第2話 百五十年前から来た少女

 闇の中から現れたのは絣の着物を来た高志と同じくらいの少女だった。

「君は誰?」

 着物姿とはいえ、少女の格好がおしゃれで着物を着ているのでは無く作業着らしいと言う事は推測出来た。その上で高志は恐る恐る尋ねたのだ。すると少女は

「わたしは篠山ゆきと言います。今は深山家の台所で働いています」

 そう言って緊張した表情をした。

「深山家って……ここがそうだけど」

「はい。それは承知です」

 ゆきはそのあたりは堂々としたものだった。高志はありえない事だが、もしかしてと思い尋ねてみた。

「深山宗十郎って言ったけど、その人は僕のご先祖の名前で確か明治の初めの頃の人だよ」

「明治ってこの前変わったばかりの年号ですよね」

「この前変わった?」

 それを聞いて高志はこの少女が過去から来た可能性があると思った。

「違うんですか? 今でも慶応なんですか?」

「いや、今は令和だよ」

「令和?」

 訳の判らないという表情をしているゆきに高志は

「明治、大正、昭和、平成、そして令和さ」

「いつの間にそんなに変わったのですか?」

「ま令和は今年変わったのだけどね。今は西暦二千十九年さ」

「二千十九年!」

 驚くゆきに高志は

「もしかして君は明治元年頃からやって来たのかい?」

 高志に言われてゆきは少し考えてから

「九月に明治に変わったのです。今は十月ですよね」

「まあそうだけど。多分違う」

「違う?」

「明治元年の頃は旧暦だからさ」

「旧暦?」

 ゆきは全く訳が判らないという表情をしている。

「明治五年に太陰暦から太陽暦に変わったのさ。一年は十二ヶ月に固定され、日数は三百六十五日になった。尤も四年に一度閏年があって一日増えるけどね。つまり簡単に言うと君、ゆきちゃんは百五十年後の世界にやって来たんだよ」

「ひゃくごじゅうねん……」

 それを聞いたゆきは泣き出しそうだった。

「まあ兎に角、暗い所に居ないでこっちに来なよ」

 高志はそう言って手を差し出してゆきの手を掴んだ。実はちょっとドキドキしたのは秘密だった。

 高志は納戸からゆきを連れ出し自分の部屋に案内した。内心、自分って大胆だと思った。

「初対面の女子を自分の部屋に連れ込んじゃうなんて凄い!」

 そんな事を思っていたのだ。

「さてこれで一応安心だ」

 高志は自分の部屋にゆきを連れ込むと廊下を確かめて誰にも見つかっていない事を確認した。

「これで一応安心だ……さて、ゆきちゃんだっけ、君は過去の深山家で働いていたのかい?」

 台所の事は先程ゆきが自分で語っていた事だった。

「はい。深山家で奉公をしていました。主に台所中心の用事でした」

「昔の深山家ってそんなに奉公人が居たのか。凄かったんだね」

 そう驚く高志にゆきは自信ありげに言う

「深山家はこの辺りの名主様で並ぶものがありません」

 幼かった頃に存命していた曾祖母ちゃんから少しは聴いた記憶があるが、理解していた訳ではない。

「それどうして納戸に居たんだい」

 高志の疑問にゆきは

「はい、収穫のお祝いをする宴会があり、家宝のお皿を使ったのです。宴席が終わりお皿を箱に入れて納屋に仕舞ったのですが、わたしが間違えて『開かずの扉』を開けてしまったのです。本当は違う場所だったのですが、わたしは勘違いしてその扉の中に仕舞ったのです。でも帰って来たら場所が違うと言われ、もう一度納戸に入ってその扉を開いて中に入ったのです。そうしたら自然と扉が閉まり出られなくなってしまったのです。仕方なくわたしは奥に奥に進みました。そうしたら引き戸がありそこを開けたらここの納戸だったのです。最初は怖くて震えていましたら、たまに声が聞こえるので変な場所では無いと思ったのですが、安心したら空腹を感じました。誰か人が来る気配を感じたので中に戻ってひっそりとしていたのです。そうしたらいきなり引き戸が開いて驚きました。でも直ぐに居なくなってホッとしたら、目の前に食べ物があったので、悪いとは思いましたが空腹に耐えきれず食べてしまいました。一緒にあった牛の乳は以前にも飲んだ事があるので美味しく戴きました。申し訳ありません」

 落ち着いて来たとは言え、ここまでの経過をしっかりと話すところは、只の奉公人ではないと高志は感じた。ある程度の教養を感じた。

「それはいいけどさ、ゆきちゃんの家は武士だったの?」

「はい、父は貧乏御家人でした。今は幕府が無くなったので浪人というより無職です」

 やはりと思った言葉遣いや態度がきちんと教育を受けて育った者だと思ったのだ。

「ところで歳は幾つ? 僕と同じくらいな感じだけど」

「今年で十九になりました」

「それって数えだよね」

「数え? 歳は新しい年が明けると増えるものですが」

「それが数えなんだよね。つまり満では?」

「ああ、満では十八になります。未だですが」

「そうか高校なら三年だね。僕より一つお姉さんだね」

「あ、そうなのですか。それは知りませんでした」

 ゆきはそう言って頭を下げた。

 高志は昔の深山家で伝わっていた伝承を尋ねてみた。

「あのさその開かずの扉って?」

 高志の質問にゆきは

「はい、何でも知らない場所に通じてる穴があるから開けてはならないと言う言い伝えでしたが、代々の深山家の方々は子供頃に一度は入った事があるそうですが、一度もおかしな事は起きなかったそうです。わたしの時だけ異変が起きました」

「戻ろうとは思わなかったの?」

「それが戻っても扉が開かなかったのです。それで諦めました」

「そうか、そこに何か秘密があるのかもね」

「もしかしたら、新月だったかも知れません」

 新月とは月の出ない夜の事だが、陰暦を使っていた昔は空に月が出ている事は重要だったのだ。夜間の照明が無い時代では新月の夜は暗闇になるからだ。

「過去にも帰れないか。過去に行けるなら僕も一度は昔の世を見てみたいけどね。さて、どうするか、だよね。信じて貰えるか判らないけど、ウチの親に話してみるかな」

 高志としてはそれしか選択技がなかった。まさか明治初年から来た少女を街中に放り出す訳にもいかなかった。

「そうして戴ければ取り敢えず飢えなくて済みます」

 今どき餓死はありえない。

「ところで、わたしが先程失敬して食べたものは何だったのですか」

 高志は、そうかサンドイッチというものを知らないのだと思った。

「あれはサンドイッチというものでパンを薄く切って野菜やハムなどを間に挟んだものだよ。片手で食べられる。イギリスのサンドイッチという伯爵が考案したそうだよ」

 本当化かどうかは判らないが一応通説として知られている事を言った。

「あれは確か胡瓜にハム。それと卵サンドだった」

「そうでした、中を開けたら胡瓜が入っていたので食べられるものだと思ったのです。もうひとつは卵でした。わたしの居た頃は卵は高かったのです。贅沢だと思いました」

「今は卵は安いんだ。さて母親を紹介するよ。そしてゆきちゃんがウチに居られるように頼んで見るよ」

 高志はそう言ってゆきを連れて部屋を出て台所に、向かった。

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