第3話 母親の秘密

 高志は、ゆきを連れて母親が居る台所に向かった。廊下の角から顔を出して確認をすると、母親はガス台に向かって何かを煮ていた。醤油の匂いが鼻をつく。その母親の後ろ姿に向かって

「あの母さん。少し話があるのだけど」

 そう声を掛けた。すると母親はそのままで

「なぁ〜に。話って小遣い頂戴とか? あなたも高二なんだからバイトぐらいしなさいよ」

 そんなことを言う。高志は思い切って

「違うんだよ。もっと大事なことなんだ。お願いなんだけどさ」

 そこまで言って高志の言い方が普通では無いと気が付き。高志の方を振り向いた。高志は台所と繋がっている廊下に自分と一緒にゆきを立たせた。

「この子、篠山ゆきちゃんって言うのだけど。事情があって家に帰れなくなってしまったんだ。だから少しの間。ゆきちゃんが家に帰れるまで、この家に置いて欲しいんだ」

 高志は詳しい事情は避けて取り敢えず大事なことだけ伝えた。すると母親は

「その子、高志の彼女さん? あんたも遂に彼女が出来たの! カワイイ子じゃない。でも絣の着物って最近の子じゃ珍しいわね。それにその柄も最近のものじゃ無さそうね」

 高志の母親はゆきの格好から何かを感じた様だった。高志は、母親に言われてまじまじとゆきの着物の柄を確認した。実は納戸では薄暗く、自分の部屋では興奮状態にあり着物の柄まではしっかりと見ていなかった。

「ゆきちゃんの着物って……」

 高志の言葉を遮るように母親が

「お洒落で着ている訳では無さそうね」

 母親がそう言って何かを知ってる素振りをした。高志が着物の事を言い淀んでいるので、ゆきが自分で説明をする。

「はい藍染に梅の柄です。これは深山家で働いている女は皆この柄の絣を着ています。柄が梅なのは深山家の紋所が『梅鉢』だからです。この辺りでこの梅の柄の着物を着ていれば深山家の奉公人だと区別がつきます」

 高志は制服的な意味もあり、昔は土地の権力者でもあった深山家に関わる者なら安全を保証されたのだろう、と何となく考えた。高志は、ゆきが過去の深山家からやって来た事実をどう説明しようか考えていたが、母親の次の一言で事態が一転した。

「アンタ、もしかして納戸の奥の戸を開けたのね。ゆきちゃんって言ったかしら。あなたは何時頃から来たの?」

「え、母さん納戸の秘密知っていたの?」

「知っていたわよ。わたしはこの家の娘よ。幼い頃から聞かされていたし、自分でも扉を開けた事もあるわよ」

 全く知らなかった。確かに母親はこの家の娘で、父親が婿入りしていた。だが、高志は今迄、納戸の秘密のことなぞ知らなかった。

「僕は知らなかった!」

「それは母さんが昔過去に行った時、こちらに帰って来る時に向こうから封印して貰ったからよ」

「封印……それって何時頃?」

「昭和の始め頃よ。あまり昔だと色々と不便だから、」その時代に遊びに行ったのよ。そのうち向こうから、『もう来ちゃイケナイ』と言われたのよ」

 それを聴いてゆきが

「わたしは明治初年からやって参りました」

 そう返事をした

「ああ、だから未だ封印して無かったのね。迷い込んじゃったの?」

「あの、家宝の『古伊万里四季絵柄焼』を仕舞うので間違って開かずの扉を開けてしまったのです」

「ああ、あのお皿、そう言えば行方不明になっていたのよね。家の財産の収録簿には記載されているのに無いからね。そうか開かずの扉の中にあったのか。納得したわ」

「母さん、そのお皿って価値があるの?」

「まあ、今なら重文か国宝級ね。後で取り出しておこう」

 高志はゆきが穴から出て来た事だけでも信じられない出来事なのに、母親までも過去に行ったことがあると言う事がショックだった。

「ゆきちゃんは明治の初年にここ深山家で奉公していた訳ね」

「はい。そうなのです。お皿の置き場所を間違ってしまって……」

「帰れなかったの?」

「はい扉が急に閉まってしまったのです。どうしても開かなかったので、逆の方向に進んだのです。そしたら急に前の扉が開いて」

「それで高志がいたのね」

「はい、そうみたいです。それでお腹が空いていたのでお皿に載っていたサンドイッチとか言うものを食べてしまいました。牛の乳も戴きました」

「そう。サンドイッチ美味しかった?」

「はい! それはもう!」

 ここに来て高志は食べられなかったサンドイッチを思い出して急に腹が減って来た。

「腹減ったな〜」

「今夕飯作ってるから我慢しなさい。ところでゆきちゃんはどうする。ウチに居ても良いの?」

 母親の言葉にゆきは

「出来れば帰りたいですが……何度やっても開かなかったので」

 そう言って困惑した表情をした。それを見て母親は

「あの扉はどうも月の満ち欠けと関係があるらしいのよね」

 そんなことを言うので、高志はゆきが先程言った事を思い出した

「新月だからとか?」

 高志の言葉に母親は

「それもあるかも知れないけど、開かなくなったのは向こうの人が開いてるから閉めたのが原因だと思う。それに何時でも通じてる訳じゃ無さそうよ。通じていても何処の時代に通じるのかはマチマチみたいだし」

 そう推測してみせた。ゆきは

「じゃあもうわたしは、帰れないのですか」

 そう言って悲しそうな表情をした。

「ま、そのうち帰れるわよ。心配してもしょうがないわ。ゆきちゃん。ウチで良かったら帰れるまで居なさい」

 母親がそう言ってくれたので高志は心の底からホッとしたのだった。

「ありがとうございます! わたし奉公人ですから色々とお手伝いします。何でも言いつけてください」

 ゆきがそう言うので母親は

「ありがとう。じゃあ一緒に夕食を作ってくれる?」

「はい! 喜んで! わたし向こうでも台所のご用事をしていたのです」

「何だ。じゃ得意なんだ」

「はい!」

 ゆきは母親から紐を借りると袖をたすき掛けにして畳んだ。高志はそれを見て何かカッコイイと感じた。そう言えばゆきの顔の輪郭は卵型をしていて、目は結構パッチリだった。

「綺麗な顔をしている」

 そう感じた。長い髪を後ろで纏めており、素っ気ない感じだがそれがシンプルな感じがしていた。

 これから何時までだか判らないがひとつ屋根の下に暮らすのだと思うと不思議な縁を感じるのだった。

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