エピローグ

「秋片さん謹製の死体第二弾!」


 金髪の男女がハイタッチを交わし、ベランダの手すりに腰掛けた幼女が不満そうに秋片を睨んでいる。


「立て続けに二人も殺して、タガが緩んではおらんか?」

「こっちは被害者だ。そもそも、前回はともかく今回は事務所だぞ。こんなところで殺そうと思うやつがいるか」

「オーナー、鮮度が落ちる前に運んじゃいましょうよ」

「そうっすよ、さっさと持っていきましょうよ、オーナー」


 金髪の男女に声を掛けられても無視し、幼女オーナー火輪は秋片を指さす。


「今回はともかく、前回の大門総合病院跡地で死体を出した時には何故すぐに呼ばなんだ?」

「立て込んでたんだよ」

「一本電話をすれば済むことであろう。穴をいくつも開けたせいで碌な売り物にならなかったぞ。秋片ならもっと器用に殺せるであろうが」

「オーナー!」

「やかましい! 外に停めてる車にさっさと運べ!」

「そんじゃ、お先に」


 ビニールシートにくるんだ死体を手慣れた様子で運び出しながら、金髪の男女が事務所を出ていく。


「上層区でのドンパチにも、秋片が絡んでおるだろ。我は気が付いておるからな」

「はいはい、火輪さんは俺のことをよく分かっておいでですよー」

「別に分かっとらんわ! それより、今後は死体が出ても連絡は不要か?」

「あぁ、依頼は終わったしな」

「ふん。まぁ、無事で何よりではあるがな。あまり危ないことばかりするんじゃないぞ!」

「――オーナーがツンデレってるー」


 ベランダの下から聞こえた声に火輪がふわりと手すりの上で一回転する。火花が風に散ったかと思うと、二階ベランダから火輪が飛び降りた。

 すぐに下から悲鳴とエンジン音が聞こえてくる。アパートから遠ざかっていくワンボックスカーと、それを猛烈な勢いで追いかける火輪の姿があった。恐ろしいことに、火輪の足の方が速い。


「火事を起こすなよー」


 火花をばらまいてワンボックスカーを追走する火輪の背中に注意を飛ばして、秋片は専用の溶剤とバケツ一杯の水を持ってくる。

 これからベランダの血のりの掃除だ。

 隣の部屋のベランダから百目が覗き込んでくる。


「秋片、窓ガラスの業者、どうするの、ですか?」

「このままじゃ客も入れられない。呼ぶしかないだろ。無駄な出費ばかりかさみやがる。どこに請求すりゃいいんだ」

「直るまで、うち、きますか?」

「うるせぇよ、お隣さん。自分の写真に四方八方囲まれた部屋なんか居心地悪すぎるわ!」


 百目の部屋を思い出して身震いした秋片は溶剤を振りかけて固まりかけている血を溶かし、バケツの水を掛けて洗い流す。

 作業をしていると携帯端末が鳴った。

 音を聞きつけた百目が自分の携帯端末を操作し、秋片の携帯端末を遠隔起動する。息をするようにハッキングをしていることに今更文句を言う気にもなれず、秋片は作業を続けながら携帯端末に声を掛けた。


「秋片だ。どちらさん?」

「仙田だ」

「おぉ、どうした。怪会の件、終わったか?」

「あとは全部公安の仕事だ。そっちこそ、大丈夫か?」

「窓ガラスを割られた。請求していいか?」

「公安から謝礼を預かっている。それで直せ」

「幾らだよ」


 どうせ公権力だ。大した額ではないだろうと訊ねれば、仙田はもったいぶるような間を開けた後で続けた。


「百二十万だ」

「……俺、これからは公安と仕事するぜ」

「そんなほいほい公安の案件に関わっていたら、命がいくつあっても足らないぞ。窓ガラスどころかアパートごと壊されかねん」

「それもそうか」


 秋片も本気ではなかったため、適当に流す。溶剤の臭いに顔をしかめた秋片は大量の水で最後の仕上げをした後、ベランダの手すりに腕を乗せた。


「怪会はどうなった?」

「公安が全部持っていっちまったんで詳しくは分からん。だが、本拠地や各支部で捕まっていた化外のモノに関しては処遇が決まっている。隔離区域へ送られるそうだ」

「……そうか」


 捕まって生殺与奪を握られていたとはいえ、何らかの犯罪の片棒を担がされていた可能性があることを踏まえれば、温情といっていい措置だろう。

 襲撃者とはいえ二人も今回の件で殺している自分が青空の下にいることに理不尽を感じるが、口にしても意味のないことだ。


「公安から秋片に伝言だ」

「なんだ?」

「いい働きだった。また一緒になることがあればよろしく、だとさ」

「互いの顔も知らないんだがな」


 仕事上の付き合いが増えるのはありがたいことだと前向きにとらえた秋片に、仙田が追加の報告をしてくる。


「橋本の事なんだがな」

「どうかしたのか?」

「今回の件で木霊の能力を諜報に利用できるってんで、監視付きで公安に引き取られることになった」

「どういうことだ?」

「怪会潰しの司法取引で極刑はすでに回避していたんだが、このままいくと刑務所に入らないかもしれない。どの道、自由はないが、公安での働きが評価されれば化外のモノの登用が進むかもしれない、とのことだ」

「橋本はその話をすんなり受けたのか」


 テロ計画を実行する寸前までいったのだ。公権力に対する忌避感は大きいはずだ。

 もっとも、橋本の動機を考えればテロ実行よりも回りくどいが正攻法ではある。


「誰かさんの説教に感謝してたぞ」

「誰だろうな、そのお節介焼きは」


 本人が納得しているのであれば、秋片には何も言うつもりはない。


「話は終わりだな。これから窓ガラスを修理するために業者に連絡するんだ。通話を切るぞ」

「おう。今夜、イタリアバルに連れてけ。そこで公安からの百二十万を渡してやる」

「振り込んでくれ」

「あの猫喫茶には行きたくねぇよ」

「だろうなぁ」


 合流場所と時間を決めて、秋片は通話を終えた。


「さて、差し迫った脅威はすべて排除完了だ。もう護衛はいらないはずだよな、百目?」


 隣のベランダで麦茶を飲んでいた百目に尋ねる。

 百目はすぐに首を横に振った。


「護衛は、いります。必要です。秋片の部屋に、住みます。……窓が直ってから」

「さりげなく予防線を張ったな。今すぐ一緒に住むと言い出したら窓代折半してもらうつもりだったんだが」


 肩をすくめて、秋片は携帯端末をネットにつなぎ、業者を探し始める。


「色々あったし、言いたいこともあるが、それでも百目が仕事上の最大のパートナーだってことは変わらねぇよ。これからも頼りにしてる」


 諸々を不問に付すことを改めて確約したというのに、百目からの反応がないことを不審に思い、秋片は携帯端末の画面から顔を上げる。

 秋片を見て顔を赤くしている百目がいた。


「なに照れてんだ?」

「AAA11A」

「秋片愛してるー!」


 本人の代わりに携帯端末の機械音声が叫ぶと、百目は慌ただしく自分の部屋に戻っていった。


「柄にもなく感謝したってーのに、変な奴だ」


 小さく笑って、秋片は業者に電話を入れる。


「――えぇ、できれば今日中に頼みます。転がり込んでくる奴がいるもので」

 


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天使と魔、あるいは教唆の魔薬 氷純 @hisumi

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