだよ」


 もはや誤魔化しても無駄と悟った僕は、正直に肯定した。


「なんで、こんなことになっちゃったんだろ。わたしはただ、直ちゃんに面白いお話を読ませてあげたくて、小説書くのを頑張ってきただけなのに……」

「丹生……」


 そうだった。

 そもそも丹生が本格的に小説を書き始めたのは、子供の頃に彼女が考えて聞かせてくれた物語を、僕が「凄く面白い!」と言って喜んだからだ。

 それから丹生は創作にのめり込み、あっという間に筆力を向上させて、ついにはプロの小説家にまでなってしまった。


 だが今、その丹生の元に、乳に飢えた汚らわしいカクモムユーザーたちの魔の手が迫っていた。

 そしてそれを阻止するため、彼女の作品の一番の読者であった僕が筆を取って、必死で小説を書き殴っている。


 運命のいたずらというのは、なんて残酷なんだろう。


「確かに、このままだとランキング一位は厳しい。だけど、ここから物語を盛り上げていけば、きっとPVも増えるし……」

「それでも不可能だよ! トップのPVは桁違いだし、コンテストが終わるまで、あと一週間しかないし……」


 丹生の滑らかな頬を、一筋の涙がすべり落ちていった。


「もうダメなんだよ。直ちゃんが頑張ってくれたのは凄く嬉しいけど、大賞を取ることはできない。わたしのおっぱいは、顔も知らないカクモムユーザーに揉まれちゃうんだ」

「…………」


 丹生の口から客観的事実を告げられ、僕は顔をうつむけて歯噛みすることしかできなかった。


「だから、そうなっちゃう前に…………直ちゃんにわたしのおっぱい、揉んでほしい」

「⁉」


 そう言った丹生は、驚愕する僕の前で白Tシャツを勢いよくまくり上げ、そのまま脱ぎ捨ててしまった。


 そして、可愛らしいピンクのブラに包まれた丹生のGカップが、僕の眼前に晒された。


「に、丹生⁉ お前、なにして……⁉」


 顔を真っ赤にして叫んだ僕の元に、同じく頬を真っ赤に染めた下着姿の丹生が、ずんずんと近づいてきた。


「知らない人に揉まれるなんて絶対に嫌だけど……直ちゃんなら、いいの。お願い。わたしが汚されちゃう前に……揉んで?」


 そう言って僕の目を覗き込んできた丹生は、たまらないほどに魅力的で愛らしく、どこか扇情的な表情をしていた。

 僕の唾液腺はこれでもかというほど生唾を量産し続け、マシンガンのような連続ゴクリンコによって、喉が盛大にうるおった。


「ちょっ……お、落ち着いて、丹生! そ、そうだ! 僕、まだ執筆中なんだ‼ 今、筆がノッてきてるから、このまま一気にいい所まで書き上げたいんだよ‼ だから、それまでもうちょっと待って……」


 混乱の極みに達した僕は、思わず一介のプロ作家のようなセリフを口にしていた。


「そんなのもう、どうでもいい‼ 小説とわたし、どっちが大事なの~‼」


 そう叫んだ丹生が、胸部のアルプス山脈を思いっきり僕の顔面に押し付けて抱きついてきた。

 アルプス山脈は、一瞬で雪解けしたかのようにとろんとはじけて、僕の頬を包み込んでいった。

 蜜のように甘い丹生の匂いと極上の感触が、僕の五感をこれでもかというほどに刺激してきた。


「直ちゃん、直ちゃん、直ちゃんっ……」

「にゅ、にゅふ、落ち着いふぇ……」


 興奮状態で抱擁の力を一層強める丹生をどうにかなだめようとしたが、アルプスの雪崩なだれに巻き込まれた僕は、満足に口を開くこともできなかった。


 ああ、この、凄まじい快感。

 ここは、天国なのか?

 小説書くのなんて、もはやどうでもよくなってきた……


 ……いやいや、ダメだ‼ ここで筆を止めたら、本末転倒じゃないか‼


 でも丹生のおっぱい、最高に気持ちいい……。 


 書かなきゃいけないというのは重々承知してるんだけど、自らの欲望にあらがううことができない。

 世の作家たちは、いつもこんな気持ちと戦いながら、自分の作品を作り上げていたんだな……。 

 小説家って、本当に凄い職業だ。


 アルプス山脈のふわとろ新雪に包まれながら、僕は小説家という職業の偉大さを、これでもかというほどに思い知らされたのだった。



 

 - おしまい - 




 ……余談ではあるが、この体験を元に後日、直太朗が執筆した超絶ラブラブエピソードの投稿によって、全世界のカクモム読者たちは、多大な衝撃を受けることとなる。

 その生々しくも瑞々みずみずしく、同時にアルプスの雪景色を想起させるように爽涼な描写はネット上で爆発的な反響を呼び、最終的に彼の作品は総計81億PVを突破して、見事大逆転でカクモムコン大賞を受賞することとなるのだった。

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