アレが見えないのか?(4)
逃げ場を探し路地へはいると、足が絡み転倒。
皮膚が付いている方の手で頭を押えた。
だが、途中から頭を掴む感覚がなくなり、泥水にでも手を入れているような感触に変わる。
どこまで入っていくのかという好奇心も出てしまい、手を止めることなく、ズブズブと中へ入れていくと、その手が何かを掴む。
俺は片手を頭から引き抜く。
取り出した手を見ると、まるで海藻が絡みつきついたように、自分の髪が手の平にまとわりついていた。
ズルリと毛の塊が滑り落ちると、手の平に残ったのは、ピンク色の油の塊だった。
グニャグニャと寄り集まり、所々シワを作っている。
この物体が何なのか、すぐには理解出来ず呆然と見つめていると、ふと閃き、物体の正体に恐怖した。
これは、脳だ。
俺は自分の脳ミソを取り出した。
俺は絶叫しながら、また頭に手を入れて、取り出した脳を頭蓋骨の中へ入れ込もうとした。
パニックにおちいった人間の行動など、傍から見たら理解出来ない。
今の俺はその状態におちいっている。
取り出した脳ミソは戻せず、膝にボトボトと白い塊が落ちて行った。
片手を頭から引き離すと、顔の皮膚がアメーバのように引っ付いて伸びた。
そのまま垂れ下がり、顔の皮膚は溶けて流れ出す。
骨となった手も使い両手を顔に押さえ付けて、これ以上、皮膚が流れ出ないよう押さえる。
右目が熱くなり、ジュクジュクと音をたてながら、割れる風船のように破裂した。
赤い飛沫が空気中に広がる。
「うわぁぁあああああーー!!!」
――――意識が覚醒すると、そこは、見慣れたワンルームの自室だった。
日はとう暮れている。
俺は顔を押さえ、元の形に戻っていることを確かめた後、安堵する。
そして気が付く。
そうか、全部"幻覚"だったのか。
落ち着きを取り戻すと、喉が渇き水を飲もうと立ち上がる。
不意に目眩が。
急に身体を上げたので、立ちくらみがしたようだ。
まるで下半身を抜き取られたように、俺は崩れで膝を床に付き四つん這いになる。
気を取り直し立ち上がろうと、上半身を上げた時だった。
そのまま身体が硬直し、動かない。
膝をついたまま、両手をわずかに広げ、顔を天井へ向けたまま、祭壇に祈るような姿で金縛りにあった。
開いた口が塞がらず、舌が浮き上がる。
舌は痺れ感覚がなくなると、舌から先に黒い陰が現れた。
陰の真ん中に垂直へ切れ目が入り、滝を割って出るように、あの"女"が現れた。
女は俺の舌を手で掴み、引っ張る。
女は舌を引っ張る方とは別の手で、俺の顎へ触れた。
顎は女の手に持ち上げられて、そのまま舌を挟む。
そして女の手に、持ち上げられて行く顎は、舌をジリジリと挟んでいき静かに苦痛を与えていった。
無理に引っ張られた舌は、抵抗しようと筋肉を強張らせる。
そのせいか、簡単には噛み切ることが出来ず、食い込む歯は錆びたナイフの刃を、生肉に押し当てているようだ。
だが確実に歯は舌に刺さっていく。
金縛りのせいで口を押さえられず、痛みを気分的に和らげることも出来ず、舌の激痛は耐え難いほど広がった。
ハサミで切り落とすように、俺の歯は力の限り舌へ食い込み、そして噛みちぎる。
真紅のバラが咲くように、口から血が吹き出した。
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