第11話 扉の真相
ゆきは毎日午後に時間が出来ると、納戸から出して来た書物を読みふけっていた。少しずつ読んで行くうちに、深山家の事も色々と判って来た。
それによると、この深山家は元は平家の配下の武士で、かって源平の戦いに参加してそうだ。そして、負けてこの地まで同僚と三人で一緒に逃げて来たそうだ。当時の関東は未開の地で、しかも当時の利根川下流は湿地帯で畑や田圃に利用出来る地は少なかった。要するに人の住めない地だった訳だ。追手が来ないような地域だったのだ。
そしてこの地に住み着く事を決めたのだった。この地に住み着き、同僚と一緒に開梱して行ったのは言う間でもない。
ゆきが注目したのは、開梱が進むうちに同僚の二人が相次いで亡くなったことだ。当時の深山の祖先は自分の家の隅に祠を立てて亡くなった同僚の冥福を祈ったそうだ。書物にはその場所は明記されていなかったが、ゆきは
『もしかしたら、その場所は納戸の場所だったかも知れない』
そう考えた。当時誰も住まなかった場所である、この地に何か無ければ時空が歪むような場所は現れないと思ったのだった。勿論、彼女が時空云々と言う言葉は知らない。少なくともそれが霊的な効果を産んだ可能性はあると考えた。そのことをゆきは食事の時間などに深山家の家族に話してみた。
すると夕食に呼ばれて来ていた陽子が居て
「お爺さんは、ハワイが気に入ったから暫く滞在するそうよ」
そんなことを言っていた。そして
「それで納戸の秘密は判ったの?」
そうゆきに尋ねた。
「それが、その部分は未だなのです」
「そうか。でも未だ読んで無い所もあるのでしょう?」
「はい。あと一冊ありますから」
ゆきの前向きな返事を聴いて幸子が
「命からがら一緒に逃げて来た仲間だものね。祀られた方も喜んだと思うわ」
そんなことを言ったので陽子が
「だからあそこだけ特別になったのよ」
そう言って一人で頷いていた。ゆきは、そんなこともあるかも知れないとは思ったが、今は出来た理由よりも、その仕組みを解明する事の方に興味があった。
書物は最後の一冊に入っていた。これに書かれていなければ、全てが無駄に終わる。ゆき自身は月の満ち欠けが何か関係がるのでは、と思っている。それはこちらに来た時に幸子に言われた事もあるし、あの日、お祝いの夜が新月だったからだ。新月は月が出ない。言い換えれば新しい月の誕生する日でもあるのだ。だからこの夜に祝の宴を催したのだ。そのことを確かめたかった。
もう最後の書物も後半に入ったところだった。ゆきは遂にその記述を見つけた。その部分を意訳すると
「この家の納戸部屋にある扉は開けてはならぬ。もし開ければその者、その場に居ること叶わず。新月の夜には己の見果てぬ場所に、満月の夜には祖先の地へと向かうことなり。このこと決して口外ならず」
ゆきは興奮していた。やはり月の満ち欠けが関係していたのだ。しかも新月の夜には未来に。満月の夜には過去に行く事が出来るのだ。だが、書物には最後にこう書かれてあった。
「その時、その時で何処に通じるのかは神の召すままとなる」
つまりどの時代に通じているのかは判らないのだ。だから、ゆきがこの次の満月の夜に納戸の扉を開けて入っても、何時の時代に行くのかは判らない。明治より前の江戸時代かも知れないし、つい十年ほど前かも知れない。でも、例えば慶応三年あたりだと篠山ゆきという人物が二人現れることになる。それを考えると、同時代に二人が存在する時空には通じていない気もするのだった。
「まあいいか。正体が判っただけでも良しとしましょう」
ゆきは書物を納戸に返すと幸子の居る居間に顔を出した。高志も翠も珍しく一緒にテレビを見ている
「何か特別なことをやっているのですか?」
ゆきは正直、このテレビというものが良く理解出来ない。空を電波が飛んでそれをこちらで受けて色々なものが見られるという事だが、理屈では理解しても感覚が追いついていないのだ。
「ああ、ゆきちゃん。面白いものをやってるのよ。過去から来た人だって。自称、幕末から来たと言ってるんだって。ゆきちゃん見たことある?」
翠が画面を指しながら言うので、ゆきも画面を見て見る。すると
「ああ、この人は幕軍の格好をしていますね」
画面を見ると確かにその人物は黒い軍服を身にまとい、腰には二本の刀を挿していた。本当は銃も持っていたそうだが、取り上げられてしまったそうだ、多分、腰の刀も取り上げられるだろう。
「ええ!じゃあ本物?」
「それは判りませんけど。私みたいに次から次に過去から人が来るという事があるとは思いません。それより、あの扉の秘密が判ったのです!」
「ええ! 判ったんだ?」
幸子が興奮して反応した。自身も一度過去に行った事があるから尚更だった。
「はい、新月の夜は未来に。満月の夜は過去に通じるそうです。でも何処の時代に通じるのかは判らないそうです」
「そうかぁ。それが判れば、ゆきちゃんも帰れるのにね」
幸子がそう言ったが、自分が帰ってこられたのは運が良かったからなのか、その日の内だったので未だ通じていたからなのかは判らなかった。
「次の満月ってもうすぐですよね」
ゆきが、そう言ってカレンダーを見つめるので幸子が
「え、いきなりやって見るの?」
驚いてゆきに尋ねる。
「まあ、それもありかなと思いまして……わたし本当の想いを告白しますと、宗十郎様に逢いたいのです」
その如何にも少女らしい想いに幸子も高志も翠も同情するのだった。
数日後、幸子はゆきと納戸にあった古いアルバムを見ていた。
「この人が宗十郎さん?」
「はいそうですね。もう六十ぐらいですかね。でも若い頃のままです」
ゆきが写真の説明をして行く。
「でもこの隣にある写真はどうして剥がしてしまったのかしら」
幸子の疑問に
「私の想像ですが、ここには宗十郎様の奥様の写真があったのではと思います」
「うん? だって前の所に二人はそれぞれ写っているじゃない」
「だから三番目の奥様です」
「ああ、私のお爺さんを産んだ人ね。私たちと直接血が通じてる人。もしそうなら見てみたかったし、出来れば逢って色々と話してみたかったな」
幸子はこの深山の一人娘だから尚更祖先に対する想いが強い。
「やっぱりこの次の満月の夜に一度行ってみようかと思います。駄目なら戻ってくれば良いのでは無いでしょうか?」
幸子はゆきの想いに
「そうねえ。私としてはゆきちゃんに何時までも居て欲しいけど、そうも行かないか。最近良く訊かれるのよね、あの可愛良い娘は誰ですかって。適当に誤魔化しているけど、それも何時まで続くか判らないしね」
二人で相談した結果、次の満月の夜に一度は試してみる事にしたのだった。
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