第6話 ゆきの買い物
近所のGUにゆきの洋服を買いに行くのだが、幸子は翠にメジャーを渡して
「ゆちゃんのサイズ測って行くから手伝って」
そう言って、再びゆきに着物を脱ぐように促した
「あの襦袢もですか?」
「そうねえ。その方がちゃんと体に合ったのが買えるからね」
幸子に促されて、襦袢を脱ぐと腰巻きだけとなった。
「わあ、ゆきちゃん胸結構あるんだ。着物の上からだと判らないわ」
翠が驚くと幸子が
「帯の上に膨らみがあれば、胸のある子で、膨らんでいないで直線的なら無い子ね」
そう言って解説をすると翠が
「なるほど、そうやって観察するんだ」
「じゃ測るわよ」
そう言って幸子がゆきの胸にメジャーを添わせる。ゆきの背中では翠が位置を調整している。
「トップが八十八ね。アンダーが六十八かな。差が二十センチだからEカップね。E70って言うサイズね」
「さすがお母さん詳しい!」
翠が驚くとゆきが
「それは何のサイズなのですか?」
全く判ってない。
「ゆきゃんのブラジャーのサイズよ」
翠がそう言うとゆきが
「ブラジャーって?」
質問をするので今度は幸子が
「胸当てかな。女の人に大事な胸、つまり乳房を保護する下着。これを付けている事によって、ちゃんとした胸の発達が促されるのよ。それと下着を着ていれば洋服も綺麗に着られるの」
ゆきは説明されて少しは判ったみたいだった。着物なら締めているのだが、襦袢姿になって帯を解くと、ゆきの場合、胸が大きいので不安定になることがあるからだ。
「今は、そんなものまであるのですね」
その後、ヒップとウエストを測った
「ヒップが八十九でウエストが五十七センチ。細い! 羨ましい!」
翠が驚くが
「まあ、私は陸上やってるから胸が大きいと邪魔なんだけど、ウエストは羨ましい! 帯で締めてるから細くなるのかな」
そんなことを言ってるのが、ゆきは可笑しかった。
「身長は百五十六センチね。翠が百六十だから背は問題無いわね。それと、ゆきちゃんは履物が無いから私のお古の草履があるからそれを履いてね」
幸子は玄関の片隅にしつらえられた下駄箱から赤い鼻緒の草履を出した。
「サイズは問題ないと思うわ。履いて見て。後で着るものと一緒にサンダルも買ってあげるから」
「わあ、綺麗な草履ですね。なんか勿体無いです」
「大丈夫よ」
ゆきは草履の鼻緒に足の指を通した
「ぴったりです。凄く軽いです。まるで履いて無いみたいです」
「今のは表面は藁みたいだけど中身は軽い素材だから。じゃ行きましょう」
ゆきは再び着物を着て、幸子や翠の後に続いて家の外に出た。もうすっかり陽が暮れて夜の帳が降りている。
玄関を出るとゆきは振り返り
「夜でも街灯があって明るいのですね。昼みたいですね。こうやって見ると、家の様子は殆どそのままですね。でも庭は小さくなりました」
そう呟くので翠は
「昔は庭が大きかったの?」
そう尋ねるのでゆきは
「はいこの玄関から門までが庭園になっていまして、池もあり回遊式になっていました。その間を敷石が敷かれてしました」
今は玄関を出るとすぐに門がある。戦後になりここに道路が通る事になり深山家は土地を寄付したのだ。だから今の深山家の門は近代的な鉄の門扉である。
「車出して来るから少し待っていてね」
「車?」
首を傾げるゆきに翠が
「歩いて行くと少し時間が掛かるから車で行くのよ。そうするとすぐだから」
「大八車ですか?」
「え、何それ?」
翠とゆきが噛み合わない会話をしていると車庫から幸子が車を出して来た。
「さあ乗りなさい」
翠は後ろの席のドアを開けてゆきを座らせ、自分は助手席に乗り込んだ。後ろの席ではゆきが口を開けて驚いている。
「これが車ですか? 今は皆これに乗って移動するのですか?」
「まあ皆じゃないけど、買い物に行ったりすると荷物が多くなるからね」
幸子の説明に納得したかは判らないが幸子は車を発車させた。門を出て道路に出る。ゆきは周りの景色に見とれていた。
「私の居た頃は田圃が広がっていたのですが、今は家ばかりですね」
「そうねえ。ここも一応東京だからね」
「そういえばこの前、江戸から東京に変わりました。今でもそのままなのですね。奉公人の間では言い難いと言われていました」
「そうかもね。私たちは生まれた時から東京だから何とも思わないけどね」
そんな会話を交わしているうちに車はGUの駐車場に停まった。ここは以前はドラッグストアだったのだが統廃合で撤退した後にGUが入ったのだった。当初は親会社のユニクロが入るとの噂だったが実際は若者向けのGUだった。翠などにとってはGUの方が有り難い。自転車や歩いても行ける距離にあるのは助かるのだ。
三人は車を降りる。翠がドアの開け閉めのやり方を教える。納得するゆき
「さ、行きましょう」
幸子が先に立って店内に入って行く
「閉店までそう時間がある訳じゃないからさっさと済ませるわよ」
そう言って下着売り場に向かって行く
「サイズとしてはこのあたりね。ゆきちゃんはそれが良い? 色は?」
ゆきとしてみれば生まれて初めての女性用の下着だから判らない
「じゃあ無難な白にしましょうか、取り敢えず、着替えも必要だから三枚ずつね」
翠が
「これが可愛くていいわ」
そう言ってレースの模様があるデザインのものを選択しカゴに入れた。
「さて、ブラと下着は揃ったわ。次はスカートね。それに靴下も必要ね」
幸子と翠はゆきの意見は無視して次々と服を選んで行く。スカートはサテンフレアロングスカートにした。色は緑と水色にした。その次にはブラウスだが店内で「紺シャツ」と呼ばれている紺色のシャツと同じ柄の白いシャツにした。変に可愛いものよりこの方がゆきには似合うと思ったからだ。無論、それぞれは試着して決めた。己の姿を鏡に写して見たゆきは
「まるで自分が今の人みたいです」
そう言ってウットリしているが緑は
「帰ってお風呂に入ったら髪の毛もちゃんとしないとね」
そう言って良く言えば「ポニーテール」普通に言えば単に髪を束ねただけのゆきの頭のことを言うのだった。
「たった百五十年前なのに格好だけでも変えるのは大変なのね」
幸子はそう言ってこの国の変わり様に想いを馳せるのだった。
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