第10話 書物の秘密
ゆきは朝起きると朝ご飯の準備をする。深山家の朝はパン食なので、ゆきが出来ることは少ないのだが、それでもハムエッグや生野菜のサラダぐらいは出来るようになった。たまにご飯の時は本領発揮で、だし巻き卵等も作る。
雄一や高志、翠が出て行ってしまうと、家の掃除にかかる。これも、ゆきからすれば手抜きに感じられるものだ。掃除機で埃やゴミを吸い取り、必要な場合は雑巾がけをするのだが広いこの家は全部を使っている訳では無いので前の時と比べれば簡単に感じるのだ。
掃除をしている間に洗濯機が洗濯をしてくれる。最初は戸惑っていた洗濯機の使い方も慣れた。洗剤や漂白剤の使い方、それに柔軟剤等も使いここなせるようになった。
「前の頃はむくろじが洗剤でしたからね」
ゆきはそう言って現代の洗剤の効果に驚く
「むくろじ、ってなぁに」
翠が尋ねるとゆきは
「羽つきの羽根に付いてる黒い玉がありますでしょう」
「ええ、あるわ」
「あれは、むくろじの実なんです。あれは洗剤として使えるんですよ」
「それは知らなかったわ」
「まあでも泡ばかり立つんですけどね。水を張った、たらいに二三個入れて揉むと泡が立つんです。それで洗濯をします」
ゆきにやり方を聞いて翠は昔の洗濯の大変さを想うのだった。
こんな感じだから、家事は午前中の早い時間に終わってしまう。昔では信じられない事だった。その空いた時間を使ってゆきは、納戸に仕舞われている、この家に関する書物を探して読んでみることにした。もしかしたら、帰れる可能性を見つけられるかも知れないのだ。
ゆきは幸子の許可を貰って納戸に入った。灯りを点けると棚を調べ始めた。幸子に聞いたところでは、今で言うA4位の大きさの和紙に書かれたものを表紙を付けて綴じたものだという。
「表紙は茶色ね。納戸のどの辺りかは忘れちゃった」
確かに恐らく一度か二度開いて見ただけの昔の書物なぞ、どこに仕舞ったかは忘れてしまうだろうと思った。
手前の棚には見つからなかった。そこで棚の前の荷物をどかして奥を確認する。そんなことを繰り返していたら黒い紙が使われた古い写真のアルバムを見つけた。表紙には大正十年と書かれてあった。捲って行くと手が止まった。ゆきの視線の先のアルバムには一人の老人が椅子に腰掛けていた。場所はゆきも知っている、かってあった深山家の庭園だった。後ろには池が写っていた。景色も懐かしかったが、ゆきにはその老人の方が重要だった。
「宗十郎様……」
写真の下には
「宗十郎、米寿の祝」
と記されていた。
「長生きされたのですね」
その他はゆきが知っている人物は写っていなかったが一枚だけ剥がされた後があった。そこには誰が写った写真があったのか判る由もなかった。
そんなことを繰り返しているうちにお昼になってしまった。急いで台所に向かう。台所では幸子がお昼の用意をしていた。
「すいません。何度で夢中になってしまって」
「何か良いものがあった感じね」
幸子の表情を見ながらゆきは
「はい、宗十郎様の米寿のお写真を見つけてしまいました」
ゆきの言葉に幸子は記憶を手繰らせながら
「ああ、そう言えば古いアルバムよね。そう言えば、あのアルバムに一枚剥がした後があったでしょう」
「はいありました」
「あそこにあった写真には誰が写っていたのかしらね」
「幸子さんも知らないのですか?」
「うん。私のお母さんなら知ってるかな? こういう時には来ないのよね。ま、それよりお昼食べちゃいましょう。食べたら私も少し出かけて来るから、ゆきちゃんは夕方までゆっくりと探すと良いわ」
「ありがとうございます!」
お昼は幸子が作っておいたサンドイッチだった。無論高志と翠も分も作ってある。冷蔵庫の中を見せて
「これとこれは子供たちの分だからね。ま自分で見つけるでしょうけどね」
そんなことを言いながら昼食を終えた。
幸子が出かけるとゆきは再び納戸に入った。結局手前の棚からは奥からも見つけることが出来なかった。次に奥の棚に取りかかる。
同じように探していたが、思ったよりも重い物があり、ゆきの力では動かせなかった。
「何かここが怪しい。こんなものを置いてその奥にあったりして」
独り言を言うと後ろから
「僕が手伝おうか」
高志の声がした
「あ、お帰りなさい。もうそんな時間ですか?」
「いいや今日の午後の授業が中止になったので帰って来たのさ」
「中止ですか?」
「ああ、今日は外の講師の授業だったのだけど、講師が急遽来られないので中止になったんだ。その分は何処かでやる事になるだろうけどね」
高志はそう言って説明をした。
「それより、それ重いんでしょう。手伝うよ」
高志はそう言って納戸の奥に進み棚に鎮座してる箱に手を掛けた。
「こら重いね」
今度は更に力を入れる。そうすると少しだけ動いた。
「おっ、この後ろに何かある本みたいだ」
高志の言葉にゆきも手伝ってやっと動かすことが出来た。
「これかも知れないよ」
高志は数冊ある書物を全部出してゆきに見せた
「五冊ですか」
一冊が二センチ程の厚みがあった。その一冊をゆきが手に取り開いた
「これですね。『深山家記録帳』としてあります」
「それだ。僕が見てもさっぱりだけどね。ゆきちゃんには判るんだ」
「はい一応読めます」
二人は数冊の書物を納戸から出して埃を叩いた。
「部屋でゆっくり読めばいいね」
高志がそう言ったので、ゆきが
「高志さんは興味がありませんか」
「読めないからさ。ゆきちゃんが読んだら教えてよ」
「判りました」
結局、ゆきは自分の部屋に書物を持ち込んで、そこで読み始めた。高志からメモ帳と鉛筆を借りた。何かあれば書き写しておくつもりだった。
幸子が帰って来て高志から書物を見つけたことを知らされると
「そう。良かったわ。秘密の扉の事が判れば、高志も昔に行ってみたくない?」
「僕はどうせなら未来に行きたいな」
その日は夕方までゆきは自分の部屋から出て来ることは無かった。
やはり自分の息子だと幸子は思った。かっては自分もそう考えていたのだ。
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