第12話 秘密の真実
翠は学校から帰ると幸子の居る台所に顔を出した。台所には幸子しか居なかった。
「ゆきちゃんは?」
「買い物に行って貰ってるわ。何か用なの?」
「そうじゃ無いけど、ゆきちゃんが帰っちゃうって聴いたから」
「お兄ちゃんから聴いたのね」
「うん。お兄ちゃんが、ゆきちゃんが向こうに帰る為に、今度の満月の夜に納戸の開かずの扉に入るって」
「まあ、試しよ。本当に書いてあった通りなのか。それに何時の時代に通じてるのか、確かめてみないと怖くて使えないでしょう」
翠はそれを聞いて少しホッとしたのだった。
「そうか、満月の夜に帰っちゃうんじゃ無いんだ」
「一度向こうに行って様子を確認したら、扉から出ないで引き返して来る、と言う考えなんだけどね」
幸子は自分でもそうは言ったが、それが上手く行くという確信は無かった。戻ってもこちらには通じていない事もある訳で、そうなったら二度と帰っては来られない。
「上手く行くのかな」
不安を口にする翠に幸子は
「ゆきちゃんは本当なら今の時代には居ない人なんだから仕方がないわ」
そこへ高志が帰って来た。
「どうしたの。二人で真剣な顔して」
高志に幸子は
「あんた。翠が心配するような事言っちゃ駄目でしょう」
そう言って窘めると
「ゆきちゃんは宗十郎さんが好きなんだよ。出来れば再会させてあげたいじゃない」
そう言ってゆきの心の内を想った。
「次の満月って何時?」
翠がカレンダーを確認する。
「来週の金曜か」
翠がそう言ってカレンダーに赤い印をつける。その時ゆきが帰って来た
「只今帰りました。あれ、翠さんも高志さんも帰れられていたのですね」
買ってきた荷物を幸子に渡す。それを見て翠は
「ゆきちゃんも折角こっちに慣れたのにね。今度の満月に帰るのね」
そんなことを言う。高志は翠に
「ゆきちゃんは宗十郎さんに逢いたいんだよ。翠も乙女ならその気持ち判るだろう」
そう言ってゆきの想いを代弁した。ゆきは自分が考えていたより二人が真剣に考えているので
「今度は試しなんです。試してみて、書物に書いてあることが本当なのかどうかなのです」
「じゃあ、今度は帰って来るの?」
翠の言葉にゆきは
「私としては向こう側に通じていると判ったら、出ないでそのまま戻って来るつもりなのです」
「通じてると確信したら?」
「そうです。向こう側が見えたら何かを投げてみるという事も考えられます」
「何かって」
「私の持ってるものですね」
それを聞いて幸子が
「ハンカチか何かにゆきちゃんの名前とか書いて、それを投げたら良いかも知れないわ」
幸子は、それによってゆきを知る者が向こう側にいれば、それを拾ってくれるかも知れないし、知らなければ、ハンカチはそのままとなると考えたのだ。
「そうですね。何時の時代に通じるのか判らない訳ですからね」
結局、幸子の提案通りに、白いハンカチに黒いペンでゆきの名前と年月日を書き、それを通じてる向こう側に投げ入れる事になった。
高志は、ゆきが現れた時の事を思い出していた。確か、あの日は火鉢を貸し出す為に、普段は入らない納戸に入ったのだ。火鉢は丁度秘密の扉を隠すように置かれていたので、その存在を母親や祖母から聞いてはいたが、意識としては普段からは思ってもいなかった。
それが、火鉢を車に乗せて帰って来たら、自分が置いたサンドイッチも牛乳も無くなっていたのだ。そして扉が開かれ、中に誰がが居たのだ。それがゆきだったと言う訳だ。もし、あの時ゆきは一旦は帰ろうと思って帰ったが、扉が閉まってしまって開かなかったと言っていた。今度もそのような現象が起きればゆきは二度と帰って来られなくなる可能性がある。
「そうなったらどうするんだろう?」
高志はゆきに直接尋ねた。そうしたら
「その時はその時です。深く考えても仕方ありません」
ゆきは意外とあっけらかんとしていた。
「だって……」
「こちらに来てしまったのも偶然です。私はあの時、閉じ込められてしまったと思っていました。暫くはその場に留まっていたのですが、何度やっても扉が開かないのいで、それでは反対側に行ってみようと考えたのです。そうしたらサンドイッチと牛乳がありました」
ゆきは最初の頃の事を楽しそうに語る。それを見て高志は『ゆきちゃんは楽天的なのだと』思った。だってそうだろう。もし自分なら違う時代でこうまで早く対応は出来ない気がした。元の素養が高いから適応力も高いのだと考えた。
そして金曜がやって来た。夕食は全員が揃った。雄一も今日は早く帰って来ている。陽子は旦那がハワイから帰って来るというので、自分の家で待っている。
「全く、私だってゆきちゃんとお別れがしたかったのに」
昼のうちに来て散々ゆきと話し込んだのだ。だから今は居ないのだ。
高志が表に出て空を確認すると天空には満月が登っていた。
「満月出たよ」
「そうですか。では確認して来ます」
今日のゆきは来た時と同じ格好をしている。梅の柄が染め抜かれた絣の着物姿だ。だが懐にはこの時代の絹のハンカチを持っている。それには今日の年号と日付。それにゆきの名前が書かれている。
「何かあったら直ぐに帰って来るのよ」
幸子の言葉に深く頷くゆき
「では行って参ります」
ゆきはそう言って、四つん這いになり、少しずつ進んで行って闇の中に溶け込んで行った。そして二度と帰っては来なかった。
暗い闇の中を少しずつ進んで行く。あの時もこんなに長かったろうか、と思った。やがて灯りが見えて来た。ここでゆきはおかしいと思った。普通なら扉が綴じているので、こちらから開けないと暗いままだ。しかし近づいて見ると扉が開いていたのだ。だから灯りが見えたのだった。
ゆきは戸惑ったが、計画通りに懐からハンカチを出して灯りの先に投げ入れた。暫くは変化が無かったが、やがて
「ゆき、ゆきなのかい?」
それはゆきが知っている限り宗十郎の声だった
「宗十郎さま!」
懐かしさと嬉しさと愛しさで胸がいっぱいになった。
「そこに居るなら出ておいで」
宗十郎の声に誘われるように扉から姿を現した。
「ゆき!」
そこには間違いなく宗十郎が居た。だがそれは現代で写真で見た宗十郎の姿だった。
「お前を待って三十年以上過ぎてしまった。お前は昔のままだが、私はこんなに歳を取ってしまった」
そう、宗十郎は既に五十を過ぎていた。でもゆきには関係が無かった
「そんなの関係がありません。わたしにとって宗十郎様は宗十郎様です」
宗十郎が両手を広げるとゆきは吸い込まれるように腕の中に落ちたのだった。
ハンカチを使用人がすぐに見つけ宗十郎に伝えたので直ぐに宗十郎が現れたのだった。
その後のことだけを簡素に書いておく。
ゆきが帰ったのはかなり時代が下がっていた。宗十郎は、ゆきの戸籍をつ作ることになり、土地の権力者だった彼は、役場に掛け合ってゆきの戸籍を作った。その時に名を「ゆき」ではなく「雪子」としたのだ。これは宗十郎の配慮で、明治の初年から、数十年も行方不明になっていた篠山ゆきと同一人物である証明が出来ないので、その子としたのだ。ゆきの私生児扱いとし、新たに「篠山雪子」としたのだった。
翌年、雪子は宗十郎の三番目の妻となり、更にその翌年に男子を産んだ。この赤ん坊が陽子の旦那の高一郎の祖父なのだ。全ては繋がっていたのだった。
一方、現代の深山家では、ゆきが扉に消えた翌日に陽子と高一郎がやって来て、雪子の以前の名がゆきだったと証言したのだった。
「おお父さん。なんでそれを早く言ってくれないのよ」
幸子が怒って言うと高一郎は
「だって俺ハワイで知らなかったし、それにこれは深山家の秘密だからって親父から言われていたしな。親父も爺さんから言われていたそうだ」
そう言って自己弁護した。でもそれを聞いて幸子はゆきが自分の曾祖母である雪子であることが判り、あの時時代は下がっていても宗十郎に出会えたのだと判って、心の底から良かったと思った。高志と翠が帰って来たらちゃんと教えてあげようと思った。
仏壇から雪子の位牌を取り出して亡くなった日付を確認する。
『昭和四年五月十九日』
と書かれてあった。没年齢五十三ともあった。宗十郎が亡くなったのが大正十年だから、ゆきは明治の終わり頃に戻ったと判った。
一つだけ以前と違ったことがあったのが、納戸にあったあの古いアルバムで、大正時代に撮影した宗十郎の写真の隣にあった写真が剥がされていたのだが、写真が戻っていたのだ。そこには宗十郎と雪子が一緒に写っていた。それを見た高一郎は
「俺が聞いた限りでは、雪子おばあさんは、『向こうでも一緒に居たいからこの写真を一緒に焼い欲しい』って頼んだそうだが、何で戻っているんだ」
そう言って不思議がったが幸子はその理由が判る気がした。きっと、戻ったゆきは宗十郎と強い絆で結ばれていたのだと。だから写真は必要無かったのだと。
幸子は時々、スマホで撮影したゆきと一緒の写真を取り出して眺める。あの頃はまさかゆきと自分が繋がってるとは考えた事もなかった。そう思うと何か特別貴重な体験をしたのだと思うのだった。
<了>
参考 家系図
宗十郎-------幸子の曾祖父-------幸子の祖父------高一郎--------幸子-------高志 翠
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雪子 陽子 雄一
少女は秘密を持つ 〜令和食べ物控〜 まんぼう @manbou
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