少女は秘密を持つ 〜令和食べ物控〜
まんぼう
第1話 秘密の部屋
二学期が始まり真夏ほどの暑さは無くなったが、それでも昼間は二十五度を超える日もある。高校の授業が終わりバス停から家に帰る途中、高志は空腹を覚えた。だが家に変えれば母親が何か作っていてくれると思ってコンビニに寄るのは止めて真っ直ぐに家に帰る事にした。
深山高志は東京に住む高校生だ。高志の家は一応二十三区にあるが、そこは都心より隣の県に近い場所にあり、現在は家が密集しているが、高志の父親が子供の頃までは田圃が広がっていたそうだ。
「腹が減る訳だよ。まさか午後の体育の時間にマラソンさせられるとは思わなかったよ」
そんな独り言を呟きながら家の玄関を開けた。深山家はこの地域ではかなりの旧家で、太平洋戦前まではそれなりの土地を有してしたそうだ。だが戦後の農地改革で殆どを手放してしまい、現在は残った僅かな土地も人に貸している。だが住んでる家はそのまま残ったので大きくそして古いので、そこは旧家を思わせる。
「高志、帰ったの?」
母親の幸子の声だ。どうやら台所に居るらしい。
「帰ったよ。お腹空いた。何かある?」
期待を込めて尋ねる
「冷蔵庫にサンドイッチがあるから、それ食べなさい」
「判った」
やっおぱりと思い、嬉しくなって冷蔵庫を開けると、白い皿にラップを掛けられたサンドイッチがあった。牛乳と一緒に取り出す。グラスに牛乳を入れて戻して、サンドイッチと牛乳の入ったグラスを持って自分の部屋に向かった。部屋でyoutubeでも見ながら食べるつもりだった。
「ああそうそう。食べてからで良いから奥の納戸から火鉢出しておいてくれる?」
母親が台所から顔だけ出して言う
「火鉢? 未だ暑いよ」
「違うのよ。何でも小学校の歴史と社会の時間で生徒に見せるから貸して欲しいって言われているのよ」
「誰から?」
「校長先生」
そう言えば自分などは普段から家にあるから何とも思わな無いだろうが、中には火鉢を見たことのない子も居るだと改めて思った。
「何処に運んでおくの?」
「玄関の脇の小部屋」
「判った。食べたら運んでおくよ」
そうは言ったものの、やはりゆっくりと食べながらyoutubuを見たいと思い、一旦自分の部屋にサンドイッチと牛乳を置くと、家の中でも一番北にあり、普段から陽の刺さない薄暗い部屋に向かった。
納戸と呼ばれている部屋は十畳以上の広さがあり、この深山家の古いものが仕舞われている。歴史研究家が見ればお宝の山なのかも知れないが、この家の者にとっては「とりあえず価値の無いもの」でしかない。
納戸は木の引き戸で仕切られており、そこを開けると襖がある。それを開くとやっと部屋に入れるのだ。部屋は一部が畳敷きだが半分以上は板敷きだった。
「さて、火鉢は何処にあったかな」
高志が探しているのは一抱えもある大きな焼き物の火鉢で、何でも「古伊万里」だそうだ。無論高志は「古伊万里」の価値を知らない。
「あったあった」
部屋の奥の左側にそれはあり、薄暗い中でも存在を見せていた。
「あれ」
高志は火鉢をどかすとその奥に小さな襖の引き戸があるのを見つけた
「ここに戸があったんだ。知らなかったなぁ。中には何があるんだ」
今まで見たことの無かったので高志は興味が湧いた。もしかしたら何か面白いものがあるかも知れない。そう思って中を探して見る気になった。襖の大きさは普通の一間の襖の半分ほどの高さで幅は人が一人通れるぐらいの幅だった。暫く開けてないので開くのかと思って引き戸に手を掛けると簡単に横に滑って開いた。かなり広そうな感じだったが、真っ暗で何も見えなかった。これでは懐中電灯がなければ、どうしようもないと思った。
高志はとりあえず言いつけられた事を済ましてしまうと思い、火鉢を抱えて運び出した。玄関脇の部屋に置くと母親に
「置いておくからね」
「ありがとう]
その声を聴くと、納戸に戻ろうとして、あの小さな襖の奥を見るには懐中電灯が必要だと思い自分の部屋に一旦帰る事にした。部屋に戻ると置いてあったサンドイッチと牛乳があった。
「これ持って行くか」
部屋にあった懐中電灯を首に掛け、お盆に載せたサンドイッチとグラスに入った牛乳を持って納戸に向かった。納戸に入って奥に進み奥の襖の所にやって来ると床に座り自分の横にサンドイッチと牛乳が載ったお盆を置いた。
奥の襖は先程に高志が開けたままになっており先程閉め忘れたと思い出した。その時に台所の母親から自分を呼ぶ声が聞こえた
「高志、ちょっと来てくれる」
何事かと思ったが、取り敢えず母親の所に向かうと
「校長先生が火鉢を取りに来てくれたのだけど、重くて運べないから、アンタ校長先生の車に載せてくれない」
こともなげにそう言うのだ。高志は心の中で「やっぱり」と思いながら玄関脇の小部屋に向かう。そこには小学校の校長が居て
「ああ、深山君悪いね」
そう言って感謝する。さすがに感謝されると悪い気はしない
「運びますから車のドア開けておいてください」
そう頼むと校長は玄関前に止めてあった軽自動車の後ろのハッチを開けた
「ここに載せてくれるかな」
校長に言われた通りに載せてハッチを閉めた。
「いやいやありがとう! 大事に見させて貰うからね」
そう感謝して校長は自分で運転して学校に帰って行った。
「さて食べるかな」
そう言って納戸に戻る。置いてあったサンドイッチを食べようとすると、皿だけがあり中身が無くなっていた。
「あれおかしいな。誰か食べたのか」
そんな人物に心当たりは無かった。おまけに牛乳も無くなっていて空のグラスだけが残されていた。
「こりゃ誰かここに来たな。誰だろう」
今、この家に居るのは自分と母親だけだ。高志には妹が居るが今は帰って来ていない。妹は中学では陸上部の部活をやってるので帰りは遅いのだ。まして父親は仕事中だ。
「いったい誰が……まさか泥棒か?」
あり得なくは無かった。この家は古いので玄関以外からも簡単に侵入出来る。夜なぞは戸締まりするのに時間が掛かるのだ。ちなみにこれは高志の父親と高志が半分ずつ行っている。
その時高志はこの部屋に自分の他に誰か居る気配を感じた
「誰?」
部屋の中を見渡しても誰もいない。持ってきた懐中電灯で部屋を見ても誰も居なかった。でも、先程から開いたままになっている小さな襖には懐中電灯を照らしてはいなかった。
「まさかこの中に隠れたのかな?」
どう考えても、この真っ暗な空間の先以外には考えられなかった。そっと灯りを照らして見る。襖の敷居から少しの間には誰もいなかった。襖の中は板敷きになっており更に奥に続いていそうだった。
ここで高志は気がついた。この納戸はかなり広いがそれでもこの部屋の向こう側には別な部屋もある。限りがあるのだ。でも目の前に広がってる闇はそれ以上広そうだった。
「まさか、何処かに続いているのか?」
高志は俄然興味が湧いて来た。この先が何処まで続いているのか確かめたくなったのだ。
「よし、中に入ってみるか」
高志は決意して四つん這いになり片手に懐中電灯を持って暗闇の中に入って行った。そこで高志はおかしな事に気がついた。自分が進んでいる板張りの床に埃が積もっていないのだ。ここがどれだけ閉鎖されていたのか判らないが埃が無いという事が変だと感じた。
「入って来たのは誰?」
いきなり闇の向こうから女性の声がした。と言うより声を掛けられたのだ。これは心底驚いた。叫びそうになるのを必死で抑えて
「誰だい! そこに誰か居るのかい。泥棒だな」
声を聴く限りは女性の声で、しかも向こうも怯えている感じが伺われた。それが判り高志は少しだけ落ち着いた。
「僕はこの家の者で深山高志という者だ。僕のサンドイッチを食べたのは君だね。怒らないから出て来な。人の家に勝手に入っちゃ駄目だよ」
高志としては当然の事を言ったまでだが闇の向こうの者は
「お皿の上のものを食べたのは謝ります。珍しいので牛の乳も飲みました。でもあなたの言う事は嘘です。この家には高志という人はいません」
「は? 何を言ってるんだ。僕はこの家の息子だ」
「深山家の坊っちゃんは宗十郎様です」
宗十郎と聞いて高志は聞いた事があると思った。何処で聞いたのか少し考える。そして思い出した
「深山宗十郎は僕のご先祖さんだ!」
「え!」
闇の向こうの者はかなり驚いた様で、こちらに近づいて来る気配を感じた。そして高志の懐中電灯の灯りに照らされたのは同じ歳ぐらいの絣の着物を着た少女だった。
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